038_姉妹会議
「では、四姉妹会議を始めます」
開催場所は、バルシュミット家の食堂。
出席率は、ありがたいことに百パーセントだった。
隙間風が私たちのあいだを吹き抜け、窓を叩く雨音が響いている。
そろそろ暖炉を掃除して、冬に備える必要がありそうだ。
凍えるほどではないが、私は両腕をさすって、ささやかな暖を取った。
テーブルに並んでいるのは、紅茶ではなく白湯の入ったティーカップ。
当然ながら、お菓子もない。
ホストの気が利かないわけではない。
健康面への配慮と、主に経済的な事情を勘案した結果、このような形に落ち着いた。
悲しいことに、これが私にできる最大限のおもてなしだった。
……申し訳ないとは思っています。
もっとも、私の懐事情など、性格以上に姉様方はよく知っている。
誰一人、文句を言わない。
それはそれで、少し悲しかったが……
マルタ姉様が、細く長い指をそろえ、ゆっくりと手を挙げる。
「この会議の議題は何かしら〜」
間延びした口調だ。
いつもと同じく、開いているのか少し不安になる目を、私に向けていた。
「エルナの時計が一つも売れなかったそうよ」
私が答えるよりも早く、リーゼ姉様が言った。
事実なので、反論はしない。
ただ、なぜ『一つも』をそこまで強調したのだろう。
私の胸の奥で、聞いてはいけない音がした。
時計職人として断言しよう。
これは、すぐに修理はできません。
「…………まあ!」
なぜ、少し声が弾んでいるのでしょうか、マルタ姉様。
しかも、開眼しているではありませんか。
何か良いことでもあったのでしょうか。
少なくとも、妹にはありません。
「ちょっと、エルナが可哀想よ! いくら一つも売れなかったからって……笑うことないじゃない!」
ハンナ姉様……誰も笑ってなんていませんよ。
どなたが笑っていたのでしょうか?
私、とっても気になります。
「…………そうね……でも、一つも売れなかったなんて本当に可哀想だわ~」
「もう分かりました! 時計を一つも売れず、紅茶すら用意できない不出来な妹で申し訳ございません!」
私がやぶれかぶれに言い放つと、姉様方は顔を見合わせた。
一瞬の沈黙のあと、三人そろって吹き出す。
「ごめんね、エルナ……私たち、ちょっと嬉しくて……」
ハンナ姉様が、笑みを作って言った。
「エルナったら、しっかり者だから、滅多に失敗しないでしょ~? だから、からかいがいが……こほん。全然お姉ちゃんらしいことをさせてくれなくて、寂しかったのよ~」
マルタ姉様がそう言うと、リーゼ姉様が続ける。
「それに、困ったときに私たちを頼ってくれたのが嬉しいのよ。エルナは私たちにとって、大切な妹なんだから!」
「……」
大切な妹……
その言葉が、先ほど抉られた胸の奥へ、今度はむず痒いほど優しく染み込んでくる。
私は白湯の入ったカップを両手で包み込んだ。
それはどこにでもある水を、ただ温めただけのものだ。
けれど……温かい。
カップを覗くと、自分の顔が映っていた。
頬の緩んだ、だらしのない顔。
恥ずかしくて、ちょっと姉様方には見せられない。
「……私は会議を開いただけです。頼ったつもりはありません」
強がっても、意味はない。
どうせすぐにバレてしまうのだから。
「もう! 頼ったとか、頼ってないとかは関係ないわよ! 私たちに話そうとした時点で、もう逃げられないわよ! 嫌がったとしても、全力でお節介するわよ!」
「ハンナ姉様の言う通りよ。役に立つのかどうか分からないけどね」
「リーゼったら、なんで私を見るのかしら~ 私だってやるときはやるのよ!」
「マルタ姉様の本気の姿、見てみたいです!」
「いいわよ、エルナ~ でも高いわよ~」
「って、有料なの!」
リーゼ姉様のツッコミで、姉様方が笑った。
今度は私も一緒にだ。
――ありがとうございます。
私は心の中で、そう姉様方に感謝をする。
「では、姉様方の力を借りたいと思います」
照れ隠し気味にそう告げて、私は一つの懐中時計をテーブルに置いた。
「この懐中時計を売る方法を考えて欲しいんです」
私は《銀の歯車》のお客様の特徴や、カレン先輩から聞いたことなどを話した。
「その話を聞く限り、《銀の歯車》のお客さんだと売れないわね」
竹を割ったような性格のハンナ姉様は、そう言い切った。
「やはりそうですか……」
「良くも悪くも中古だからね……それでも欲しいって人を見つける必要があるわ」
「でも、ハンナ。王都には時計塔があるのよ~ 欲しい相手を見つけるのは苦労しそうよ」
マルタ姉様の指摘に私は頷いた。
「ですので、王都に住んでいる方のほとんどは、懐中時計を必要としていません」
「なら、時計塔が見えない場所にいる人に売ればいいじゃない?」
「リーゼ、それは難しいわよ。王都で一番高い建物が時計塔よ。それに、見えなくとも鐘の音でわかるわ」
「そうなると、王都に住んでいる人に売るのは無理なんじゃない? 王都にいて、時計塔の鐘が聞こえない場所なんてあるのかしら?」
「屋内にいたら、聞こえないとかはありそうね~」
マルタ姉様に続くように、ハンナ姉様が言った。
「もしくは、王都の外に行く人とかも候補に入りそうね……」
時計塔の音が聞こえない場所。
王都と外を行き来する商人。旅人。そして――
「冒険者……」
私はポツンと呟いた。
「エルナ、それよ! 迷宮の中なら、時計塔の鐘も聞こえないわよ! それに、冒険者ギルドは王都にあるわよね、ピッタリじゃないの!」
ハンナ姉様が身を乗り出してきた。
たしかに、迷宮の中では鐘も聞こえず、日の位置からある程度の時刻を把握することもできない。
仲間との合流時刻や、松明が燃え尽きるまでの時間などを知ることができれば、懐中時計は単なる装飾品ではなくなる。
命を守る道具となるはずだ。
それに、時刻がすぐに分かるオープンフェイスは、ハンターケースよりも需要がありそうだ。
「冒険者が扱うとなると、頑丈な時計の方がいいわね~」
「そうね……冒険者は傘を差さないし、落としたりするわね……その懐中時計って水とか衝撃に強かったりしないわよね?」
「残念ですが、リーゼ姉様。懐中時計は精密機器です。どちらも天敵ですね……」
しばらく沈黙が続く。
冒険者を売る相手に選ぶのは悪くないはずだ。
そうなってくると、あとはジーク先輩が言っていた付加価値をうまくつけられるかが問題だった。
ダメだ……何も思いつかない。
私は視線を上に向けた。
――ポツリ。
鼻先に、水滴を感じた。
外を見ると、雨足が強まっていた。
「雨漏りですね」
私はバケツを取りに部屋を出て行こうとした。
が、それをマルタ姉様に止められる。
「大丈夫よ、エルナ。これを使えば応急処置になるよ~」
マルタ姉様は、どこからか小さな瓶を取り出した。
「何でしょうか、それは?」
「スライムよ~ 核は取ってあるから、もう動けないわ。安心してちょうだいね~」
蓋を開け、逆さにする。
マルタ姉様の片手にちょこんと乗った半透明のスライムが、ぷるんと揺れた。
――そして
「え~い!」
マルタ姉様は、雨が滴る天井に向かって、そのスライムを投げた。
お見事です。
粘着性のあるスライムは天井にくっつき、水を防いでいた。
「もう、マルタ姉様ったら横着して……そうやってすぐに手を抜こうとするんだから」
ハンナ姉様は、やれやれといった感じだ。
「だって~ 我が家に雨漏りが多すぎるのがいけないと思うわ~ これなら簡単だと思ったのよ~」
天井を見る。
そして、テーブルの上の懐中時計を見た。
もしかして……これは使えるかもしれない!
スライムの身体は水を通しにくい。
天井の蓋になって水を防いでいることや、水面を滑るように移動することからも分かる。
それに弾力性もあり、好きな形にすることも簡単なはず。
スライムで、懐中時計を覆う。
そして、乾燥させて固める。
そうすれば、防水性があり、衝撃からも守るケースになるのではないだろうか。
もしこれが実現できれば、冒険者が欲しがる付加価値になるはずだ。
「マルタ姉様!」
私は思わず、マルタ姉様へ向かって駆け出した。
「きゃあ! 何よ、急に抱きついてきたりして~」
「マルタ姉様は天才です!」
「~ん? そうかしら?」
「はい! スライムを使えば――冒険者の命を守る懐中時計が作れます!」




