003_目覚ましの朝
「うるさい!」
それが、四日間かけて直した時計へ寄せられた、家族からの最初の感想だった。
ジリリリリリリリリリリリリリ――!
夜明け前の屋敷に、金属を激しく打ち鳴らす音が響き渡っていた。
机へ突っ伏しかけていた私は、椅子から転げ落ちそうになりながら顔を上げた。
目の前では、四日前まで動かなかった置き時計が、何かに取り憑かれたような勢いで鳴っている。
「そういえば、目覚まし時計でした」
正面にある時刻を示す針とは別に、目覚ましを鳴らす時刻を決める小さな針がある。
設定した時刻になると留め金が外れ、専用のゼンマイがほどけて、内側の小さな金槌が鐘を叩く仕組みだ。
もちろん、分解したときに気づいていた。
ただ、時計を動かすことへ夢中になり、目覚まし用のゼンマイまで巻いたことを忘れていたのだ。
四日間ずっと出番を待っていた目覚ましは、時計が動いた途端、仕事を始めた。
非常に勤勉だった。
少しだけ、声が大きすぎるけれど。
「エルナ!」
扉が勢いよく開いた。
次兄のゲオルクが、片手に火かき棒を持って立っている。
寝癖のついた家族お揃いの青い髪には、なぜか藁が一本刺さっていた。
おそらく、昨夜も馬小屋で寝ていたのだろう。
馬の出産が近い時期になると、兄様は人間の寝床より馬小屋を優先する。
家族としては少し寂しいが、馬からの評価は高い。
「今すぐ止めろ! 馬が驚いて壁を蹴ってる!」
「止め方は分かっています。まずーー」
「なら、説明する前に止めろ!」
それもそうだった。
私は時計の側面へ手を伸ばし、目覚ましを止めるための小さなボタンを押した。
ジリリリリ――。
最後に少しだけ未練を残すような音を立てて、ようやく鐘が止まる。
急に静かになった部屋で、置き時計だけが何事もなかったように動き続けていた。
カチ、カチ、カチ。
いい音だ。
間隔は揃っている。
歯車の引っかかる音もなく、振り子も左右へ同じ幅で動いている。
昨夜までの苦労が、すべて報われるような音だった。
「今のは、何だったんだ?」
「目覚ましです。決めておいた時刻になると、大きな音で起こしてくれます」
「誰がこんな早朝に起こすように決めたんだ、まだ夜明け前だぞ」
「前の持ち主が決めた時刻が残っていたようです」
「つまり、知らない人の起きる時刻に、うちの家族と馬が起こされたのか?」
「そうなりますね」
「お前のミスだな」
「はい」
さすがに反論できなかった。
廊下から、ぱたぱたと小さな足音が近づいてくる。
「敵!? 敵が来たの!?」
八歳の弟、エミールが、毛布を肩からかぶって飛び込んできた。
本人は騎士の外套のつもりらしい。
手には木剣を持っているが、寝ぼけているのか刃にあたる部分を握っていた。
「敵ではありません。時計です」
「時計が攻めてきたの?」
「起こしてくれただけです」
「誰を?」
「屋敷にいる全員を」
「攻撃じゃない?」
「かなり攻撃に近かったぞ」
ゲオルク兄様が不機嫌そうに言った。
「ちょっと何事? 睡眠不足は美容に悪いのよ」
「リーゼ姉様まで……」
続いて部屋へ入ってきたのは、三姉のリーゼ姉様だった。
寝間着の上から肩掛けを羽織り、片手には火のついた蝋燭を持っている。
青く長い髪はほどけたままだが、この状況でも顔だけは妙に落ち着いていた。
リーゼ姉様は計算と記録が得意で、我が家の食料があと何日もつかを、お母様より細かく把握している。
本人は趣味だと言っている。
少し変わった趣味だと思う。
「それで、今は何時なの?」
「分かりません」
「時計なのに?」
「動かすことに集中していたので、まだ正しい時刻に合わせていません」
「それでは、何のための時計なの?」
「これから時計になるところです」
止まっていた時計を動かすことには成功した。
しかし、正しい時刻を示しているかは確かめていない。
目覚ましも、誰が設定したのか分からない時刻に元気よく鳴った。
つまり、今のところこの時計は、規則正しく時を刻みながら、間違った時間に教えてくれている。
熱心だが、まだ仕事を覚えていない新人のような時計である。
「これ、直ったの?」
エミールが目を輝かせ、机の上を覗き込んだ。
黒い木の箱に、真鍮の文字盤。
正面の小窓から、磨き直した振り子が見える。
王都の裕福な屋敷なら、客間の隅に置かれていても誰も気に留めない程度の品かもしれない。
だが、我が家には壁時計すらない。
動いている時計を家族で眺めるのは、これが初めてだった。
「直りました。今のところは」
「売ったら、いくらになる?」
エミールは八歳にして、我が家の経済状況をよく理解している。
「売りません。伯爵様から預かった物です」
私は時計を守るように、エミールとの間へ腕を置いた。
「夜明け前から、何を騒いでいるの?」
最後に、お母様が現れた。
クララ・バルシュミット。
七人の子供を育てた、我が家で一番強い人である。
剣も魔法も使えないが、お母様の「座りなさい」は、お父様のどんな言葉よりも怖い。
お母様は部屋へ入ると、時計でも、火かき棒を持ったゲオルク兄様でも、毛布姿のエミールでもなく、最初に私を見た。
「エルナ」
「はい」
「あなた、昨夜は寝たの?」
「少しだけ」
「どこで?」
「机で」
「それは寝たとは言いません。一昨日は?」
「椅子で少し」
「その前は?」
「目は閉じました」
「四日間、ほとんど寝ていないのね?」
「ほとんど、というほどではありません」
「つまり、全く寝ていないのね?」
「はい」
お母様が私の頬を指で拭った。
黒い油がついていたらしい。
続いて、机の上に積まれた空のカップ、床へ広がった工具、分解した順番を書いた紙の山へ目を移す。
非常にまずい。
時計の故障を見つけるより、言い逃れを見つけるほうが難しい状況だった。
「寝なさい」
「ですが、まだ正しい時刻へ合わせていません。それに、一日にどれだけ進んだり遅れたりするかも確認しないと」
「寝なさい」
「目覚ましの鳴る時刻も調整が必要です」
「……エルナ」
「すぐに寝ます」
お母様は小さく息を吐いた。
その直後、口元を押さえて短く咳き込む。
冬が近づくと、お母様は咳をすることが増える。
薬を飲めば楽になるが、その薬は決して安くない。
私が伯爵の店で働ければ、薬を買うときに残りの銅貨を数えなくても済むかもしれない。
「給金をもらえるようになったら、お母様の薬も――」
「まだ一枚も給金を受け取っていないでしょう」
「ですが、時計は直しました」
「直った時計は、あなたが眠っている間も動きます。ずっと見ている必要はないでしょ。あなたが倒れたら、薬代が一人分増えるのよ」
「それは困ります」
「なら、寝なさい」
「はい」
反論の余地はなかった。
我が家では、お母様の言葉が標準時である。
ほかの全員が間違っていても、お母様だけは正しい。
私は目覚まし用のゼンマイをほどき、勝手に鳴らないことを確認してから寝台へ向かった。
「時計は止めなくていいの?」
最後にリーゼ姉様が尋ねた。
「動かしておいてください。どのくらいずれるか、あとで確認します」
「何と比べるの?」
「礼拝堂の鐘が鳴ったら、その時刻に合わせます」
「なるほどね、分かったわ。とりあえずお休み」
「はい、寝ます。お休みなさい」
目を閉じる直前まで、耳の奥に規則正しい音が残っていた。
カチ、カチ、カチ。
この世界へ生まれて十二年。
ずっと聞きたかった、時計の音だった。
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