006_絵になる男
「エルナちゃん、それは許可できないよ。だってパパ、寂しいもん」
時計を直してから三日後、待ち構えていた私から伯爵様の元で働きたいと聞くなり、そう言い切った。
重厚なデスクの向こうで両肘をつき、眉間には深く皺を作っている。
その様子だけを見ると、まるで一家の一大事を決める重大な決断を迫られているかのようだ。
言動は幼稚だけど、なぜだかとても偉そうなこの人こそ、我がバルシュミット家の当主、ヘーゼル・バルシュミット。
私のパパだ。
「あなたが思うよりも、エルナはしっかりしているわ。この時計だって一人で直したのよ」
「それとパパが悲しむことに何の関係があるというのだね」
「子離れの時期にはちょうど良いかと」
「嫌だ! エルナちゃんはどこにもやらんぞ! 娘はみんなパパを無視するけど、エルナちゃんだけは構ってくれるんだ! リーゼではダメなのか?」
「時計を直せるのはエルナですよ」
「ならリーゼに覚えさせれば良いではないか!」
「これ以上、あの子に嫌われたいのですか?」
「安心しなさい、すでに好感度は底辺だからこれ以上嫌われる心配はない」
「一体リーゼに何をしたのですか……」
お母様が頭を抱えている。
私はいつも不思議だった、どうしてこんなお父様と真面目で優しいお母様は結婚したのだろうかと。
聞く話によると、二人は小さい頃から一緒にいた幼馴染だったらしいが。
「お父様、お願いです。私は時計が大好きなんです」
「それはパパよりもか?」
「はい」
即答すると、お父様は無言で執務机の引き出しを開けた。
そして、なぜか中から一本の薔薇を取り出し、その茎を口にくわえる。
いったい何に備えて常備しているのだろう。
お父様は憂いを帯びた表情を作り、改めて私を見つめた。
「もう一度聞こう。パパよりも時計が好きなのか?」
「はい」
「あなた、もうやめておいたほうがいいわよ。これ以上は傷口を広げるだけだわ」
「どうしてなんだ、エルナちゃん! 昔はパパが世界で一番好きだと、いつも言ってくれたじゃないか!」
「すみません、お世辞です」
お父様の口から、薔薇がぽとりと落ちた。
「偽りの愛だったというのか……」
「お母様は、この姿を見てもまだお父様を愛していられるのですか?」
「これでも昔は、立っているだけで絵になるほど素敵な人だったのよ」
「今だって薔薇をくわえれば絵になるだろう?」
「ええ。風刺画にはなるわね」
お父様の口から、二度目の薔薇が落ちた。
拾ってまたくわえていたらしい。
「タイトルは、歪んだ家族愛でしょうか?」
「親バカよ」
私たち家族のことを愛しているのはよく分かる。だが、なかなか癖の強いお父様である。
ちなみに、我が家におけるお父様の序列は鶏よりも低い。
これ以上続けても分が悪いと悟ったのか、お父様はこほんと咳払いをし、強引に話を切り替えた。
「実は王都でヘルマン伯爵からは話を聞いていた。働く上での条件も決して悪いものでは無かった」
「では、働いてもいいのですね!」
「しかし、条件は良いのだが環境がな……男がいるのだ」
「男性ならどこにでもいると思います」
「危険で不純な男がいるのだ」
「お父様とアル兄様よりも酷い男性は、この世にはいないと思います」
「世界が狭いな、エルナは。お前の可愛いさは、男を狂わせるんだ覚えておきなさい」
小さく息を吐き、やれやれと首を振った。
今回ばかりは、お父様もなかなかに強情だ。
さて、どう説得したものか。
こんなとき、物語なら格好いい王子様が颯爽と現れ、窮地を救ってくれるのだろう。
もっとも、現実にそんな都合のいいことが起きるはずもない。
そう思った直後、扉が勢いよく開いた。
「失礼いたします、ヘーゼル卿」
「なっ、どうして、アル兄様がここに!」
容姿だけなら、王子級のアル兄様が入ってきた。
どうしてこの人なのだろう……神様は理不尽だ。
「昨日、ゲオルクから話を聞いてね。妹が大変な目にあうと思うから助けてやってくれって頼まれたんだ。それに元はと言えば、私が君を王都に誘ったのが原因だからね」
爽やかな笑顔を向けてくる、アル兄様。
絵になる男性ではあるけど、何故だか非常に腹立たしい顔である。
ゲオルク兄様、ありがとうございます。
でも今度からは、是非ご自身で助けに来てください。お願い致します。
「ほう、アルベルト君。諸悪の根源は君だったか。なら覚悟はできているね」
お父様は壁に立てかけてあった、剣を取った。
「覚悟ですか……そうですね……年老いたヘーゼル卿を倒すくらいの覚悟はありますよ」
バルシュミット家は、剣一本で成り上がった一族だ。
祖父が戦場で多大な戦功を挙げ、その功績によって騎士爵に叙された。
その跡を継いだのが、私のお父様だ。
騎士爵位は一代限りである。
それはこの国でも変わらない。
だけれども、お父様も王国に多大な貢献をし、数々の戦功を挙げることで、騎士爵家としての地位を守ってきた。
もっとも、年を重ねた現在は戦場を退き、王都で国王に仕えている。
つまり、私のお父様は結構強いのである。
「若造が……いいだろう。私に勝てたらエルナのことを認めてやろう」
「ありがとうございます。エルナ、良かったね。これで君は時計職人になれるよ」
負けるとは微塵も思っていない、アル兄様だった。
「エルナ、絵になる男には気をつけるのよ」
「安心してください、アル兄様だけは絶対にありえませんので」
【バルシュミット家の情報通・マルタ姉様の小話②】
第二回は、私の弟、ゲオルク・バルシュミットについてよ〜。
ゲオルクは、簡単に言うとツンデレね。
妹のエルナのことが大好きなのに、いつも遠回しにしか助けようとしないのよ。
口調は少し荒っぽいけれど、家族のことをちゃんと考えてくれる優しい子よ。
実は今回も、ずっと扉の外で聞き耳を立てながら、アルベルトを中へ入れるタイミングをうかがっていたのよ〜。
素直じゃないけれど、健気よね〜。
また次の話で会いましょうね〜。




