024_指輪と氷魔法の正しい使い方
工房に戻るために、ティアと並んで歩いていた。
店まであと少しというところで三つの人影が見えた。
ティアの執事に、カレン先輩、そしてジョセフ工房長だ。
ジョセフ工房長はいかにも怒っていますよとアピールするように、腕を組んで立っている。
そしてその隣には、随分とお説教をされたのだろう、魂の抜けたような力ないカレン先輩が立っていた。
私たちは、勝手に時計修理の依頼を引き受けてしまったのだ。
しかも相手は公爵家のお嬢様。
店の主人として、怒らない方がどうかしている。
さて、私はこの残り数メートルにまで迫った危機をどう切り抜けたら良いのか。
一、逃げる。
二、ティアに盾になってもらう。
三、素直に謝る。
一番の有効打は、水戸黄門よろしくティアという印籠を使うこと。
でも、さすがに友人を利用するのは気が引ける。
何か突破口はないかと、ハンナ姉様からもらった白い前掛けのポケットに手を入れる。
右ポケットにはリーゼ姉様からもらったノート。
そして左ポケットには……硬い感触があった。
忘れていた……でもこれは使えるかもしれない。
ジョセフ工房長の前に立つ。
そしてすぐに頭を下げた。
謝りたい気持ちは当然あったが、何よりも鬼のように恐ろしい顔を少しでも見ないようにするためでもあった。
隣にいるティアもあまりに恐ろしい形相に震えていた。
「ごめんなさい! 本当に勝手なことをしてしまいました!」
「……反省しているのか?」
「はい。とっても反省しています。その証として、こちらをどうぞ」
顔を少し上げて、ポケットの中の物を差し出した。
「えっ……なんだ?」
「指輪です」
「指輪……だと?」
「はい、結婚指輪です」
しばらく、私が渡した指輪を見つめた後に、ジョセフ工房長は悲鳴のような声を上げた。
「うわぁ! お前、どこでこれを!」
「許していただけますか?」
もちろんただの結婚指輪ではない。
ジョセフ工房長の左手の薬指にはめられている指輪と、全く同じもの。
「奥様は、このことを知らないみたいですね」
「どうしてそんなことまで……」
ジョセフ工房長はチラりと、隣を見た。
横ではカレン先輩が、誤魔化すように下手な口笛を吹いていた。
先ほどとは違い、少し余裕そうだ。
「安心してください、私の口は堅いです」
これがマルタ姉様だった場合、結果は火を見るよりも明らかだった。
数刻後には、隣の隣の町にまで広まっているはずだ。
現に私は、ゲオルク兄様の初恋相手を遠く離れた町を訪れた際に知ったのだ。
そして失恋したことも……
踏んだり蹴ったりのゲオルク兄様です。
幸い私はまだ初恋をしていない。
でもその時が来た時には、絶対にマルタ姉様だけには気づかれないように警戒しないといけない。
そうでないと、どこでどんな形でバラされるのか分かったものではない。
とまぁ、そんな事件が頻発し、バルシュミット家では大事な話は必ずマルタ姉様が寝た後にすることになった。
壁に耳あり、障子に目あり、そしてどこにでもマルタ姉様あり、だ。
「ほ、本当か?」
ジョセフ工房長の額には、冷や汗が浮かんでいた。
夫婦円満のコツは、夫を尻に敷くことだと、お母様が言っていた。
きっとジョセフ工房長の家庭も、夫婦円満なのだろう。
本当に素晴らしい。
「はい、時計に誓います」
「その誓いにどれほどの重みがあるんだ……」
「神と同等です」
結局、ジョセフ工房長は軽くお説教をした後、私のことを許してくれた。
ただ、私が許された後もカレン先輩は監督者として、こっぴどく怒られていた。
私は心の中で、何度もカレン先輩に謝った。
そして、先ほど私が引き受けたティアの時計修理のことをジョセフ工房長に話した。
この時計だけはどうしても、自分の手で直したいんだ、と。
正直、絶対に許してくれないと思っていた。
けれどティアの懐中時計を見せると、急に態度が変わったのだ。
「……なるほど……そういう巡り合わせか……」
ジョセフ工房長はそうつぶやくと、ティアの方を軽く見た。
そして懐中時計に視線を戻し、私に手渡した。
「これならお前でも直せるだろう……そして依頼人もお前が直すことを望んでいる……今回は特別に許す。それに俺にはこれを直す資格はないからな……」
最後に何か意味深なことを呟いていた。
ジョセフ工房長はこの懐中時計に何か思うところがあったのだろう。
なにはともあれ、私は時計を修理することを許されたのだった。
◇◇◇
ティアの懐中時計を直すのに特別な技術は必要ない。
時計を分解する方法と、分解したときと逆の手順で時計を組みなおせればいいだけだ。
あとは歯車に挟まった小さな魔石をピンセットで慎重にとるだけだ。
「取れました」
魔石の大きさは二ミリにも満たない。
砂粒よりは少し大きいくらいのサイズだ。
そして雫のような形をしている。
そんな、よく見ないと見落としてしまいそうな緑色の魔石を、そっと作業台の布の上に置いた。
「これがキールが作った魔石ですのね……とても綺麗ですわ……」
確かに宝石と言ってよいほどに、綺麗だった。
ティアにとってはそれが、キーエルト殿下が作ったものだと思うと、より美しく見えるのだろう。
「はい。ですが魔石ですので魔力が尽きたら、消えてしまいます」
「大丈夫ですわ……どんな思いであれキールが私を思って作ったものを消滅させたりはしないわ……私の魔法、見せてあげるわ」
そう言うと、ティアは右の手の平を魔石に向けた。
「氷石」
次の瞬間、作業場の気温が少し下がった。
その原因はティアの手の先にある。
小さな魔石が氷で覆われていたのだ。
大きさは丁度、婚約指輪に留められたダイヤモンドくらいだろうか。
「魔法で魔石を閉じ込めたのですね」
氷属性の魔法適性を持つティアには、魔石を作ることはできない。
けれど、魔力で作った氷に魔石を閉じ込めれば、魔石の消滅は防げるかもしれない。
「そうですわ。でもこれで本当に消滅しないかは分かりませんわ……」
「大丈夫です、きっと無くなりませんよ」
根拠なんてないのに、自然とその言葉が出てきた。
私は信じてみたかったのかもしれない。
キーエルト殿下の思いを、ティアの優しい魔法で包む。
そんな二人の気持ちが、決して消えることはないのだと。
「ええ、そうですわね」
「はい」
私とティアは少しの間、その結晶を眺めるのだった。
【バルシュミット家の情報通・マルタ姉様の小話④】
皆さーん、お久しぶりですわ〜。
みんなのお姉ちゃん、マルタ姉様ですよ〜。
久しぶり過ぎて、私のことを忘れちゃった人は、お父様との接吻の刑よ〜。我が家では、この刑は極刑より上よ〜。
唯一、この刑に処されたのはルークス兄様ね。
でも、まだ登場してないから、誰よって感じよね〜。
ルークス兄様は不治の病で、旅に出ているわ。
エルナが正確な病名を知っていたわね……たしか中二? 病……だったかしら〜。
「おい、俺の話をしているのか? ではまず、俺の得意魔法、黒龍無色連山火炎――」
「話が長くなりそうだから、また今度ね〜」
「おい、俺の本編での出番はいつ……! きゃん……蹴らないで! 叩くのもダメだよ!」
「それでは、また次の話で会いましょーね〜」




