026_馬車の中で揺れる心②
馬車に揺られてしばらく経ち、私は自分の行動を冷静に振り返ることができた。
なぜ、先ほどまではいつもの私では無かったのか。
それは、ティアの真っ直ぐな恋心と、それに懸命に応えようとするキーエルト殿下の姿に、憧れてしまったからだ。
私も一途な恋をしてみたい。
そんな乙女な気持ちが、私をあんな狂った所業に突き動かしてしまった。
身近にイケメンとなるとアル兄様くらいしかいなかったのだ。
別に面食いというわけではないが、恋を想像して真っ先に浮かんだのが彼だっただけだ。
断じて私はティアの付き人になることで、行き帰りの馬車時間という、アル兄様との合法二人っきりタイムが無くなってしまうことが悲しくて、引き止めて欲しかった訳ではない。
そして! そのことを真っ先に思い浮かばないどころか、全く気にした様子のないアル兄様に腹を立てた訳ではない! そんなことがあってはいけないのだ!
結論、熱に浮かされただけの気の迷いである。
これ以上に都合の良い答えは出ないと思う。
「いいですか、私は迷ってはいましたが、最終的には付き人の話は断るつもりでした。それはアル兄様に言われたから考えを変えたとかではありません。ただ、銀の歯車で働く日数を増やせるかどうかや、住み込みの話になると、私一人では決められないことでもあるので、持ち帰って検討しようとしただけです。分かりましたか?」
「うん、そうかい。そうだね、完全に理解したよ……ところで私はいつまで床で正座をしていたらいいんだい? この馬車は揺れが凄いからすでに足の感覚がないのだけれど……」
「アル兄様は自発的にそうしているのではないのですか? 私は何も言っていませんよ」
「確かに何も言ってはいないが……無言で床を指され続ければ、自ずと私のような体勢になると思うよ」
反省している様子は見られないけれど、これ以上は可哀想か。
私の行動にも反省すべき点はある。
どうしてもアル兄様が相手だと、感情的な行動になってしまう。
そこは猛省しなくてはいけない。
私はため息を一つ吐き、謝罪の言葉を口にしてからアル兄様に前の席に座るように促した。
「うん、やっぱり素直なエルナが一番可愛いね」
その軽口を聞いて、やはり正座の解除は早まったかと思ったが、どうせ筋金入りの軽薄さが直ることはないので諦めた。
「そういえばですが、アル兄様は王都で何をしていたのですか?」
「軍馬の商談をちょっとね。それよりもユースティア様はなんでエルナに付き人になれなんて言いだしたんだ?」
アル兄様にしては、随分と強引な話題の切り替えだった。
王都での行動にはあまり触れて欲しくはないのだろう。
人の秘密を暴く趣味はないため、気にすることもなく転換した話題に乗る。
「来週はキーエルト殿下の誕生日らしいです。私的な友人しか呼ばれないささやかな催しで、そこに一緒についてきて欲しいみたいです」
「公爵家の正式な付き人なら、出席はできるということか……」
「はい。どうやらティアはその誕生会で、今回の件に区切りをつけるみたいです」
ティアの懐中時計は動き出すことができた。
でも逆に言えば動き出しただけで、それ以外はなにも解決していない。
時計職人としては、それ以上の関与は出来ないし、当人同士で解決するのが一番いいはずだ。
けれど、私とティアは友達だ。
そう簡単に突き放すことはできない。
私自身もできる限りのサポートはするつもりだ。
「なるほど、エルナからの話を聞く限り随分と真っ直ぐな性格をしてる子なんだね。その日限りの付き人で済ませないなんて」
「えっと……そこは私が原因かもしれないんです」
時計職人の組合の規定で、本来は組合の試験に合格していない者は修理依頼を受けてはいけないのだという。
そのためジョセフ工房長曰く、今回の時計修理は依頼ではなく、友人の時計を直すというあくまで友人同士の私的な取引で店は関与していないという体らしい。
黒に近い灰色だとは思うけれど。
私的な取引ということは、店はティアから代金を受け取れない。
ありがたいことに私の働きに関しては、依頼報酬ではなく店からの給与という形で支払いはされるという。
これでみんながハッピーだと思ったが、ティアは納得してくれなかった。
働いた者にはそれ相応の対価を支払わないと公爵家の名が廃る。
そう言って、金品がダメなら何か望みはないかと言われ、私が答えたのが『馬車の行き来でお尻が痛くなるのがいやだ』というなんとも言えない願いだった。
正直、ふかふかなクッションが貰えればという期待はあった。
でも彼女の提示した報酬はそんなものでは無かった。
『付き人として私の別邸に住み込みで働くと良いですわ。そうすればキールの誕生日会にも一緒に行けますわ!』
ティアらしい回答だとは思った。
なんてことがあったと、私はアル兄様に説明した。
「私が素直にクッションが欲しいと言っていれば、こんなことにはならなかったです」
アル兄様は、堪えきれずに吹き出した。
「あははは、いや、ユースティア様もだけどエルナも不器用な性格をしているね」
実際私とティアはすれ違ってしまったので、今回の件に関しては、甘んじてその笑いを受け入れることにする。
「ティアには申し訳ないですが、付き人の件はお断りすることにいたします」
「うん、それが良いよ。公爵家と王家の仲を取り持とうとするなんて、私でも気が重いよ」
気が重いのもあるが、部外者の私がいない方が、二人の仲は深まるのではないかと思っていた。
「そうですね……やはり私に一番合っているのは時計をいじることです」
時計職人である私は、二人が幸せになることを祈ることしか出来ないのだ。
「それに魔石を使わない時計を現在開発中なんです、部品の製造には時間が掛かりそうですが、どうにか作製できそうなので、しばらくはそちらに注力をしたいと思います」
そう言い終えると、アル兄様が目を見開いた。
急激に距離を詰め、両肩を掴まれ前後に揺さぶられる。
「エルナ! いまなんて言った!?」
「えっ! いや……ですので、魔石を使わない時計を――」
そこまでで十分だったのか、今度は座席に深く座り込み顔を手で覆ってしまう。
「参ったぞ……」
そうつぶやき、今度は天井を見上げる。
「エルナ、この話を誰かにしたか?」
いつもよりも一段低い声だ。
表情はなく、肩を落として脱力して座っている。
「同じ工房のカレン先輩には話しました……ジョセフ工房長も同じフロアにいましたが、作業に集中していた様子だったので聞いてはいないと思います……」
アル兄様の態度から、ただ事ではないことは分かる。
けれどそこまで深刻なことなのだろうか、新しい技術ではあると思うが、それはあくまで魔石の代替手段に過ぎないはず。
「カレンか……どこの家の娘だ。いや、それよりも、魔石なしで動く時計が完成すれば……国の力関係さえ変わりかねない。となると、五大公爵家の後ろ盾はあった方が……」
アル兄様は顎に手を当てて、独り言をつぶやき始める。
ところどころは聞き取れないが、軽薄さのなくなった表情から真剣さが伝わってくる。
そんな空気に影響されてか、私は喉の渇きを覚えて唾をゴクリと飲み込む。
数分ほど経った頃だろうか、アル兄様は突然顔を上げた。
そして――
「エルナ! 君はやはりユースティア様の付き人になるべきだ!」
今までの話を全てひっくり返すことを言った。
「……」
突然の方向転換に反応出来ないでいると、アル兄様は言葉を続ける。
「家族と伯爵への説得は私の方で進めるよ……エルナは安心して思う存分働いてくるといい」
本当に全く、今までの話は何だったのだろうか。
最後の最後で全てをひっくり返すのなら、無駄話だったということになってしまうじゃないか。
それに――
「……理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
理由を聞かないでは、納得することも出来ない。
できる限り感情的にならず、抑揚のない声で訊いた。
アル兄様はその問いが来ることが分かっていたのだろう。
本来なら話すべき重要な事情をすべて伏せたまま、私に伝えたいことだけを簡潔に告げた。
「エルナを守るためだよ」
物語の騎士が姫に告げるようなその台詞は、悔しいことにアル兄様によく似合っていた。




