終2 ふたりで行く道
後半レキ視点です!
「ほら、まずは髪をとかすから前を向いてなさい」
「……うん」
「なんで不安そうなのよ」
「だって髪を切られるなんて、初めてだから」
椅子の上で体を固くするレキがぽつりと漏らす。
レキの首から下はケープですっぽり覆われていた。穴が開いて使えなくなった私のローブを代用したものだ。
「人間いつかは髪を切らないといけないのよ。いつまでもぼさぼさじゃみっともないでしょう」
本当なら理髪師に頼むべきだが今は町を出歩くわけにもいかない。だから私がカットする。
そのために、食料の買い出しついでに整髪道具を取り揃えてきたのだから。
「ボクは別にこのままでも……」
「普通を目指すなら普段の身だしなみが大切よ」
「でもローザは本職じゃないよね」
「私を見なさい。自分で整えてるのよ」
「……変な髪型にしないでね?」
「リクエストがあるなら応えるけど。ヤケノハラ、イッポンゲ、スキンヘッド、好きなのを選んで」
「それ全部髪型じゃないよね!?」
希望が無いならお任せでいいのよ。
下準備を終えた私はいよいよハサミを手にする。ヒトの髪を切るなんてもちろん初めてだ。
「ほら、手元が狂うから頭を動かさないで」
「う、うん。うわっ、そんなに切って大丈夫なの!?」
「平気よ。あなたはさっぱり目のほうが似合うわ」
「うう……ひどい仕上がりだったらローザも同じ髪型にしてもらうから!」
「はいはい」
他人の髪を切るのってこんな感覚なのね。庭木を刈ってるみたい。
レキと握手を交わしてから早1日。
私達はリヒトの住んでいたアパートに潜伏していた。
すぐに町を出なかったのは、資金調達を含めた逃亡生活の準備をするためだ。
これからどのくらい旅をすることになるかはわからない。いきなり外へ飛び出してもすぐに限界が来るのは目に見えている。
町の銀行にはギルドから受け取った報酬が預けてあるが、追手が見張っているかもしれない以上、足を運ぶのは危険。
そこで私は、細心の注意を払いつつ寂れた質屋を中心に装備のいくつかを売り払って当面の資金に充てることにした。
レアアイテムも含まれていたが2人分の旅費を捻出するためには止むを得なかった。
魔法の威力は弱体化するものの贅沢は言っていられない。私はレキの分も含めた衣料品を取り揃えていった。
ちなみに穴の開いたウィザードローブは捨て、今は動きやすいスラックスを着用している。帽子もいつの間にか流されてしまったようだし、すっかり魔導士とは程遠い装いになってしまった。
それも追手の目を逃れる変装になると前向きに捉えているけど。
「でも、のんびりしてていいの? ……殺されたんだよね、ガルムさん達」
買い出しに行った際に目にした新聞で、私は『鋼の黎明』のメンバーが惨殺されたのを知った。
路地の真ん中に恐怖で引きつった3人の首とばらばらにされた体がぶちまけられていたそうだ。しかもそばには豚が括り付けられ肉片をエサにしていたと記載されていた。
本来なら消息を断った私に容疑がかかりそうなものだったが、直前に不審な人物と接触する彼らの姿が目撃されていたことと、豚の背中に“次はお前の番だ、ローザ”のメッセージが刻まれていたため、私のことは指名手配ではなく参考人として捜索されているらしい。
「町を出るのは2日後よ。こうして隠れていれば安全だから怯えなくていいわ」
「どうして言い切れるの。魔族ならいきなり現れたっておかしくないよ」
不安を隠しきれないレキに、私は答える。
「魔族はもうこの町にいないわ」
「そ、そうなの?」
「王国の生活圏には、宮廷の大賢者達によって魔族の放つ魔力に反応する結界が張り巡らされているの。王都から距離のあるこの町だと感度も鈍いらしいけど、半日も滞在していたらさすがに捕捉されるでしょうし、駐留している騎士団に連絡がいく。その動きも無いってことは、魔族はもう撤退したってことよ」
新聞に私が倒した魔族ことは記事になっていなかった。
もし死体が見つかってきたらもっと大騒ぎになっているはず。それも無いということは、おそらく仲間の魔族が死体を処分して逃げ去ったと見るべきだろう。
「えっ、ガルムさん達を襲ったのは魔族じゃないの!?」
「……リヒトが言ってたわ。1番手強いのは“人間の組織”だって。ガルム達をやったのは、そいつらよ」
魔族とも精霊とも違う。同じ人間なら話は別。
『待合所にいても駄目』とは、そういうこと。
ガルム達は、白昼堂々やってきたそいつらにおびき出され、殺されたのだ。
「そんな……あの人達だって実力はあるのに」
「相手のほうが上だったと思うしかないわね。Sランク並みの冒険者をあしらえるなんて、それこそ騎士団くらいしか心当たりがないけど」
「でもじゃあ、なおさら町にいたら危ないんじゃない!?」
相手が人間である以上、魔族や精霊と違い、雑踏に紛れ何気ない顔で襲ってくる可能性もある。
もしかしたら今後、町を歩く時は一切気が抜けなくなるかもしれないと思うのは、当然のことだ。
それでも、私は告げる。
「大丈夫よ。連中は私達が町を出たかどうかもわかってない。人数もそこまで多くないわ」
「ど、どうしてわかるの?」
「なんで新聞の一面を飾ってまで私達を脅してきたと思う? 他に打つ手がなかったからよ」
仲間が惨殺されたことに身の危険を感じた私達が町から逃げようとしたところを捕まえる。もしくは、自分達は人殺しも平気でやるとアピールすることで抵抗する意志を奪う。
猟奇的な演出をしてガルム達の遺体を晒した意図はそんなところか。
でもそれは、私達がまだ町に残っていること前提の話。
確信があるなら門を見張っているほうが確実だし、レキを見つける前に騒ぎを起こしては余計な手間を増やす可能性もある。
それでも強硬策に出た理由は1つ。
わからないのだ。私達が何を考えているのか。
どこを探せば、何をしていいかわからないから、とにかくできることをするしかなかった。
「早く足取りをつかまないといけないのに、分散できるほど人員もいない。だからまずは、中にいるのか外に出たのかはっきりさせたかった。ここまでしても無反応なら町にはいない――そういう具合に、少しでも捜索箇所を絞りたかったのよ」
「……じゃあ、そんな不確かなことのために3人の命を奪ったってこと!?」
「リヒトは、私達が口封じに殺されるって言っていた。よほど後ろ暗いことをしているんでしょうね」
死体には暴行の痕も多数残っていたとあった。
ガルム達はおそらく拷問されたのだろう。どうしてレキを匿ったのか、どうして私がレキを連れ出したのか――何も知らない彼らを、奴らは納得いくまでなぶりものにした。
裏を返せば、それだけ混乱しているのだ。
こちらの目的がわからない。どこへ行く気なのか、どこまで知っているのか、何をしようとしているのか。
滑稽な話だ。こっちだって何1つわかっていないのに。
「でも私達の活路はそこにある。後ろ暗いってことは世間に知られたらまずい事情があるのよ。それを突き止めて白日の下に晒せば、あるいは連中も手を出せなくなるかもしれない」
それももちろん、レキの“普通になりたい”という夢が壊れない範囲でだけど。
「とにかくあと2日よ。それだけ探して手がかりを掴めなければ奴らも諦めるでしょう。私達が動くのはそれからよ」
「……そこまでして狙われるボクって、一体何なんだろう」
うつむきそうになりながら沈んだ声でつぶやくレキ。
「ガルム達が死んだのは、あなたのせいじゃない」
「……でも、怖いよ」
「…………」
「これからも関わった人達が死んじゃうかもしれないって思ったら、怖い」
他者が犠牲になるほどの過去。
自分の身に一体どんな秘密があるのか。
わからないから、恐ろしい。
「ボク、普通になれるのかな」
「……ほら、カット終わったわ。鏡見る?」
「えっ、もう? わあっ……!」
手渡した鏡を見たレキは表情を一変させて溜息を漏らした。
首元まで伸びていたレキの髪は頬の下までばっさりとカット。それに合わせて前髪とサイドも表情が見えるよう整えた。
私の見立て通り、レキはロングよりセミショートぐらいが似合うようだ。
「すごい! 別人になったみたい!」
「まだよ。髪を洗うからじっとしてて」
「う、うん!」
立て掛けた【アルスノヴァ】の先端から床のタライへ魔法の水流が向かうように調整しつつ、自分が使っている頭髪用の洗剤でレキの頭を手入れしていく。
「マッサージされてるみたいで気持ちいいなあ」
「そう、良かったわね」
泡を水で流したら次はヘアオイル。
1回手入れをしただけでは痛みは取れないだろうけど、何度もやっていればそのうち元に戻るだろう。
洗い流したら、仕上げに魔法で風を送って髪をかわかしていく。
すると、少しだけつやを取り戻した銀糸のような髪が現れた。
くすんだ灰色ではなく、これが本来のレキの色らしい。
「うわぁ……!」
手鏡を見て再び感嘆の声を上げるレキ。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
私がカットしたのだから当たり前だけど。
「すごいすごい! かわいいなあボク!」
そこだけ聞くと、とんだナルシストだ。
だけど、まあいい。
「ね、ちゃんと普通に近付いてるでしょう」
「あ……」
「別に昔のことなんか思い出さなくていいのよ。たとえ昔何かやらかしてたとしても、記憶にありませんで押し通せばいいの。大切なのは現在と未来よ」
実は大量殺人犯でしたなんてオチがあるとも思えないしね。
それどころか、レキの細腕じゃ誰も傷つけられないでしょう。
「そんなあっさり図太くなれるかわからないけど……でもありがとう、ローザ!」
「……明日からはちゃんと自分で手入れするのよ。みすぼらしいあなたと一緒に歩きたくなかったから仕方なく切ってあげたの。自分のためだもの、礼を言われる筋合いないわ」
「いちいち憎まれ口を叩くあたり、やっぱりローザだね」
そう。これが私。
だからすり寄ってきても無駄だから。
道具を片付け始める私に、もう1度レキから声がかかる。
「ねえローザ」
「なに」
「ボク、ローザのことは性根の腐ったどうしようもない人だと思ってるけど」
「……あ、そう。順調にアバズレへと成長してるみたいね」
「でも、馬鹿だとは思ってないよ」
……?
何それ。私は天才よ。
「ローザの夢ってなんだっけ」
「大魔導士になって権力と名声を手に入れることよ。……だから?」
「ううん、なんでもない」
「……変なヤツね」
本当にどうかしたんじゃないの。
それにしても、あと2日か。
ここでじっとしてるのも退屈ね。面倒だけどレキに魔法を教えるのも暇つぶしにはなるのかしら。
◇◆◇◆
――そうだよね。
ローザは人の気持ちがわからない人間じゃないよね。
さっきも相手の 動きをちゃんと推測してたし、周りが全然見えないわけじゃないんだよね。
でも、じゃあ。
なんでボクをいじめたの?
いくら嫌ってたって、みんなの前であんな真似したら、誰だって悪い印象しか持たない。
ガルムさん達とだって、本気で仲間になろうとしてなかったよね。
そんなのじゃ、きっと“名声”なんて手に入らない。
でもそれがわからないローザじゃないと思うんだ。
ローザは本気で大魔導士になりたいと思ってるの?
鏡を見ると、道具を片付けるローザの後ろ姿が映る。
ひどいことも一杯されたけど、でも今だけは頼るしかない人。
ボクは思い出せないけど、この人にはどんな過去があるのだろう。
(…………え?)
その時。
鏡の端に、誰かがいた。
女の子だ。
身長はボクとほとんど変わらない。全身が髪の毛と同じ色をした、真っ黒な少女。
目の部分だけがかっと見開いて、ローザの背中に視線を送っている。
充血し切った眼球の奥から伝わってくるのは、体が凍りつきそうになるほどの憎悪。
おぞましい、恨みの念。
「……っ!」
すぐに振り向いたけど、そこには変わらぬ様子のローザしかいない。
続けて鏡にも視線を戻したけど、女の子の姿も消えていた。
(…………ローザ)
2日後。
ボク達は誰に見つかることもなく、無事にヘレナの町を出た。
それは、追うものと追われるものの戦いの幕開けであるとともに、ボクとローザが過去と向き合い、そして未来をつかむための、長い旅の始まりでもあった。




