046_ お泊り会《カレン視点》①
窓から西日が差し込み、作業台に並んだ部品が細い影を落としていた。
影だけを見ると、小人さんみたいで、なんだか可愛らしい。
そのまま自分で動いて、また時計に戻ってくれたら、どれだけ楽だろうか。
そうなったら、私の仕事がなくなる……というか、職を失う。
どうも世界は、私に優しくはできていないみたいだ。
両腕を上げて背筋を伸ばし、固まった肩をほぐす。
今日は、分解した時計の組み立てまで終わらせたい。
再び、作業台へ目を落とした。
取り外した文字盤は柔らかい布の上に置かれ、その隣には、中身を抜かれた銀色のケースがある。
縁のある小皿には、大小の歯車や細い針、小さなネジが分けて収められていた。
洗浄で古い油が落ちた部品は、光の当たる縁が白く輝いている。
こんなに綺麗なのに、ケースに収めてしまうのは、ちょっともったいない気もする。
私はピンセットを取り、次に組み付ける部品へ先を向けた。
さあ、最後のひと踏ん張りだ。
「アル兄様、今日は帰りたくありません」
……また始まった。
声のした方を見ると、いつもエルナちゃんを迎えに来る金髪の男性が立っていた。
名前は、確かアルベルトさん。
爽やかで、とても整った顔をしている。
最近は、帰りたがらないエルナちゃんを説得するのが、彼の夕方の日課になっていた。
「そんなに離れたくないのかい?」
「はい。明日も、そばにいたいんです」
初めて聞いたときは、ピンセットを置いたけど、今では普通に作業をしていた。
言葉だけ聞くと、こちらが気を利かせて席を外した方がよさそうだけど。
エルナちゃんが見つめているのは、アルベルトさんではなく、作業台の上の部品だった。
というか、さっきから彼の方には一瞥もくれていなかった。
なんともまあ、エルナちゃんらしかった。
「来週も会えるだろう?」
「一週間も離れるんですよ」
「向こうは気にしないと思うけどね」
「そんなことはありません。相思相愛です」
絶対に報われることのない、エルナちゃんの時計への愛は、工房内に消えていく。
うちの男性陣も平常運転で、誰も顔を上げない。
「こんな中途半端で帰ったら、家でもずっと考えてしまいます」
「それはいつものことだろ?」
「いつも以上にです!」
エルナちゃんって、常に時計のことを考えているイメージがある。
それ以上となると、想像ができなかった。
「君の父上になんと言えば……」
「過保護ですね……エルナはちゃんとご飯を食べて寝ていると伝えてください」
「はあ……どこに泊まるんだい? お金だってないだろ?」
エルナちゃんは、ちらりと工房内を見た。
なるほど、好きなものに囲まれて寝るつもりらしい。
「いいわけがないだろ……さあ、帰るよ」
「……」
今日のエルナちゃんは強情だった。
眉間に皺を寄せて、アルベルトさんを見ていた。
しょうがないか………私は、かねてより考えていたことを実行するため、ピンセットを置いた。
「なら、エルナちゃん、うちに来る?」
二人が、私を見る。
「私、王都で一人暮らしだし、家はここからも近いし、どうにか二人で寝られるスペースはあるよ」
「本当ですか!? ぜひ、お願いいたします!」
両手を胸の前で握りしめ、目を輝かせていた。
可愛い。
妹がいたら、こんな風に懐いてくれるだろうか。
思わず抱きしめたくなってきた。
「うん、私はいいけど……」
私はちらりと、アルベルトさんを見る。
彼は何か言おうと口を開いたが、エルナちゃんが遮るように言葉を発した。
「そういうことになりましたので、アル兄様。また来週。どうぞお元気で」
「誰が君の家族に説明するんだい?」
「安心してください。一筆啓上いたします」
「誰がその手紙を届けるんだい?」
「ありがとうございます」
「はあ……いいんですか? 見てのとおり、エルナはなかなか手のかかる子ですよ?」
「はい、私は大丈夫ですよ。いつも一人で寂しかったので、話し相手がいるのは嬉しいですし」
「なら私がカレン先輩と結婚してずっと一緒にいます! その代わりお家に住ませてください!」
「あはは、私は普通に男の人が好きかな?」
残念ながら、今のところいい出会いはないけれど。
でも、まぁいつかは結婚したい。
仕事終わりに家事とかをするのは結構面倒くさいし、やってくれる人がいるとありがたい。
結婚相手に使用人みたいなのを求めるところが、結婚できない理由なのだろう。
「いいかい、エルナ。これは真面目な話だ」
そう前置きして、アルベルトさんは膝を折り、エルナちゃんと目線を合わせた。
先ほどよりも低い声だ。
だけど、その目は優しい。
「……はい、なんでしょうか」
「今回はどうにか君の家族を説得する。でも、特別だ。これが普通だとは思ってはいけないよ」
「……分かっています」
少しぶっきらぼうな言い方だった。
――けれど。
「ありがとうございます」
最後には、ちゃんと感謝を伝えていた。
たまにものすごく大人っぽいところを見せるけれど、こういうところを見ると、やっぱり子供なんだと思う。
「どういたしまして」
アルベルトさんは口元に笑みを浮かべ、エルナちゃんの頭を撫でた。
エルナちゃんは少し嫌そうな顔をしたものの、その手を払うこともなく、おとなしく撫でられていた。
気難しい猫みたいだ。
撫でてほしいわけではないけれど、やめてほしいわけでもないらしい。
「さて、カレンさん、ですよね? エルナをお願いいたします。基本的にエサ……こほん……ご飯をあげておけば、おとなしくなります。特に甘いものが好物みたいで、クッキーとかがいいと思います」
あらら。
やっとデレ始めたというのに、今の発言で、エルナちゃんがめちゃくちゃ睨んでいる。
というか、噛みつきそうだ。
それに好物って……子供というよりペット扱いだ。
なんだかエルナちゃんが素直になれない理由が分かった気がした。
「あはは、じゃあお店に寄ってから帰ろうかな?」
食料の備蓄がないことを思い出した。
「二人とも私に対する扱いが雑な気がします」
「それはエルナの日頃の行いだね。ちゃんと歯を磨いてから寝るんだよ」
「いつも磨いてます!」
「そうなの? 偉いね、エルナちゃん!」
「……これは煽られているのでしょうか?」
「あはは、帰りにクッキーを買うから許してね」
「三個で手を打ちます」
よかった、早速アルベルトさんの助言が役に立った。
「では、カレンさん。うちの子をよろしくお願いいたします」
「お姉さんとして、しっかり面倒を見ますね」
「私は子供ですか……」
子供でしょ? と言いかけて、言葉を止める。
危なかった。
買うクッキーの数が増えるところだった。
「今日からよろしくね、エルナちゃん!」
「はい、よろしくお願いいたします!」
今日から一週間は、寂しさを感じることはなさそうだ。
そう思うと、自然と笑顔になるのだった。
今回の章ではカレン先輩の魅力も引き出せていければなぁと思っています。




