007_バトルよりパン
屋敷を出て、中庭へとやってきた。
アル兄様とお父様が手合わせをすると聞きつけ、屋敷にいた家族全員で観戦することに。
ちょうど昼食前だったこともあり、ピクニックも兼ねることになった。
本日のメニューはサンドイッチ。
とはいっても、前世で食べていたような、柔らかい白いパンにハムやチーズを挟んだものではない。
硬い黒パンに、薄く切った保存食の燻製肉を挟んだだけの質素なものだ。
味も肉も薄い。
だけれど、外で食べると何倍も美味しく感じる。
「エルナ、口元にパンくずがついているわよ」
リーゼ姉様が、ハンカチで私の口元を拭ってくれる。
「ありがとうございます。ところでどっちが勝っているんですか? 動きが速すぎてよく分かりません」
剣道を知らない人が試合を見ても、どちらが優勢なのか分からないように、剣の心得がない私には、二人の攻防がまるで理解できなかった。
なんだか凄いことをやっている。
その程度の感想しか出てこない。
「アルベルトじゃない? 私も全然わからないわ。マルタ姉様はわかる?」
「興味ないわ〜でも、お父様には勝って欲しくはないわね。だからアルちゃんを応援するわ〜」
私もアル兄様を応援すべきところなのでしょうが、素直に頑張れとは言いたくないのが本音だった。
「どうして男性の方は、戦うのが好きなのでしょうか? それに私の事なのに、私は蚊帳の外です」
「単純なのよ。ある意味羨ましいわね」
「確かにそうよね〜でも、眺めているだけなら楽しいわ〜血とか出ないかしら?」
剣と剣がぶつかり合う、甲高い音が中庭に響く。
流血沙汰は見たくないので、そろそろ終わってほしいのだけれど、二人の打ち合いはますます激しさを増しているようだった。
ゲオルク兄様とエミールの歓声が、先ほどよりも大きくなっているので分かる。
「エミール見ろよ、親父の六連撃だ。それを難なくアルベルトのやつは避けてるぞ」
「うわー凄いや! 僕も出来るようになれるかな?」
「訓練すればきっとな……俺たちにだって親父と同じ血が流れてるんだ」
「僕、もっと訓練を頑張るよ! そしてお父様と同じ騎士になる!」
二人は女性陣とは違い、立ったまま真剣な眼差しで打ち合いを見つめていた。
エミールが騎士を目指すのはいいけれど、あの純粋な弟がお父様のように育ってしまうのは、姉として少し心配だ。
時計職人の道を教えてあげなくては……まずは数字を数えるところからね。
「お母様、この戦いはまだ続くのでしょうか。私、もう食べるものがなくなってしまいました。正直、何か食べていないと暇で仕方ありません」
退屈なのか、少し船を漕ぎ始めていた。
「はっ! 寝てないわよ……えっとそうね」
お母様は口元に垂れていたヨダレをさりげなく拭いて戦いを見る。
「エルナ、もうすぐ決着がつくわ。あの人、去年腰を痛めているから、そろそろ限界のはずよ。まったく、娘にいいところを見せようと張り切っちゃって。少しは自分の年を考えてほしいものだわ」
言われてみると、なんだかお父様が先程よりも押し込まれているように見える。
――そして。
アル兄様はお父様の首元に剣を突き付けた。
ゲオルク兄様とエミールが、揃って落胆の声を上げた。
よかったですね、お父様。少なくとも我が家の男性陣は、お父様を応援していたようですよ。
「ふう……勝負ありですかね……ヘーゼル卿」
息を切らせた様子のアル兄様が問いかける。
「ぐっ……私の負けだ」
アル兄様は剣先を下げると、静かに鞘へ納めた。
「紙一重でしたよ……ヘーゼル卿が腰を悪くなさっていなかったら私は負けていたかも知れません」
「気がついていたか……しかし、言い訳はせん。約束通り、エルナを君に託そう」
「責任を持ってお預かりしますよ。もっとも、勤め先は私のもとではなく、伯爵様の所ですけれどね」
「そう言いながらも、裏ではいろいろと手を回しているのだろう? 私とて、領地に引きこもっていたわけではない。北方の情勢が不穏なことくらいは承知している……娘を危険な目に遭わせたら、ただではおかないぞ」
「聡明なヘーゼル卿なら、すでに勘づいていると思っていましたが……なるほど。私の腕を確かめるために、手合わせを申し込まれたのですね。すぐに事態が動くとは考えていません。しばらくは大丈夫でしょう。ですが、万一の際には、身命を賭してエルナ嬢をお守りするとお約束しますよ」
「信用はしないが、実力は認めてやろう。しばらくの間よろしく頼む」
「ありがとうございます」
何やら二人は深く話し込んでいたようだけど、私にはよく分からなかった。
ただ、そんな私にも分かることは一つある。
これで私は時計職人になることができるのだ。
見習いではあるけど。
それでもやっぱり嬉しかった。
しょうがないから、少しだけアル兄様を労ってあげますか。
息を吐き、二人の元へと近づく。
「アル兄様、お水です。そして……ありがとうございます」
「おや、これは珍しい。エルナが素直だ」
「私はいつでも素直ですよ」
「確かにそうだ。素直過ぎて遠慮が無いの間違いだった」
「エルナちゃん……パパには?」
無視をする。
「自分の考えを持っている人と言ってください」
「単に強情なだけだと思うけれどね」
「おーい、二人して無視ですかー」
「本当に失礼です。お礼にクッキーでも作ろうと思ったのに残念です」
「これは本当に驚いた、エルナが人に食料を恵むなんて」
「私のことをなんだと思っているですか」
「たまに妙に達観しているところはあるけれど、普段はただの可愛いお転婆娘かな」
「お転婆娘は余計です」
可愛い、と言われてしまった。
別に嬉しくなんてない。
ないのだけれど、頬がほんの少し熱くなる。
「いいわね〜。青春ね〜。初々しいわ〜」
「エルナ、お父様が拗ねると面倒だから、その辺にしておきなさい」
アル兄様が楽しそうに笑う。
別に青春なんてしていませんけどね!
【バルシュミット家の情報通・マルタ姉様の小話③】
第三回は、私の可愛い妹、リーゼ・バルシュミットよ。
リーゼは、計算がとっても得意なのよ〜。
凄いわ〜。私なんて、自分の年齢もよく分からないわ〜。
でも、リーゼの身長と体重なら分かるから、特別に教えてあげるわね〜。
身長は百五十センチで、体重は四十二キロ。
それから胸まわりは――
「姉様。それ以上言ったら、二度と計算を手伝いませんよ」
あら〜。残念ね〜。
また次の話で会いましょうね〜。




