039_スライム生地を作りましょう
「狩りの時間ですね」
雨が上がった翌日、私たち四姉妹は屋敷から少し離れた草原に来ていた。
まだ雨粒が残っている下草は、歩くたびに靴とスカートの裾を濡らす。
だからこそ、絶好のスライム狩り日和だった。
スライムの身体のほとんどは、水分でできている。
そのため乾燥を嫌い、雨上がりの草原によく出没するのだ。
軽く見渡しただけでも、数匹のスライムを確認できた。
「一匹捕まえたわよ~」
隣にいると思っていたマルタ姉様が、少し離れた場所で右手を振っていた。
左手に持った網の中には、スライムが入っていた。
「マルタ姉様って、変なところで機敏に動くわよね……それに、服が汚れるのは気にならないのかしら」
スカートを泥まみれにしてスライムを追い回すマルタ姉様を眺めながら、ハンナ姉様は少し呆れたように呟く。
仕立て屋で働いているハンナ姉様は、姉妹の中で一番おしゃれだった。
今日も落ち着いた葡萄色のワンピースに、生成り色の襟と袖口を合わせていた。
使われている布は決して高価ではない。
だが、身体に沿うよう丁寧に仕立て直され、胸元には小さな赤いリボンが付いている。
泥だらけになることもお構いなしに草原を転がるマルタ姉様を見て、顔をしかめるのも無理はない。
「ハンナ姉様には、絶対にあんな真似できないでしょ?」
リーゼ姉様が、いたずらっぽい笑みを向けていた。
「できないんじゃなくて、やらないのよ……まったく……さっさと終わらせるわよ!」
ハンナ姉様はスカートの裾をたくし上げると、スライムを目がけて駆け出した。
その姿を合図に、私とリーゼ姉様もあとを追う。
もっとも、その後に派手に転んだのは、服の汚れを気にしていたハンナ姉様だった。
悲鳴が草原中に響き渡り、ワンピースにも盛大な泥染みができたものの、私たちはどうにか必要な数のスライムを確保することができた。
◇◇◇
「次は、スライムの粘液を洗い流します」
以前、リーゼ姉様と水浴びをした小川に私たちはやってきた。
捕まえたスライムは、草原で核を取り除いたため、すでに動かなくなっている。
「さすがにこの時期になると、冷たいわね……」
どうにか機嫌を持ち直したハンナ姉様が、そう言った。
相変わらず、服にも髪にも盛大に泥がついているが……
「スライムのべたべたって、水で流せば落ちるのね~ 初めて知ったわ~」
実は私も、リーゼ姉様に教わるまで知らなかった。
「スライムの表面を覆っているべたべたは、乾燥を防ぐための粘液なのよ。核を取り除けばもう分泌されないから、根気よく洗えば落ちるわよ」
リーゼ姉様がさらりと答える。
前世でいうと、保湿ジェル、もしくはナメクジの粘液に近いイメージなのだろう。
もしかしたら、スライムに塩をかけると、しぼんでしまうのかもしれない。
ちょっとだけ実験してみたくなったが、貴重な塩を無駄にするのは良くないと思い、忘れることにした。
「どうしてそんなに詳しいのかしら~ スライムマスターね~」
リーゼ姉様がスライムマスターだとしたら、マルタ姉様はスライムハンターだろう。
一番多くのスライムを捕まえたのは、マルタ姉様だ。
それに、核の取り除き方も実に鮮やかだった。
「マルタ姉様……屋根の雨漏りに使ったスライムは、誰が洗い流しているかご存じですか?」
「分からないわ~ 私じゃないことは確かね~」
「エルナ、つまりはそういうことよ」
「……ご愁傷様です」
リーゼ姉様の声には、積年の苦労が滲んでいた。
つまりは知識ではなく、被害者としての経験だったのだ……
私たちは冷たい水へ手を伸ばし、スライムの粘液を洗い流していく。
手を少し浸しているだけで、指先の感覚がなくなっていく。
正直、とてもつらい。
前世なら、お湯を使えば済んだ話だ。
当然ながら、この世界に給湯器はない。
お湯を沸かすには、基本的に魔石を使うか、薪を燃やす必要がある。
しかし、スライムを洗えるほど大量のお湯を沸かすために、貴重な魔石を使うことはできない。
かといって、スライムを洗うために、わざわざ薪で湯を沸かすのも惜しい。
姉妹会議の結果、私たちは黙々と冷水に手を突っ込む道を選んだ。
よく言えば節約精神だが、要するに姉妹そろって貧乏性なのだ。
何度も繰り返し洗っていくと、指にまとわりついていたねばねばとした感触がなくなっていく。
そして最後には、大福のように柔らかく、触れても手に張り付かない半透明の塊になった。
私たちの手は冷たさで真っ赤になったが、姉様たちと一緒に作業をするのは、すごく楽しかった。
◇◇◇
「最後は脱水です」
冷え切った手を暖炉の前で温めてから、私たちは再び屋敷の庭へ出た。
これが、スライムの生地を作るための最後の下準備だった。
「誰も着たがらなかった、お父様のお古を持ってきたわよ」
声のした方へ振り返る。
先ほどまで泥まみれだったとは思えないほど髪を整え、綺麗な服に着替えたハンナ姉様が、大きな麻のシャツを持っていた。
我が家では、お古の服であっても有効活用するのが決まりである。
服の場合は、基本的に誰かがお下がりとして着ることになるのだが、お父様の服に関してはルートが違う。
誰の手も経由せずに、雑巾となる運命だった。
私たちは歴史的な瞬間に立ち会っている。
お父様のお古の服が初めて、雑巾以外の使われ方をしようとしているのだ。
これは奇跡に近いことだった。
「こんなものを、一体何に使うつもりかしら~」
嫌悪感を隠そうともせずに、マルタ姉様が聞いてくる。
「スライムを脱水するための布として使います」
「なんだ。それなら、雑巾と扱いは大して変わらないわね」
リーゼ姉様が、身も蓋もないことを言う。
「お父様の服は、こうなる運命なのよ……」
私たちは麻のシャツを囲み、運命とは残酷なものだと悟った。
水洗いしたばかりのスライムは、まだたっぷりと水分を含んでいる。
このままでは、防水ケースの素材には使えない。
時計を守るどころか、内部に湿気を閉じ込めて壊してしまう危険すらある。
けれどスライムの生地は、余分な水分を抜くと、ゴムのような弾力を残したまま固まる。
「ハンナ姉様。そのシャツを広げてもらってもいいでしょうか?」
「分かったわ……リーゼ、シャツの肩側を持ってくれない? 私は裾側を持つから」
私はそのシャツの上に、スライムを乗せた。
「では、そのままスライムを包んで、絞ってもらってもいいでしょうか?」
二人は頷くと、それぞれが持ったシャツの端を、雑巾を絞る要領で反対方向へねじった。
ぎゅう、と布が締まり、染み出した水がぽたぽたと地面へ落ちていく。
途中で姉様たちと役目を交代しながら、何度も同じ作業を繰り返す。
水分が抜けるにつれ、スライムは次第に流動性を失い、餅のような弾力のある塊へと変わっていく。
これなら型に押し込んでも、形が崩れることはないだろう。
あとは懐中時計を覆える形に整え、それが定着するまで乾燥させればいい。
そのためには、専用の型が必要になるが……
今日の作業はここまでにしよう。
私一人なら、いくらでも無理をすることはできるが、姉様たちにまでこれ以上付き合わせるわけにはいかなかった。
私は庭の木陰に座って休んでいる姉様たちに頭を下げた。
「ありがとうございました。あとの作業は私一人でもできると思います」
「本当かしらね〜 でも、まあ……困ったことがあったら、またいつでも頼りなさいね。妹は姉に迷惑をかけるものよ〜」
マルタ姉様はそう言って胸を張った。
もっとも、その両腕は疲労のためかぷるぷると震えているけれど……
「私の記憶では、姉が妹に迷惑をかけた回数のほうが多いけれど……主に、特定の姉がね」
リーゼ姉様が、マルタ姉様をじろりと見やる。
「まあ、ハンナったら。いったい何をやらかしたのかしら〜?」
「なんで私なのよ! どう考えてもマルタ姉様のことでしょ!」
「ん〜でも、迷惑をかけた覚えなんてないわ〜 それに、迷惑をかけられた覚えもないのよね〜」
「それはただ、何も覚えていないだけでは?」
私が指摘すると、マルタ姉様は小さく首を振った。
「違うわよ〜 家族に頼られたことは、迷惑だなんて思わないもの〜」
いつも適当なマルタ姉様は、ときどきこんなことをさらりと言う。
少しだけ、ずるいと思う。
「もう、マルタ姉様ったら……いいことを言っても、今まで私たちにかけた迷惑が帳消しになるわけじゃないわよ!」
そう言ったリーゼ姉様の頬は、少しだけ緩んでいた。
「あら〜 そこは忘れてくれないのね〜」
「マルタ姉様と違って、私たちはちゃんと覚えているもの」
ハンナ姉様の一言に、私たちは顔を見合わせて笑った。




