045_完売御礼、次はテンプ作り
「これで完売です!」
周りからは拍手や口笛の音が聞こえてきた。
冒険者は毎日がお祭りなのだと、アル兄様が言っていた。
何かしら騒げる口実を見つけては、木のジョッキになみなみと注いだエールを胃に流し込む。
今回は、私の成功を祝ってくれている。
そういうことにしておきましょう。
熱気に浮かされた私も、うっかりアルコールを頼んでしまいそうになるが、仕事中であることを思い出して自重する。
いや、仕事中でなくても、この身体では飲んだことはない。
禁酒歴は十二年だ。
今回は、私一人で冒険者ギルドへ時計を売りに来ていた。
カレン先輩もジーク先輩も、お店で仕事だ。
私の時計販売に、いつまでも付き合ってもらうわけにはいかなかった。
今回売ったのは、ケース付きの懐中時計十個。
前回分と合わせて、これで私が直した時計はすべて売れたことになる。
実演をするまでもなく、私が隅で支度をしていると、冒険者の方から話しかけてくれた。
口コミで評判を聞いていたからだろうか。
私がしたことといえば、使い方の説明くらいだ。
こんなにあっさりと売れるのならば、《銀の歯車》に来てくれればと思う。
意外と冒険者の皆様は恥ずかしがり屋なのだろうか。
そこは好奇心と冒険心をもって、ぜひとも訪問してほしい。
時計は魔物と違って、襲ってきたりはしないのだから。
そんなことを考えながら、帰り支度を進めていった。
「お世話になりました」
快く場所を提供してくれた受付嬢と、強面のギルドマスターに挨拶をして、冒険者ギルドを後にする。
帰り道は、箱が軽かった。
十個分の重さがなくなっただけなのに、足まで軽くなったような気がする。
空の箱なのに大事そうに抱えていたので、通りすがりの人からは、高価な品が入っていると思われたかもしれない。
が、何も入っていない。
満足感なら詰まっているが、それを盗むのは無理な話だ。
工房で報告し、家に帰ったら、家族にも当然報告をした。
嬉しくてお母様に何度も報告をしてしまった。
何回話しても、初めて聞いたように喜んでくれた。
何度目かの報告か忘れたところで、マルタ姉様から声がかかった。
「これ以上は時計の話はやめて~」
「では、スライムの話から始めましょう」
「時計のケースになるのだから同じよ~」
「なら、短めに今までの話をおさらいする感じで、最初から話しますね」
「それは何も変わってないじゃない~」
「時計は同じところをずっと回るものですよ」
「エルナの話には、止まるところがないの~」
時計なら、ゼンマイがほどければ止まる。
私は夕飯を食べたばかりなので、朝食までは大丈夫です。
◇◇◇
次に《銀の歯車》へ出勤すると、待ちに待ったあの素材が届けられた。
「これがアストラルスパイダーの銀糸よ。中身を確認して頂戴」
「エスメラルダさん! ありがとうございます。パーティのメンバーは全員無事ですか?」
エスメラルダさんは、私が一番親しくしている、女性だけの冒険者パーティ《月光の羅針盤》のリーダー。
フードから漏れる彼女の黒髪は、褐色の肌によく合っていた。
そして、砂漠の陽をたっぷりと閉じ込めたような肌は、細くしなやかな指先まで健康的な艶を帯びている。
思わず見惚れてしまうほど美しいです。
「ええ、無事よ。それに、この時計が役に立ったわ」
彼女はベルトに括りつけていた懐中時計に軽く触れた。
防水ケースには少し汚れがついていたが、時計はちゃんと時間を刻んでいる。
「どうしてもダンジョン内だと時間感覚がなくなるのだけど、これがあると、銀糸を採るのに夢中になりすぎず、野宿せずに帰れたわ」
「野宿するくらいたくさん採っていただいた方が、依頼主としてはありがたかったりしますよ」
依頼料金は変わらないので。
「なら、針が遅く進む時計を作るのはどうかしら?」
「あいにく、遅れる時計は先ほど直してしまいました。正確なものならございますが、おひとついかがですか?」
先ほど修理を終えた懐中時計を、台の上に置く。
「あら、いつの間にこんなに商魂逞しくなったのかしら?」
「冒険者の方々には、いろいろ学ばせていただきました」
「まったく、冒険者って碌な人がいないわね~」
エスメラルダさんは、やれやれと言いたげに首を振った。
長い黒髪が肩を滑って、瞳には呆れと少しの笑みが浮かんでいる。
「エスメラルダさんも冒険者ですよね?」
「そうよ。でも、私は例外よ」
「なんだか皆様、ご自分は例外だと思っていそうな気がしますね」
「だから、碌な人がいないの」
それには妙に説得力があって、つい頷いてしまった。
作業場を振り返ると、カレン先輩が口を押さえて笑っている。
「それはそうと、素材の確認もよろしくね」
「そうでした」
私はエスメラルダさんが置いた木箱に視線を落とした。
蓋を開けると、細い棒に丁寧に巻きつけられた、アストラルスパイダーの銀糸が収められている。
それは、夜空の星々の光を集めて、細く撚り合わせたような糸だった。
見る角度によっては、青色にも銀色にも見える。
まるで星屑が本当に、この糸の中に閉じ込められているようだった。
私は指先で、なぞるように糸に触れた。
想像よりも硬い質感と冷たさに、少し驚く。
見た目は髪の毛よりも細く儚いというのに、軽く引っ張っても簡単には伸びず、切れる心配もなさそうだった。
これは糸というよりも、細い金属に近い。
「とても綺麗です。ヒゲゼンマイの素材としても、期待できそうです」
「そう、よかったわ。また必要になったら、いつでも依頼してちょうだい」
「はい。ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
私が頭を下げると、エスメラルダさんは目を細めて微笑み、《銀の歯車》を出ていった。
パーティの皆様は全員無事で、時計に必要な素材も手に入れることができた。
今日はとてもよい一日だ。
◇◇◇
私の作業台は、両手を伸ばすと、ちょうど端から端まで届くくらいの大きさだ。
右手側には、よく使う道具たちが置いてある。
奥には、現在修理している時計の部品たちだ。
「さて」
私は作業台の中央に図面を広げた。
巻いていた紙の端が、くるりと丸まってくる。
片側を押さえる。
今度は反対側が、私に襲いかかってきた。
まだ何も作っていないというのに、すでに手が足りない。
そんな私を見かねたのか、カレン先輩が重りを二つ渡してくれた。
「ありがとうございます」
「ううん、頑張ってね!」
重りという首輪をつけられ、従順になった図面に目を向ける。
描かれているのは、もちろんテンプだ。
丸い輪っかのテン輪と、その内側に収まっている、渦巻き状のヒゲゼンマイ。
やっと材料は揃った。
図面だってある。
あとは作るだけだ。
言葉にすると、とても簡単そうに聞こえるが、ここからが本番だった。
料理でいうなら、食材と作り方が揃った段階だ。
その食材を活かせるかは、料理人次第。
つまり、私の腕にかかっていることになる。
料理のことを考えたら、少しお腹が空いてきた気がするが、今はそれどころではないので無視だ。
ただし、空腹を忘れていられるかは、私の集中力に依存する。
テン輪と、その中心を貫く軸――天真の製作には、ジョセフ工房長の力を借りた。
私の描いた図面をもとに、細かな金属加工を得意とする職人にお任せしたのだ。
外注するとなると、重要になるのは正確な寸法を図面に記すこと。
そうしないと、思わぬ部品が届くことがある。
リーゼ姉様ではないが、紙に記録を残すのは大切だ。
前世では、こうした部品の設計に、CADというツールが使われていた。
パソコンの画面で製図ができる、便利なものだ。
もっとも、私は修理が専門だったので、そういったツールは少し触った程度だった。
この図面も、もちろん紙と定規で起こした。
最初は、前世で見慣れた部品なのだから、描くのもそんなに苦労しないと思っていた。
ところが、ただ作ってほしい形を描くだけでは、職人には伝わらない。
直径はいくつなのか。
厚みや幅はどれくらいなのか。
工房長に尋ねられるたびに、図面は文字と図形でいっぱいになった。
形や役割は、もちろん知っている。
が、自分で寸法を決めて作ってもらうとなると、随分と考えることが多かった。
手の側面を鉛筆で真っ黒にしたのは、いつぶりだろうか。
何度も描き直した図面を見せると、ジョセフ工房長は頷いてくれた。
時計を作るときは、修理するときとは違う頭の使い方をする。
いつもよりふらふらになった私は糖分を欲していたが、伯爵からいただいた褒賞金はすでにない。
仕方がないので、ケーキとクッキーの絵を描いて気を晴らした。
イメージの力というのは凄いもので、余計に甘いものが欲しくなるだけだったが。
ともあれ、外注の完成した図面はすでに工房長に渡してあるので、その二つの部品は届くのを待つだけだ。
その間に、私はヒゲゼンマイを作ればいいのだった。




