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029_re-pair

 数か月後。


「……おかしなところは、ございません?」


 全くこれで何度目の確認だろうか。

 私たちがいるのは宮殿の一室。

 ドレッサーを前に腰かけるティアは先ほどから落ち着かない。


 何度も鏡で髪の具合を確認して、メイクのやり直しをメイドに命令していた。

 このティアのはしゃぎようからも分かる通り、キーエルト殿下の手術は成功したのだった。

 病巣は取り除かれ、ほかの場所への転移もみとめられなかったと聞いている。


「ありません。きっと、殿下も喜ばれますよ」


 今日は、その殿下と約束した再会の日。

 ただし、この部屋から出られればの話である。


「……やっぱり、この髪型ではダメですわ!」


 ティアが鏡に向き直る。


「ここの髪を右に流してくださいます?」


「かしこまりました」


 メイドさんが動く。

 私はもうメイド服は着ていない。

 あんな服を着るのはもう二度とごめんだった。


 可愛いとは思うが、見るだけで十分だ。

 やはり私にはいつものワンピースが一番しっくりくる。


「やっぱり左に」


「かしこまりました」


「やっぱりもう少し右でお願いいたしますわ」


「……かしこまりました」


 戻った。

 私には出発地点に戻ったように見えた。

 それが先ほどの地点だったらまだマシだ。


 私の感覚が正しければ、一時間程前に戻ったのだ。


「ティア……流石にもうよいのでは? この調子では明日になってしまいますよ」


「……なら、髪型はもういいですわ!」


 全部もう良いのでは?

 という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。


「全部もう良いのでは?」


 飲み込めませんでした。

 吐き出しました。

 メイドさん達が小さく頷いたように見えたのは、目の錯覚ではないはずだ。


「そうかしら?」


 立ち上がり、姿見でドレスを確かめるティア。

 一瞬立ち上がって期待させるとは、なかなかの高等テクニックだ。

 私もメイドさん達も、膝がカクッとなってしまった。


「……そうですよ」


 もちろんのことだが、ドレスにだって気合が入っている。

 ティアが纏っているのは、目が痛くなるほどの純白のドレスだ。

 胸元には真珠のネックレス。


 肘まである純白の長手袋。

 流石にベールまではしていないが、頭には白い宝石がはめ込まれたティアラがのっていた。


「でもこのティアラ少し地味ですわね……」


 ティアラに『地味』という形容が使われるのを、初めて聞きました。

 きっとティアラも驚いていると思いますよ。


「別のをもってきてくださる?」


「かしこまりました」


 この部屋に来て、数百回は「かしこまりました」と聞いた気がした。


「うーん、数が多くて迷ってしまいますわね? エルナはどれがいいと思います?」


「これ何か違いはあるんですか?」


「色が違いますわ」


「全部同じ白に見えるのですが」


「あら、ご存知ないんですの? 白って三百色あるんですのよ」


 前世で聞いたことがあるセリフよりも百色多かった。

 今日ほど、十色くらいで妥協してほしかったと思った日はない。

 もう、めんどくさいので適当に指をさした。


「そちらですのね……悪くないですわ!」


 喜んでいただけて何よりです……


「ティア……もう十分に可愛いと思いますよ……そろそろ――」


 私が最後まで言う前に、ティアが言葉を遮ってくる。


「今まででいちばん可愛い姿を見せると約束をしたんですのよ……いや、やっぱりこれではダメですわ!」


「もう、勘弁してください!」


「どっちのネックレスが綺麗です?」


「どっちも綺麗です!」


 試着室で待つ、男性の気持ちが分かった気がする。

 あの虚ろな目には、理由があったのだ。

 これには並外れた忍耐力が必要だったのですね。


 怒りを抑え込み、ただただ無心になるという。


「そうかしら?」


「そうです!」


「そうですか……エルナもドレス着てみたくありません?」


「いえ、眺めているだけでお腹いっぱいです」


 即答だ。

 私が着たら、まず袖に機械油をつける。

 作業の邪魔なので、長手袋は外す。


 裾を踏むので、適当な長さまでたくし上げる。

 仕立て屋もドレスも、泣く結果になることは目に見えていた。

 それにティアの姿を見て、少し結婚式に憧れるかと思ったが。


 今のところ、身支度で力尽きそうだという感想しかない。

 美味しい料理をたくさん食べることができるのには、魅力を感じるけど。


「そうなの? まぁいいですわ……やっぱり髪型が変かしら?」


 メイドさん達の手が止まった。

 私は心臓が止まりかけた。

 助けて。


 そんな声がこの部屋の中に充満している。

 私は脳に酸素を送り込むため、深呼吸をした。


「ティア。このままでは、世界で一番可愛い姿をいちばん長く見るのが、私とメイドさん達になってしまいます!」


「――それはいけませんわね!」


 チャンスだ、このビッグウェーブに乗るしかない。

 ここで決めなければ、無限ループから一生抜け出すことはできない。

 そう思ったのは私だけではないみたいだった。


 控えていた十名以上のメイドさん達が次々と言葉を発する。


「そうですよ、お嬢様! 最高に可愛いです!」「直視できません!」「眩し過ぎます!」「ああ、こんな可愛いお嬢様を見ることができるなんて、キーエルト殿下が羨ましいです!」「世界で一番です!」…………


 思いは一つ――『さっさと行け!』だった。


「そこまで言われると納得するしかないですわね……じゃあ、行きますわよ、エルナ! キールがお待ちですわ!」


 その台詞を待ってました!

 歓声が上がった。

 中には嬉しすぎて、泣き出しているメイドまでいる。

 何だか私も泣いてしまいそうだった……


 この後に殿下との再会が待っているというのに、その前段で涙を流すとは。

 もしかしたら涙の種類も三百くらいあるのではないだろうか。


◇◇◇


「殿下、それでは包帯を取りますよ」


「ああ、頼む」


 殿下の私室には、西に傾いた日が差し込んでいた。

 ティアと殿下は向かい合って座っている。

 白衣を着た男性が、殿下の目元に巻かれた包帯をゆっくりと解いていく。


 私は少し離れた場所で二人を見守っていた。

 ティアはその様子を固唾を飲んで見守っている。

 背筋はこれでもかというほどに伸び、膝の上で重ねた両手には力が入り過ぎている。


 緊張で顔が強張っていますよ、ティア。

 気持ちは分からないわけではないが、あんなに身支度に時間をかけたのだ。

 折角なら、殿下には世界で一番綺麗な姿だけでなく、世界で一番綺麗な笑顔を見せて欲しいと思う。


「では、開けてみてください」


 最後の包帯が外された。

 キーエルト殿下がゆっくりと瞼をひらく。

 眩しそうに何度かまばたきを繰り返す。


「なんだか霞んでいるな」


 ティアが肩をびくりと震わせる。


「キール、大丈夫ですの!」


「落ち着いてください、ユースティア様。長く目を閉じていましたから、慣れるまでには少し時間がかかります」


 医者が淡々と説明する。


「そうなんですの?」


「はい。焦点が合えばだんだんと見えてくるはずです」


「つまり……?」


「魔導義眼の定着も問題なしということです」


 ティアは大きく息を吐く。


「もう、キール! 驚かさないでください! 心臓に悪いですわ!」


「これは私が悪いのか?」


 間が悪かったのでしょう……殿下。


「どうですの、キール? 見えてきました?」


 ティアが殿下に近づく。


「……ティア」


 殿下の目がティアをとらえた。


「はい! そうです、殿下のティアですわ!」


 殿下の瞳は揺れている。


 伸ばした手がティアの顔をそっと撫でる。


「もう、くすぐったいですわ……キール」


「本当にティアなのか?」


「はい、私ですわ」


「綺麗だ……」


 ほう、流石は殿下。

 ティアが一番喜びそうなことをピンポイントで言いましたね。

 王子様だけあって、口説くのは得意なのでしょう。


「――」


 ティアの顔が一瞬で真っ赤に染まる。

 良かったですね、ティア。

 褒めてもらえて……私もメイドさん達も心の底から喜んでますよ。


 二度と身支度は手伝いたくはありませんけど。


「も、もう何をおっしゃっていますの!」


「本当に綺麗だ……」


「ちゃんと見えていますの?」


「見えてるよ」


「私の髪は?」


「その髪型も似合っているよ」


 当然だ、その髪のセットに費やした時間は五時間を超えている。

 五時間だ。

 私の髪のセット時間はたった十分だ。


「では、このドレスは?」


「もちろん、凄く可愛いよ」


 当然だ、そのドレスに決まるまで私は何度、公爵家に呼び出されたことか……


「では――」


 ティアが言葉を止める。

 止まった理由はシンプルだ。

 殿下の目元には涙がたまっていた。


「すまない……なんだかぼやけてきて、また見えなくなってきたよ……」


 ポツリと、殿下の涙がティアのドレスに落ちる。


「……キール」


 悲痛な表情ではなく、優しい表情だ。

 それは病で見えないのではない。

 嬉しくて、幸せすぎて、自分の中に収めることが出来なくなった分が溢れてしまった。


「ティア……私はもっと君を見ていたいよ」


「……焦らなくても大丈夫ですわ……これからいつでも見られますわ! 私は、キールの婚約者なんですから」


「そうだったね……」


「はい!」


 医者が静かに部屋を出ていく。

 結局、私の出番は一度もなかった。

 もう私は必要ないだろう。


 部屋を出ようとした時、キーエルト殿下のベッド横に置かれていた懐中時計が目についた。

 私が直した時計だ……

 ティアが殿下に返したのだろう。


 蓋は開いており、時計の針が進んでいるのが見えた。

 その裏蓋には、ティアの肖像画が彫られていた。


「幸せな顔ですね……」


 修理は、英語でrepairという。

 綴りを分ければ、re-pair。

 もう一度、ひと組にする、とも読める。


 前世の私は、その「ひと組」とは、時計と持ち主のことだと思っていた。

 もちろん、それは間違いではない。

 けれど、寄り添う二人を見ていると――。


 直すことができるのは、時計だけではないのかもしれない。

 止まってしまった二人の時間まで、もう一度動かす。

 いつか私も、そんな時計職人になれるだろうか。


 ――二人の時間がずっと続きますように。


 最後にティアと目が合う。

 そして声には出さずに、口だけを動かした。


『ありがとう』


 そう言ったのだと思う。

 私は一礼して、静かに部屋の扉を閉めるのだった。


これにてユースティア編は終了です。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

今後とも是非、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
 某装飾品『(´;ω;)私が…地味…?』
目の水遊びが止まらない。。
よんでて朝からウルウルしてしまいました。続きを楽しみにしております
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