016_エルナの災難
「申し訳ございません、ユースティア様。私、この時計修理工房の職人である、カレン・ルンドバーグです。エルナは本日が初出勤のため、修理の依頼をお引き受けすることができません。大変申し訳ございません」
カレン先輩が駆けつけて、対応を引き継いでくれた。
冷静で、きっぱりとこちらの事情を踏まえて断っている。
顧客対応にも慣れているのだろう。
私は自分の対応がまずかったと反省する。
結局のところ、商売において一番大切なのは人との接し方なのだ。
時計の修理においても、持ち主のことを理解していなければ、本当の修理はできない。
時計を正しく動かすだけで良いなら、内側のムーブメントをすべて取り換えれば良い。
その方が早くて、正確だ。
なんなら、新しい時計を買えば良い。
でも、そうではない。
お客様は大切な思い出の詰まった時計だからこそ、直したいのだ。
中身がすべて変わってしまった時計は、本当に以前と同じ時計なのだろうか。
時計とは、正しく動けば良いというわけではない。
本当の時計職人は、持ち主と時計との関係を修復するものだ。
私はそう思っている。
「あら、初出勤の人には修理をさせてはいけないという決まりがあるのかしら? 初耳ね。まさか、私の時計を修理したくないから適当な嘘を仰っているのではありませんわよね?」
どうやらユースティアさんは引く気がないらしい。
目を細めて、カレン先輩を見る。
「嘘ではありません。お客様の大切な時計を責任を持って修理するためには、仕方のないことです」
「つまり、そこに立っている従業員は責任を持って修理のできないボンクラ。そして、この店はそんなボンクラを雇っている三流以下の底辺ということになるのかしら。王都で一番の時計修理店と聞いて来てみれば、呆れましたわ」
今のは少し頭にきた。
私のことについて何かを言うのは、別に構わない。
だけど、お店についての暴言は聞き捨てならない。
永遠に止まることのない目覚まし時計をプレゼントしたいですね。
「お、お客様、今なんと仰ったでしょうか……? もう一度言えるものでしたら、言ってもらえるでしょうか?」
カレン先輩は笑顔だ。
それも満面の笑みだ。
ただ、目が笑っていない。
もしかして、怒っているのでしょうか。
「おほほ、何度でも言えますわよ。そこの女はボンクラ、ぺちゃパイ。そして、この店は底辺ですわ」
なぜでしょうか。
殺意が芽生えてきました。
「エルナちゃんはボンクラでも、ぺちゃパイでもありません! ただ成長途中なだけです! それに、本当はとってもすごいんですよ! 訂正してください!」
カレン先輩、庇ってくれてありがとうございます。
でも、それでは時計修理の実力があるのか、着痩せしているだけなのか判断がつきません。
それに悲しいことに、どちらにしても過大評価です……。
「では証明してください。私は実際にこの目で確認しないと信じませんわよ」
時計修理の話ですよね?
そうですよね?
仮に違っていたとしても、カレン先輩ならさっきのようにきっぱりと断ってくれるはずだ。
「分かりました。ここまで侮辱されて、うちとしても黙っているわけにはいきません。そのご依頼、承りましょう!」
「最初からそう言っていれば良かったんですのよ」
「ただし、この場における責任はすべて私、カレン・ルンドバーグにあります。エルナには累が及ばないとお約束願います」
「良いでしょう。ランドベール家に誓って約束いたしますわ」
「ありがとうございます。では……早速……」
「そうですわね」
二人の怪しげな視線が向けられる。
思わず後ずさりしてしまう。
逃げ道を探すが、二人に塞がれてしまった。
おかしい。
先ほどまで言い争っていたはずなのに、見事な連携プレイだ。
「な、なんでしょうか……」
「エルナちゃんの実力を見せてもらいたいと思って」
「私も気になりますわ。同年代の女性がどれほどの実力を持っているのか」
「時計の修理をすれば良いんですよね……?」
「そうよ……安心して。責任は私が取るから」
なぜだろう。
安心感が微塵も感じられない。
むしろ怖い。
手の指をわしゃわしゃと動かすのをやめてほしいです。
「もう、焦れったいわ! いいから早くしなさい!」
痺れを切らしたユースティアさんが、私の腕を掴んだ。
「え、ちょっと待ってください!」
――そして。
私の悲鳴が、今日一番大きな音となって工房中に響き渡ったのであった。




