050_息抜きにお酒を少し
「ほんっとに、男ってロクな人がいないわ!」
カレン先輩が、木のジョッキをテーブルに置く。
少し音がした。
「……酔ってますね」
三日後の夜。
私たちは、王都の酒場《竜の胃袋》に来ていた。
テンプの作成がひと段落したので、今夜は先輩と外で夕食を取ることにしたのだ。
向かいには、エスメラルダさん。
たまたま一人で飲みにいらしていたところ、私たちの席に加わった。
二人のジョッキにはエール、私のには林檎のジュースが入っている。
女が三人集まれば、姦しいという。
けれど、三人寄れば文殊の知恵ともいうではないか。
三人分の知恵を集めて、男性への愚痴を言い合っている。
仕事に恋愛、それから身近な人への不満。
どこの世界でも、どんな時代でも、こういう席で話すことはあまり変わらない。
が、何かが解決するわけではなくても、こうした愚痴の言い合いが楽しかったりする。
特に今のカレン先輩は、元婚約者のことで、言いたくても言えずにいることが多いはずだ。
今夜くらい、遠慮なく吐き出して欲しい。
私も、できるだけお話を聞こうと思う。
ただし、恋愛について助言を求められても困る。
前世と今世を合わせても、まだ見習いのままだ。
「エルナちゃん! これからは女性の時代よ! 男に負けてなんていられないんだから!」
勝ち負けの問題なのだろうかと、返答に困っていると少し低めの声がそれに同意する。
「いいこと言うわね、カレン。そこは私も同意よ。冒険者なんて特に女の扱いが酷いわよ……だから私は、女性だけのパーティを作ったのよ」
「そんな理由があったんですね」
目の前にあるジョッキをあおって、相槌を打つ。
「例えば野営の準備ね。男たちは食事ができるのを座って待ってるだけで、しかも食べ終わったらさっさと寝るよ! 信じられないでしょ!」
「何それ、酷すぎ! 私ならめちゃくちゃ文句言っちゃう!」
髪の色と同じくらいに頬も赤く染めたカレン先輩が、眉をひそめた。
「言ったわよ! そしたら『女の方がそういうのは得意だろ?』だって! 料理人を雇うなら追加料金を払いなさいよね!」
「本当だよ! 毒でも混ぜた方がいいんじゃない? エルナちゃんもそう思うでしょ?」
「流石にそこまでは……ですが、冒険中に背後には気をつけるべきだと思いますね」
「前もよ、エルナちゃん」
「なんなら横も気をつけるべきじゃないかしら?」
あっという間に、包囲網が完成してしまった。
「くぅ〜、やっぱり飲まないとやってられないわね! マスター、おかわり下さい!」
「カレン先輩、少しペースが早くはありませんか? お顔が真っ赤ですよ」
「大丈夫〜大丈夫〜。私、お酒強いから! それよりも次はエルナちゃんの話よ。好きな人とかいないの〜?」
顔を寄せて、尋ねてくる。
なるほど……カレン先輩にはあまりお酒を飲ませるべきでは無いのかもしれませんね。
だる絡み系女子みたいです。
「好いている男性はいらっしゃいません」
「あらそうなの? 私がエルナくらいの歳の頃には二、三人くらいはいたわよ」
「それは累計で?」
「同時よ」
「それはそれで問題があるのでは?」
エスメラルダさんはテーブルに頬杖をついて、口元を緩めた。
「うぶね、エルナは」
「一途なだけです」
「純情なんだよね〜! アルベルトさんって言う人が好きなんじゃないの〜?」
当然、アル兄様の話が出てくると思っていた私は動揺することなく、スマートにきっぱりと否定する。
「たたたただの、腐れ縁です!」
「エルナちゃん! ジュースがこぼれてるっ!」
「うぶね〜」
「純情なのよね〜」
「マスター! おかわりを下さい! 飲まないとやっていられません!」
木のジョッキを掲げて、叫んだ。
「逃げたわね」
「逃がさないわよ〜エルナちゃん! じゃあ次は我らが誇るジークはどう?」
カレン先輩はにやにやと少しだらしない顔で聞いてくる。
「あのイケメンね。私もなかなか気になるところね」
「ジーク先輩は優しくて、時計の話を聞いてくれるので好きですね」
「「ふぅ〜」」
異世界なのに、昭和のノリを感じてしまった。
というよりもおっさんのようなノリかもしれない。
「恋愛的な意味はないですよ」
「エスメラルダさん、これはどう判断します?」
「そうね……アルベルトって言う人の方がリードしてるわね。意識はしているみたいよ。ただ、ジークもまだまだ巻き返せるわね……好感度自体は高いわね」
当事者の私を置いてなぜだか二人で盛り上がっていた。
◇◇◇
同日、同時刻。
王都の少しばかり上等なバーで、二人の男性がカウンターに座っていた。
一人は黒髪の男で、もう一人は金髪の男だ。
「クシュっ!」
「お互い、くしゃみが止まらないな。これは誰かが噂をしているな」
金髪の男はそう呟くと、カクテルの入ったグラスを手に持つ。
「僕には心当たりが一人しかいませんけど……」
「私もだよ」
そう言って、一口で飲み干した。
「アルベルトさん……そもそもどうして僕を誘ったんです? エルナの様子を見に来たのでしょう?」
「彼女の家族はなかなかにお節介焼きが多くてね……」
「だったら誘う相手を間違ってませんか?」
「いや、間違ってないよ」
「……僕がエルナに見えるんですか?」
「面白い発想だけど、私がエルナを見間違えるとでも?」
「いや、知りませんよ」
「冗談だ、真に受けないでくれ。まぁあれだ、エルナの近くにいる男を探る必要があったんだ」
要は親の代わりに釘を刺しに来たのだ。
何かあるわけでは無いが、疑われるのは気分が良いものではない。
「なるほど……それで、何か分かりましたか?」
「……分からない」
「……」
それは想定外だった。
いかにも貴公子のような男が、頭を抱えている。
「……全然分からない。君はエルナのなんなのだ!?」
「いや、普通に仕事仲間ですよ」
「それ以上の関係は?」
金髪碧眼のイケメンが、ジークに迫る。
「な、無いですよ!」
「なぜ、一回言葉を詰まらせた!」
「あなたが迫ってきたからでしょう!」
「どこが迫っているというのだね!」
「仰け反らないと顔がぶつからないくらいには、迫ってるよ!」
ジークはどうにかアルベルトを落ち着かせて、席に座らせた。
ようやくグラスに口をつける。
先程までの緊張は、すっかり抜けていた。
「すまなかった。恥ずかしいところを見せたね」
「気にするな」
否定はしない。
が、アルベルトのプライドを傷つけないように気を遣った。
「エルナが話す中で一番口にする男の名前は君なんだ」
時計の知識が凄い人。
自分のお金を使って子供に時計修理を教えている、優しい人。
顔もかっこいい。
馬車の中で聞いた話を並べられ、ジークは顔を背けた。
本人のいないところで褒められていたと知るのは、想像以上に恥ずかしい。
「……そうなのか」
「頬を赤らめるんじゃない。そして勘違いをしてはいけないよ。圧倒的一番は、時計の話題なのだから」
「ある意味安心したよ。エルナが時計よりも僕の事を話していたら少し怖かったよ」
「……確かに」
そこは、二人とも納得した。
「それで、君の方はどうなんだ? そこまでエルナが好きなら、その思いは伝えたのかい?」
「何をいう。私は別に女性として好いているわけでは無い」
「……っは?」
「エルナが困っていたら助けたいんだ。彼女には常に笑顔で幸せでいて欲しい」
「それを好きっていうのでは?」
「好きだよ。ただ、恋人になりたいとか、そういう話ではないんだ」
アルベルト自身が、その気持ちをどう呼べばいいのか分からずにいた。
もし現代に生きる日本人なら、こう表現していたのかもしれない。
推し。と。
「でもまぁ、なんとなく分かる気がするよ」
「本当かい!?」
それは誰もいない荒野で、人を見つけたような反応だった。
「僕も一生懸命に作業をしているエルナを見ると、愛でたくなるような気持ちになるよ……そういうことだろ?」
「近い! 近いような気がするよ! あとご飯を口いっぱいに詰め込んでいる時とかもそう思わないかい!?」
「あのリスみたいな感じか……分かるかも知れない」
「ではこんなのはどうだろうか……?」
「分かる! それは分かるよ!」
お酒が回ってきたのか、ジークはだんだんと饒舌になっていった。
アルベルトも、自分の気持ちを理解してくれる友を見つけたように感じていた。
こうして、男二人の夜はまだまだ続くのであった。
◇◇◇
「へくしゅっ!」
「大丈夫、エルナちゃん。さっきからくしゃみ凄いよ」
「誰かが私の噂をしてるのかも知れません。なんだか少し悪寒がしました」
そう言うとエスメラルダさんが、上着をかけてくれた。
「ありがとうございます」
好意をありがたくうけとる。
が、この感じは体調を崩したときのものではなく、なんとなく違うような気がした。
魔の手が忍び込んでくるような、そんな変な気配だった。
「カレン先輩は、どうなのですか?」
「っえ? 私!?」
予想外だったのか、飲んでいたエールを少しこぼしそうになっていた。
「はい、そうです。とても気になります」
「そうね……美人なんだから、そう言った浮いた話の一つや二つあるんじゃないの?」
私とエスメラルダさんの視線が、カレン先輩に向く。
色々と攻められたので、今度は先輩の恥ずかしがる顔を見たい。
「そっか〜、まぁそうなるよね。他人の恋話を聞くには、自分の恋話を話す覚悟が無いとダメだよね……」
覚悟という、恋話にはなかなか似つかわしく無い言葉が出てきた。
「うん……今話した方が逆にいいかな……お酒が入っている方が口も回るよね……」
「カレン先輩?」
俯いた顔には、酔いが覚めてきたのか頬の赤い色が引いてきている。
顔を覗き込んだ。
が、その直ぐ後にカレン先輩は顔を上げた。
「よし! じゃあお姉さんがとっておきの話をしてあげましょう!」
「「おお〜〜!」」
良かった。
いつものカレン先輩だ。
まだ半分以上中身が残っていたジョッキを傾けて一気に飲み干す。
それから先輩は大きな声で言った。
「これは私が経験した史上最低の初恋よ!」




