004_バルシュミット家の四姉妹
ストックなんてありませんので、
書いていたらこんな遅くになってしまいました……。
目を開けると、窓からは日が差し、私の顔に橋をかけていた。
朝かと思ったが、光の角度的に昼だ。
腹も昼頃だと言っている。
結局一番信頼できるのは腹時計だ。
それは前世の頃から変わっていない。
布団を跳ね除け立ち上がると、頭がぼーとする。
四日間の不眠不休は、思った以上に体にダメージを与えていたらしい。
パジャマの上から肩掛けを羽織って、食堂へと向かう。
まずは腹ごしらえだ。
ドアを開く。
私が直した置き時計は、ちょうど食卓の上に置かれていた。
その前に、青い頭が三つ並んでいる。
一番右には、ポニーテールに結い上げた青色の髪。
真ん中には、左右に分かれた髪を赤いリボンで結んだ青色の髪。
そして左には、ストレートに伸ばした青色の髪。
そこに寝癖でボサボサの私の自慢の青色の髪が加わる。
バルシュミットの自称美人四姉妹が、揃って一つの時計を覗き込んでいる。
「あらら、もう起きたのね〜、もっと眠っているかと思ったわ〜」
長女のマルタ姉様が、頬に手を当てて振り返る。
「おはようございます。マルタ姉様は今朝の音でも起きなかったんですか?」
「もちろん起きたわよ〜、でもあの音で鶏が驚いて小屋から逃げちゃったのよ、大変だったわ〜」
全然大変そうには聞こえない。
とはいえ、うちの鶏の逃げ足は早い。
特に私の姿を見るたび全力で逃げる。
別に食べたりしないのに……油断すると涎が出てしまうのは生理現象だから許して欲しいけど。
「それは申し訳ありませんでした」
「最初は一羽だけだったのよ〜。でも、私がその子を追いかけたら、ほかの鶏まで喜んでついてきちゃって。困ったわ〜」
全然困ったようには聞こえない。
「朝から元気なのは素晴らしいことです」
「鶏の話かしら〜?」
「いえ、マルタ姉様です」
「うふふ、誰のせいでかしらね〜」
「鶏のせいでは? ……きゅ、痛い……」
ぺちんとデコピンをされてしまう。
「これで更生しない場合は、お見合い三百人の刑よ〜」
「それは一年間で?」
「三日でよ〜」
普段はとても優しいマルタ姉様。
だけど、四姉妹で一番怒らすと怖い。
「次からは気をつけます……」
マルタ姉様の隣では、次姉のハンナ姉様が時計に細い紐を当てていた。
「ハンナ姉様は何をしているんですか?」
「幅を測っているのよ」
ハンナ姉様は紐に目印をつけて、次は奥行きを測ろうとしていた。
城下の仕立屋で住み込みで働いている姉様が、我が家に帰ってくるはひと月ぶりだ。
そんな貴重な休みなのに、目覚まし時計騒動に巻き込んでしまった。
「幅を測ってどうするんですか?」
「時計を梱包するのよ、裸じゃ可哀想でしょ。明日の朝には店に戻るから、今日中に作るわ」
「梱包ですか?」
「そうよ。まさかエルナ、そのまま王都に運ぶつもりじゃないわよね。依頼なのか仕事で修理してるのか分からないけど、納品するなら見栄えは大事よ」
「でも送られてきた布がありますよ」
「埃だらけで、ずいぶん汚れていたわよ。ちょうどお店から持ち帰った布があるから、それで包みましょ」
「さすがハンナ姉様です」
「いいのよ、気にしなくて。材料代と手間賃は請求するから」
「あまりお金ありませんよ、私」
「奇遇ね私もよ……エルナが払うんじゃなくて依頼主に請求するのよ」
さすがですハンナ姉様。
私の依頼なのに、自分も稼ごうとしている。
家を出て逞しくなって帰ってきました。
「でも、依頼主の伯爵様は梱包を頼んだわけではありません。請求できるでしょうか」
ハンナ姉様は紐を自分の腕に巻き、私の両手を取った。
私の指は傷だらけ。
四日間、工具を使い金属の部品を触っていた結果である。
「私は心配よ……時計を触れるならばタダでも働きそうだから。エルナは指がこんなになるまで頑張っているの。頑張った人はちゃんと幸せになるべきよ。だからきっちりと請求するの!」
「さすがに、ただでは働きません」
「本当に?」
「はい、食事くらいは要求します」
「給金の話をしているのよ?」
少し考える。
壊れた時計が倉庫にたくさんある。
それを好きに分解して、修理をしてもいい。
その条件なら、給金がなくても。
「無給でもいいって顔をしてたわよ」
「少しだけです」
「これは筋金入りね」
ハンナ姉様はツインテールを揺らして、息を吐いた。
髪が少し鼻に当たって、くすぐったかった。
胸もくすぐったくなった。
ハンナ姉様は心配してくれている。
「私が見習いの時に作ったドレスも、お店では一人前の値段で売れたの」
「ハンナ姉様は手先が器用ですから」
「一人前の仕事をしても、もらえる給金は見習いのままだったわ」
「見習いなら仕方ないのでは?」
「私も最初はそう思ったわ。二着目、三着目と作っては売れていって気がついたわ」
「何にでしょうか?」
「私はいつまで見習いなんだろうってね。だから四着目を作る前に店主に言ったわ。一人で仕上げた服が売れたら、手当が欲しいって」
「勇気が必要な行動です」
「そうね、怖かったわ。そして怒鳴られたわ。見習いのくせに金の話をするなってね」
「それで諦めたんですか?」
「見習いだから聞いているんです、と答えたわ。私の服にどれくらいの価値があって、どれくらいで売れるのかを知らないと見習いはいつまで経っても一人前の職人にはなれないもの」
「一人前……」
「そうよ、エルナ。自分の仕事に見合った給金を受け取れるようになって、初めて一人前と言えるの。どれだけ腕がよくても、正当な対価を貰えないうちは、まだ趣味の延長よ」
前世で時計を修理をしていた時は、自分が一人前かどうかなんて考えたことすらなかった。
好きな時計を弄って、最低限の生活ができれば満足だった。
でも本当はそれだけではダメだったのかもしれない。
「私はまだまだ、半人前ですね」
「私だって、まだまだよ。妹が先に一人前になったら姉の面目が丸潰れだわ。だからちょっとずつお互い成長していきましょ」
「分かりました、ハンナ姉様」
「本当かしら?」
「はい。伯爵様に、梱包代を請求することにします」
「私の手間賃が抜けているわよ」
「そうでした、姉妹価格で」
「割増価格よ」
本当に逞しい姉である。
そして一番左にいるリーゼ姉様は、羽ペンで紙に何かを書いていた。
「これは時計の記録ですか?」
「正午の鐘がなった時に、時刻を合わせたのよ。今のところズレはないわ」
紙には分単位で振り子の様子などが、記録されていた。
「どうして記録を?」
「動き始めてからといって、正確に動くとは限らないのでしょう」
「はい」
「なら、ズレたかどうかの記録は必要になるでしょ? 私にできるのはこれくらいだからね」
「リーゼ姉様!」
私はつい嬉しくなり、抱きついてしまった。
「ちょっと! インクがつくわ! それに記録が取れなくなるわ!」
「時計職人になりませんか、リーゼ姉様!」
「嫌よ、絶対に!」
即答だった。
「まだ何も説明していませんよ?」
「丸々三日間寝ないで作業している人を見て、なりたいと思うわけないでしょう」
「でもとても詳細な記録ですよ! 時計が好きじゃないと無理ですよ、こんな作業!」
「バカね。私が好きなの時計じゃなくて、エルナ、あなたよ。頑張っている妹を見て手伝いたいと思うのは当然よ」
「リーゼ姉様!」
私はさらに強く抱きしめた。
「いやー、息ができなくなるわ。マルタ姉様、ハンナ姉様助けてください!」
「お似合いだわ〜二人の仲を割くなんて無理よ〜」
「私も梱包の作業があるのから無理ね」
「薄情者ー!」
時計の音を掻き消すように、私達四姉妹の笑い声が食堂に響くのだった。
私の筆は遅い方だと気がついてしまいました。




