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047_ お泊り会《カレン視点》②

「カレン先輩、扉の札を裏返してきました」


「ありがと。私の方も作業が終わったから帰ろうか……それじゃあ、残りの閉店作業はジーク、よろしくね!」


「エルナがいるんだ、調子に乗って変なところに連れていったりするなよ」


「分かってるわよ」


 変なところってどこよ。

 なんて、そんな意地悪な質問は今日はしない。


「変なところってどこですか?」


 と思ったら、エルナちゃんが聞いてしまった。

 それも、私ではなくジークに視線を向けている。

 これは意地悪ではなく、純粋に気になったから聞いた感じだ。


「……えっ。それは、まあ……」


 箒を持って、引きつったような顔をしていた。

 ちらちらとこっちに視線を寄越しては、助けてと目で訴えてきた。

 私は笑顔を返すだけ。


「ほら、酒場とか」


「それなら、アル兄様と一緒に行ったことがありますね」


「あるのか」


「はい、お安くて料理が美味しかったです」


 ジークが口を閉じると、エルナちゃんは首を傾げた。


「酒場に何か嫌な思い出でもあるのですか?」


 これ以上傍観するのは、可哀想か。


「あはは、そうそう。ジークは面だけは良いから、結構絡まれるんだよね。でも、そんなことよりも、ジークは私がエルナちゃんを独り占めするのが羨ましいんだよ」


 そうでしょ?

 と、私はジークに目を向ける。


「羨ましいって……とにかく、二人とも可愛い女の子なんだから、少しは用心してくれよ」


「何よ、私のことも可愛いって認めてくれるの?」


「言葉の綾だ。カレンはあまり調子に乗らない方がいいと思うよ」


 私はいつも思う。

 なぜ、こんな口の悪い男がモテるのだろうか?


「お二人は本当に仲が良いですね。とてもお似合いです」


「「お似合いじゃない」」


「息ぴったりです」


 エルナちゃんの視線が、なんとも痛かった。


◇◇◇


 いつもは一人で歩いていた、仕事終わりの夕暮れの王都。

 今日は隣にエルナちゃんがいる。

 店先には照明の魔石が灯り始めていた。


 昼の顔とは違い、仕事終わりの人が行き交い、酒場の扉が開くたびに、お酒と肉の匂い、そして喧騒がこちらにまで届いてくる。

 エルナちゃんは店の中が気になるのか、扉が開くたびに視線をそちらへ向けていた。

 いつもは日暮れ前には帰ってしまうため、珍しく感じているのかもしれない。


「美味しそうです」


 違った。

 単にお腹が空いて、美味しい匂いにつられていただけだった。


「今日のご飯はどうする? アルベルトさんからお金は貰ってるから、エルナちゃんの好きな物でいいよ」


「でしたら……」


 エルナちゃんの視線を追う。

 そこには肉屋があった。


「あはは、じゃあ今日はお肉たっぷりのシチューにでもしようか」


「はい!」


 短い返事だ。

 だけど、思いの籠もった一言だった。

 肉屋で少し厚めに切ってもらい、隣の店で他の食材を買った。


 あとは約束のクッキーも買って、エルナちゃんに渡す。


「夕飯前だから、今食べるのは一個だけだよ」


「もちろんです」


 きっと今のエルナちゃんに尻尾があったら、ぶんぶんと物凄い勢いで振っているに違いなかった。

 それほどまでに目を輝かせている。

 私の分も一個買えばよかったかもしれない。

 

 と思っていたら、小さな手が伸びてきた。


「半分、いかがですか?」


「え、いいの?」


「もちろんです。二人で食べた方が美味しいですよ」


「あはは、そうだね。じゃあ貰うね、ありがとう!」


 半分に割られたクッキーを貰う。

 よく見ると、私の方が少し大きかった。

 これではどっちがお姉さんなのか、分かったものではなかった。


◇◇◇


「店長ー! ただいま」


 私が借りている部屋は、パン屋の二階にある。

 店の脇にある階段を上がると玄関扉があって、そこを開くと部屋だった。

 朝はいつも、美味しいパンの匂いで起きる。


 おかげで、ここに住んでから寝坊することがなくなった。


「あら、おかえり。今日は誰か連れているのね」


 店じまいをしていた店長が、エルナちゃんを見た。


「そうなんですよ! 私の可愛い後輩で、今日から一週間泊まることになって」


「エルナ・バルシュミットです」


「あら、ご丁寧にどうも!」


「それで、前にちょっと話した寝具って借りられますか?」


「大丈夫よ、部屋に運んでおこうか?」


「いえ、そこまでは。私が運びますよ」


「なら、荷物を置いたらまた下にいらっしゃい。そのときまでに奥から出しておくわ」


「ありがとうございます。それと、パンを二つください」


 いつもは一つだけ買うパンを、二つ買ったのだった。


◇◇◇


「じゃーん、ここが私のお部屋です!」


 扉を開くと、朝出ていったときと同じ部屋が、そこには広がっていた。

 まあ、違っていたらすごく怖いのだけど。

 とにかく、いつも通りの私の部屋だ。


「お邪魔します」


 窓際には食卓と二脚の椅子。

 食卓の上には、飲みかけの水が入ったコップと、食べ終えたままのお皿が載っていた。

 それに、椅子には上着やエプロンまで掛かっている。


 うん、胸を張ってお出迎えするには、少し生活感が出過ぎていた。

 それでもまあ、下着とかではないから、私的にはギリギリ許せる範囲だった。


「ちょっち、散らかってるけど、気にせずくつろいでね」


「ありがとうございます」


「さてと、もうお腹すいたよね。寝具だけ受け取ったら、サクッとご飯作っちゃおうか」


「はい! お手伝いいたします!」


「ありがとう」


 そこから私たちは、分担して夕食作りのために動き始めた。

 エルナちゃんの料理の手際はよく、小さい手で器用にお肉を切り、野菜の皮を剥いていった。

 明らかに私よりも上手だ。


 お姉さんらしいところを見せることができず、軽くショックを受けながらも、手を動かしていく。

 狭い炊事場のため、少し肘がぶつかりそうになる。


「馬鈴薯(ばれいしょう)、取れる?」


「はい、どうぞ」


「ありがとう。手を切らないように気をつけてね」


「そうですね。一番大事な商売道具ですもんね」


 誰かと話しながら料理をするのは楽しかった。

 昔の自分には、想像もできなかっただろうな。

 まさか私が家事をしたり、仕事で汗を流したりするなんて……


 鍋をかき混ぜながら、ちらりと戸棚の木箱を見る。

 あの中には、蓋のない懐中時計が入っている。

 家族のことを思い出すとき、いつも手に取る時計だ。


 向こうでの暮らしも、楽しいことばかりではなかった。

 それでも、家族と過ごした日々は幸せだった。

 もう、あの頃には戻れない。


「カレン先輩、お皿はこれを使っていいですか?」


「うん、大丈夫よ」


 エルナちゃんが、食卓にお皿を並べていく。

 いつもは一枚しか出さないお皿が、今日は二枚。

 それだけのことが、なんだか嬉しかった。


 私は鍋へ視線を戻した。

 今夜のシチューは、いつもよりお肉が多い。

 エルナちゃんの言葉を借りる訳ではないけど、きっと二人で食べる夕飯はいつもよりも美味しいのだろう。


 失ったものは戻ってこない。

 でも、これから先の幸せまで、奪われてやるつもりはない。

 私は、今を楽しく生きていく。


 それこそが、私たちから幸せを奪った人たちへの復讐なのだから。

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