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040_二つの影と、二組の木型

 真夜中。

 私はひとり、自分の部屋で、薪にする予定だった木をナイフで削っていた。

 短くなった蝋燭の火が揺れるたびに、壁に映る小さな私の影も頼りなく動く。


 手は器用だと思う。

 時計修理や裁縫は、私の数少ない得意分野だ。

 が、木を削る作業は、繊細さに加えて体力と腕力も必要だった。


 慣れない作業のためか、ミスも多く、集中力が切れかかっているのだ。


「……このままでは型が完成するより先に、薪がなくなってしまうかもしれません」


 薪のない冬は悲惨すぎる。

 家族が暖かく冬を越せるかどうかは、私の手にかかっているのだ。

 眠くなり始めた目をこすって、作業に集中する。


 もう一度、輪郭を確認しようと懐中時計に手を伸ばしたとき、部屋の扉が小さく鳴った。


「まだ起きていたのか」


 扉から顔を覗かせたのは、ゲオルク兄様だった。


「はい、起こしてしまいましたか?」


「廊下まで木を削る音が響いていたからな。鼠にしては、ずいぶんと勤勉だと思って見に来た」


 手には毛布が握られていた。

 それが鼠にかけるためのものではないことは明白だ。


「申し訳ございません……では、外で作業をします」


 優しさを無視するようで辛いが、どうしても作業は続けたかった。

 荷物を持って立ち上がる。

 けれど、扉の前からゲオルク兄様はどこうとしない。


「アホか……」


 頭をコツンと小突かれてしまう。


「むっ、痛いですよ……」


 私の恨めしげな視線を、ゲオルク兄様は軽く鼻を鳴らして無視する。


「どこの世界に、妹を外へ押し出す兄がいるんだ。いいから貸してみろ」


「……ですが、これは私の仕事です」


「別にお前の仕事を奪うつもりはない。大まかな形を作るだけだ。細かいところは自分で直せ」


 そう言うと、私からナイフと薪を取った。


「明日は早いのでは?」


 机の前に座ったゲオルク兄様に問いかける。


「忘れた……」


 嘘だ。ゲオルク兄様が馬の世話を忘れたことなんて、一度もない。


 そして、言葉を続ける。


「エルナは……いつも無理をするからな……危なっかしくて見ていられない」


「そうでしょうか? 普通だとは思いますが」


「俺のことも頼れ……」


「迷惑ではありませんか?」


「妹は兄に迷惑をかけるものだ。気にするな」


 お姉様たちもそうだが、お兄様もだ。

 揃って大変世話好きだった。

 家族のこととなると、放っておけないらしい……


「その言葉、姉様たちにも言われました」


「後から生まれた奴は得をするな」


「そうですね……ずいぶんと不公平な関係です」


「ふん……どうだろうな。俺はそうとは思わないがな」


 ぶっきらぼうにそう答えると、ゲオルク兄様は木を削り始めた。

 迷いのない動きだった。

 ボコボコだった表面が綺麗に整えられていく。


 私は急いで別の部屋から椅子を持ってきて、隣に座る。

 懐中時計と木片を見比べながら、削る位置と深さを伝えていく。


「この箇所は、これくらい削ればいいか?」


「はい。でも側面は厚くしたいので、外側はもう少し削って大丈夫です」


「文字盤側は薄く、側面は厚く、な……了解」


 文字盤側は時刻を確認しやすいように薄く、側面は衝撃を吸収できるように厚くする。

 ゲオルク兄様は私の意図を直ぐに汲んで、作業を進めていく。


「これでどうだ?」


「あと、竜頭の上に、鎖を通すための小さな耳を作りたいです」


 ケースを被せれば、時計本体についている輪は隠れてしまう。

 持ち歩くためには、ケース側にも鎖(チェーン)を通す場所が必要だった。


「そこまで考えていたか。抜け目がないな」


「褒められると嬉しいです。もっと褒めてください」


「あまり調子に乗るな……そういうのは売れてからだ」


「そうですね」


 ゲオルク兄様が大まかな形を削り、私が細かな寸法を整えていく。

 蝋燭の炎が揺れるたび、先ほどまで一つきりだった壁の影も、二つ並んで揺れた。

 真夜中の部屋には、木を削る音と、ときおり交わす私たちの声が静かに響く。


 そして完成したのは、上下二つに分かれた、小さな贈り物箱ほどの木型が二組だった。

 一組目は、ケース本体を作るためのものだ。

 上下の木型の間にスライムを挟み込むと、文字盤側と側面を覆うケースが出来上がる。


 裏側だけは丸く開いており、そこから懐中時計を出し入れする仕組みだ。

 完成したケース本体を横から見れば、断面はアルファベットの『C』に近い。

 上部には、鎖を通すための小さな耳も設けてある。


 二組目は、ケース本体の開口部を塞ぐ、円形の裏蓋を作るためのものだ。

 こちらの断面は、アルファベットの『I』に近い。

 ケース本体の縁には一周する溝があり、裏蓋の縁には、それと噛み合う出っ張りが作られる。


 本体へ懐中時計を入れたあと、裏蓋を押し込めば、スライムの弾力によって二つがしっかりと噛み合う。

 これなら、多少振り回した程度では、裏蓋が外れることもないはずだ。

 あとは、木型の内側に蜜蝋を塗っておく。


 こうすることで、実際に型押ししたときに、スライムが木肌にくっついてしまうことを防ぐことができる。


「それで、これを型に押し込めばいいんだな?」


 ゲオルク兄様が、スライム生地を指で突いていた。


「はい。窪みがあるほうにスライム生地を置いて、出っ張りがあるほうを上から押し潰せば大丈夫です」


「分かった」


 下側の型にスライム生地を敷いていく。

 このとき、型から少しあふれるくらい、たっぷりと置くのがポイントだ。

 少し勿体ないかもしれないが、綺麗なケースを作るためには仕方がない。


 ゲオルク兄様が体重をかけるように、上から押し込んでいく。

 圧縮されたスライムが、型の隙間に広がっていく。

 余った部分は、木型からむにゅりと押し出されていく。


 それを拭き取り、上下の型が隙間なく重なったことを確認する。


「裏蓋も同じような感じか?」


「はい、まったく同じ感じでお願いします」


 同じ作業を繰り返す。

 何かの衝撃で外れないように、二つの木型を麻の紐で結んでおく。

 これで、あとはしばらく放置をして、スライムの生地に形を覚えさせる。


「あとは、このまま乾燥させます。完全に乾かなくとも、自分の形を保てる程度になれば、型から取り出しても問題ないと思います」


「朝までかかるのか?」


「そうだと思います……」


「まさか、ここで見張るつもりではないだろうな」


「念のため、少しだけ様子を……そのあとに、暖炉の火で固める必要もありますし……」


 そこで、欠伸が漏れた。

 慌てて口元を押さえるが、遅かった。


「エルナ……お前はもう寝るんだ」


「まだまだ余裕です。私はショートスリーパーなので」


「訳の分からないことを言うな……何回目の欠伸だ」


「ですが……ちゃんと型が取れるか心配で……」


「ずっと見ていても意味はないだろ」


「そうですが……」


 心配なんです。

 そう口に出そうとして、また欠伸が出た。

 瞼も重くなってきて、どうにかこじ開けている状態だ。


「エルナは十分に頑張った。今日はもう休め。俺が見ているから」


「で……でも……」


「大丈夫だ」


 その声はとても穏やかだった。

 本当に水を防げるのか、型は崩れないのか。

 お姉様やお兄様にここまで手伝ってもらったのに、失敗したなんて言えない。


 見ていてもどうにもならないことは分かっている。

 不安だったのだ。

 だというのに、ゲオルク兄様の『大丈夫』という言葉を聞いた瞬間に、張り詰めていた糸が緩んでしまった。


「では……ほんの少しだけ……何かあったら直ぐに起こしてください……」


 少しだけ休むつもりで、机へ頬杖をつく。

 ゲオルク兄様が肩へ毛布を掛けてくれた。


「ああ」


「あり……がとう……ございま……す」


 私はそのまま瞼を閉じるのだった。


「……後から生まれた奴ばかりが、得をするわけじゃないな」


 ほんの少しだけ残っていた意識が、その言葉を拾った。

 微かに頭を撫でられる感触を最後に、私は深い眠りへと落ちていった。


この章での家族回は終了になります。

次回は時計を売る話になります。

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