030_雨上がりの王都
「ふぅー、やっと終わりました」
腕を上げ、ぐっと伸びをする。
見上げると、青空が広がっていた。
王都に来るときは土砂降りだったのに、試験を受けている間に、空の機嫌はすっかり良くなったようだ。
振り返り、今しがた出てきた建物を見る。
石造りで重厚感のある建物だ。
大きなガラス窓が等間隔に並んでおり、上部にはここが時計職人の組合会館であることを示す大時計がはめ込まれている。
王都で時計職人になるためには、この組合に登録しなければならない。
もちろん、登録をするだけで時計職人になれる訳ではない。
一定の技能と知識を証明することで時計職人になれるのだ。
つまり試験に合格しないとダメということ。
正直、前世の知識がある私にとっては試験なんて余裕だと思っていた。
でも、カレン先輩から貰った教本の試験問題を見て考えを改めた。
第一問――『王都中央時計塔が建設された年と当時の国王陛下の名前を答えよ』
私の解答――聖歴456年。国王陛下は……
模範解答――聖歴456年、ヘーゲル・フォン・ハイゼルン陛下。
まるで歴史のテストだ。
第二問――『依頼主が修理代金を支払わない場合の対処方法を答えよ』
私の解答――時計を返さない。
模範解答――組合を通じて正式な支払請求を行う。
では時計は返して良いのだろうか?
私の答えの方が、短くて効果的だと思う。
第三問――『十歳の子供が時計を売りに来た、この場合は買取は可能かどうか』
私の解答――可能。
模範解答――不可。規則で禁じられているのは十歳未満ではなく、十歳以下の子供からの買い取りである。
教習所で出題されそうな、典型的な引っかけ問題だ。
このように、時計職人と関係がありそうでなさそうな、前世の知識もまるで役に立たない問題ばかりだった。
となれば、必死に勉強するしかない。
その甲斐あって、筆記試験にそれなりに手応えはあった。
歴代国王陛下の名前はかなり怪しいけど……前世から歴史は一番の不得意科目だ。
とにもかくにも、試験は終わった。
「午後の出勤までには少し時間もありますし、お昼ご飯だけでも済ませましょうか」
以前は一人で歩くだけでも緊張した王都だが、今では裏道や安い店まで覚えている。
大通りに出ると、馬車や竜車が忙しく行き交っていた。
バルシュミット領ではほとんど見ることのない、エルフにドワーフ、それにオーガといった種族まで、当たり前のように歩いている。
「おう、エルナちゃん! 今週も金欠かい?」
青果店のおじいちゃんに話しかけられる。
特売でもやっているのか、店先には大量の林檎が並んでいた。
「残念なことに、給料日以外は金欠です」
もっとも給料日でも数時間後には金欠になりますが。
「そうかい……またお姉さんたちにお土産を買うときは贔屓にしてくれよな!」
「そうですね……前みたくオマケを沢山してくれたら考えます」
おじいちゃんは引きつった笑いを浮かべながらも、林檎を一つ放り投げてきた。
焦りながらもどうにか両手でキャッチする。
「ちゃんと噛んで食べろよ!」
「はい! ありがとうございます!」
私はお辞儀をする。
貴重な食糧だ、大事に食べなくては。
更に歩みを進める。
「あら、エルナちゃん。珍しく後ろ髪が跳ねてないわね」
今度はローブを着た魔術師の女性に話しかけられた。
「今日はマルタ姉様にセットをしてもらったので」
「仲良しの姉妹っていいわね。私のところは喧嘩ばっかりだったわよ」
「喧嘩するほど仲が良いと言いますよ」
「そうかしら……また、冒険者ギルドで仕事の依頼を出すときはよろしくね」
「もちろんです。でも、お金が全くないので、依頼料が低くてもよいでしょうか?」
「一日エルナちゃんを好きにして良いって言うなら考えるわ」
「……一時間でいいなら考えます」
「もう冗談よ!」
そう言って、魔術師のお姉さんは微笑みを浮かべて去っていった。
私を一日好きにして何をさせたいのか、少し興味はあった。
どうせろくなことではないと思うけど。
魔術師のお姉さんを見送り、再び大通りを歩き出す。
しばらくすると、風に乗って甘い香りが漂ってきた。
焼き立ての菓子と、溶かした砂糖の香りだ。
「ここはいつ通っても、いい匂いがしますね……」
王都で評判のお菓子屋『蜂蜜の庭』。
匂いにつられてついつい足がこっちに向かってしまうが、それは罠だ。
ケーキやクッキーには罪はない。
罪があるとしたらそれは資本主義、いや貨幣経済そのものかもしれない。
甘くて美味しいものは高い。
誰がそんな酷い制度を作ったのか。
甘いものを食べればこの世の中から争いは無くなるというのに、どうして人類はそんな簡単なことから目を背けるのか。
今すぐ甘いモノは無料にすべきだ。
そして私にお腹いっぱい食べさせて欲しい。
「次の給料日こそ絶対に食べてやる」
店の窓に映った私は、目を爛々と輝かせ、だらしなく涎まで垂らしていた。




