033_私が好きな時計
「あれ……?」
「どうしたんだい?」
「見てください、ジーク先輩。この時計……中の部品がどうにも揃っていません」
歯車は真鍮製だが、色味や表面の仕上がりが微妙に違っている。
同じ時計のために作られた部品なら、ここまでばらつくのは少し不自然だった。
「本当だ、ちぐはぐだね」
他の二つの時計もそうなのだろうか。
気になって、続けて分解をする。
そして分かったことは。
「……この時計たちは使える部品を寄せ集めて、動いていますね」
この世界において、時計は高価だ。
だから、壊れた時計からまだ使える部品を取り出し、加工して別の時計の修理に使うこと自体は珍しくない。
問題は、部品の選び方だった。
もっと寸法の近い部品を選べば、ここまで手を加える必要はなかったはずだ。
けれど、時計では歯車の軸を削り、部品を固定する受け板にまで手を加えている。
どうにかもとの機構へ収まるように調整している。
しかも一度では合わなかったらしい。
削って、組んで、また削った。
そんな痕跡がいくつも、この三つの時計にはあった。
つまり。
「この三つの時計は同じ人によって修理されています。そしてその人は時計についての知識はある……けれど未熟です」
「未熟か……」
ジーク先輩が、ポツリと呟く。
その目はどこか遠くを見ているようだった。
「はい」
「でも、有り合わせの部品を使っているからといって、それだけで未熟だとは言えないんじゃないかな。どこの工房にだって、使える部品が潤沢に揃っているわけじゃないからね……」
その言い分は正しい。
もちろん、私がそう考えた根拠は他にもある。
ただ、ジーク先輩の反論には、少しだけ違和感があった。
その理屈なら、この三つの時計を同じ人物が直したという所にも疑問を持ちそうだ。
そこについては異論はないらしい。
「もちろん、理由はそれだけではありません」
三つの時計から、同じ場所に使われていたネジを一本ずつ外す。
それを作業台の上に並べ、ルーペを近づける。
拡大されたネジの頭が見える。
そこには一本線の溝。
マイナスネジだ。
マイナスネジはプラスネジとは異なり溝が単純である。
そのため、ドライバーが横にずれやすく、回すのには多少の慣れが必要だ。
特に時計の部品となるネジは小さい。
極小の溝に合うように、精密ドライバーの刃と溝の大きさを合わせることにはとても気を遣うのだ。
「見てください、ジーク先輩。三本とも、同じところに同じような傷がついています」
もちろん、傷ひとつで腕前を決めつけるつもりはない。
けれど、三つとも同じような痕跡が残っているとなれば、偶然とは考えにくかった。
「……」
「おそらく同じドライバーを使っていますね。ネジに対してサイズが合っていなかったのか、あるいは刃先に小さな欠けがあったのでしょう……」
それとも。
「使い手の手には、少し大きすぎる工具だったのかもしれないな」
私が口にしようとしていた言葉を、ジーク先輩が先に言った。
「……そうですね」
「悪いけど、ジーク。私もこの時計を査定したとき、エルナちゃんと同じことを思ったわよ」
カレン先輩が、三本のネジを覗き込みながら言う。
「この時計を修理したのは同一人物。そして、工具の扱いに慣れていないって……傷が多くて時計としてはあまり値段をつけられなかったの。それと、あまり言いたくはないけれど……査定額のほとんどは、中に使われている魔石の価値ね」
「持ち込んだお客様は、提示した金額について何か言っていませんでしたか?」
「全然。三人とも、文句ひとつ言わなかったわ。落ち込んでいる様子もなかったし」
「……そうですか」
少し意外だった。
時計を売りに来たのなら、査定額が低ければ多少なりとも残念がりそうなものだけれど。
手放すこと自体が目的だった?
いや、それならわざわざ買取に持ってくる理由が分からない。
手元に置いておきたくないだけなら、誰かに譲るなり、廃棄するなり、もっと簡単な方法はいくらでもあるはずだ。
となると。
最初から、高い値段がつくとは思っていなかった?
それとも、あの査定額でも十分だと思える理由があったのだろうか。
でも、どうして?
修理ではなく、わざわざ買取を選んでいる。
思い出の時計を仕方なく手放した、という線でもなさそうだ。
そのとき、隣から小さなため息が聞こえた。
ジーク先輩だ。
肩を落とし、困ったように眉を下げている。
「もういいよ。分かったから……僕の考えすぎだった。この時計を直した人――もしくは作った人は、まだ経験が浅い。とにかく、そういうことだろ?」
なぜか少し不機嫌そうだ。
「はい……そういうことになります。ただ」
作業台に並べた、三つの時計へ視線を落とす。
「時計が大好きということは伝わってきます」
伏し目がちだったジーク先輩が前を向いた。
「傷のついたネジを見れば分かります。何度も組み直されているんです」
きっと、一度や二度ではない。
うまく動かなくて、分解して。
調整して、また組み立てて。
それでも駄目で、もう一度やり直した。
「何度も失敗したんだと思います。それでも、この人は諦めなかった」
三つの時計を見つめる。
「こんなこと、時計が好きじゃなければできません」
「……」
「ジョセフ工房長が、私が初めてここに来た日に仰っていました。『時計が好きなやつは、自ずと職人としての技術も上がる。その逆はなかなかないからな』って」
今なら、その言葉の意味がよく分かる。
「だから、今はまだ経験が浅くても、それは大した問題ではありません。きっといつか、立派な時計職人になります」
「どうして、そこまで言い切れるんだい?」
「だって、この人はもう一番大切なものを持っていますから」
「……時計が大好きなことかい?」
「はい」
私は作業台の上に並ぶ三つの時計へ視線を落とした。
「だから、この時計たちはちゃんと動いていたんです。そうですよね、カレン先輩?」
「もちろんよ、エルナちゃん! 三つとも、ちゃんと針を動かしてたわ」
親指を立てて、カレン先輩が得意げに笑う。
「ですので、時計を分解した私の最終的な結論は――」
ジーク先輩を真っ直ぐに見つめる。
「三つとも、時計が大好きな人が、丹精を込めて修理した時計たちだということです。それと、これは私の好みですが……私は、こういう一生懸命作られた時計が大好きです」
数秒の沈黙。
そして、ジーク先輩が小さく吹き出した。
「あはは……エルナ、君って面白いね。分解しただけで、そこまで思うんだ。君が一番の時計好きだと思うよ」
アル兄様もそうだが、私が時計の話をすると、大抵こうして笑われる。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
別に、普通に思ったことを言っただけなのに……
ジーク先輩は先ほどまで、少し不機嫌だった。
けれど今は、自分が褒められたように嬉しそうにしていた。




