015_突然の来訪者
少し綺麗にした二階で、お母様が作ったお弁当を食べていた。
嬉しいことに、食べても食べても量が減らない。
薄暗い部屋、一人で食事だ。
ジョセフ工房長は、用事があるからと昼休みを兼ねて店を空けている。
カレン先輩はまだ下で作業をしていた。
営業時間中に工房内に誰もいなくなるのはダメらしい。
お腹を空かせた私に気を遣って、先に休憩をさせてくれたのだ。
「ごちそうさまでした」
いつもの三倍程の量の弁当を、いつも変わらない時間で食べ終わってしまった。
口元を拭いて、工房に戻る。
「休憩終わりました。カレン先輩、次どうぞ」
「食べるの早いね、もっとゆっくりしてもよかったのに」
「お腹が空いていたので、気がついたら無くなっていました」
「そうなの? すごい大きいお弁当だったけど……」
「お腹が空いていたので」
「あはは、なるほどね。さては大食いだな、エルナちゃん」
「どうでしょうか。家では特段食べる方ではなかったと思います」
お姉様方も、あれくらいの量はぺろりと食べてしまう。
逆にお兄様たちやエミールは少食だ。
我が家の食卓はいつも左側に男性陣、右側に女性陣が座る。
私たちが座る側だけ明らかに量が多くて、早くなくなる。
ずっとお兄様たちは少食で、食べるのが遅いと思っていた。
もしかしたら、これは大きな勘違いだったのかもしれない……。
いや、考えるのは止めよう。
たくさん食べることは良いことだ。
「私があまり食べる方ではないから、そう見えるだけかもね。パン一個だけだし」
「それで足りるのですか?」
「うん、割と平気ね」
「今日一番の衝撃です」
「私もエルナちゃんのおかげで、時計作りの概念がひっくり返る衝撃を受けたよ……だけど、エルナちゃん。まだ魔石なしで時計が動くことを広めちゃダメだよ。間違いなく大事になるから……」
「わかりました。ひとまず完成品ができるまでは内緒にしておきます」
「うん、その方が賢明ね。一緒に王都を騒がしましょ!」
「はい、もちろんです」
いつの時代も、新しい技術は既存の技術との対立を生み出す。
魔石からテンプになることが、技術の進化なのか退化なのかはわからないけど。
少しは用心した方が良いのかもしれない。
そう考えたところで、店につけられたベルが大きく鳴った。
「――入るわよ!」
高めの声が店内に響く。
ドタドタと音を立てて、私たちのいる奥の工房に足音が近づいてくる。
そして、工房に入った瞬間にまたしても声が響いた。
「時計を直しなさい! 今すぐによ!」
白いフリルのついたドレスに、綺麗な金髪縦ロールの女の子がそこには立っていた。
見た目から察するに、上級貴族の令嬢のようだ。
そして動作と言動から察するに、きっとわがままな性格。
身長は私と同じくらいのため、同い年くらいだろう。
午後の落ち着いた時間には、似つかわしくない騒がしいお客様。
突然の出来事に、カレン先輩が面食らっている。
位置的には私の方が近い。
軽く対応をした後に、カレン先輩に引き継いでもらおう。
「いらっしゃいませ、銀の歯車にようこそ。時計の修理のご依頼でしょうか?」
「だから、そう言ってるじゃない! 時計が動かないのよ! すぐに直しなさい!」
「では、直す時計を見せていただけないでしょうか?」
「爺や! 早く出して!」
「はい、お嬢様」
スーツ姿の初老の男性が後ろから姿を現す。
そして、木箱に入った懐中時計を差し出してきた。
「その時計よ! わかったら、さっさと直しなさい! それと初めに言っておくわ! 私はユースティア・フォン・ランドベールよ! 庶民のあなたには分からないかもしれないですけど、とっても偉いんですのよ! おほほほほほ!」
いつの間にか扇子を開いて高笑いをしていた。
絵に描いたような、傲慢な貴族令嬢。
創作の世界なら、痛い目を見る役だ。
「承知いたしました。確認いたします。それと私の名前はエルナ・バルシュミットです。父が騎士爵ですので、庶民ではないです」
「え? あなたも貴族ですの?」
ユースティアさんが、私を頭からつま先までじろりと見る。
観察されている。
初めての作業服だ。似合っているだろうか?
いつもはしない髪飾りに、お母様とお姉様が用意してくれた服。
寝癖だって今日はない。
間違いなく、最高に可愛い私だ。
反応が気になってモジモジしてしまう。
「えっと……その、まぁ苦労しているのね……あなた……公爵家の私には絶対に似合わないですけど、あなたにはお似合いの服ね! おほほほほほ!」
「えへへ、ありがとうございます! 私、ユースティア様と仲良くなれそうです!」
ユースティアさんは、良い人でした。
傲慢そうだとか、悪役令嬢だったと思ってすみません。
お詫びに、この時計は絶対に直してあげたくなりました。
「どうして私は感謝されているのかしら……なんだか怖いですわ」
「では、早速時計の方を確認しますので、少々お待ちください」
「ふん! 頼みますわよ!」
私は預かった懐中時計を慎重に受け取り、カレン先輩の元に持っていく。
「うーん、実は私もジョセフ工房長も今日は作業がいっぱいなんだよね。今日中には無理かな……断れそう? 無理そうなら私が話に行くけど」
「そうですか……いえ、私の方で伝えます。ユースティアさん、凄く良い人なので、私がお話ししたいです」
「え? 私には全然そんな風には見えなかったけど……」
「時計と同じ、フィーリングです。私のこの服をお似合いと褒めてくださいました」
「それ、フィーリングなのかしら……まぁ、私はちょっと苦手な感じの子だから、お願いできるかしら?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとね」
私はユースティアさんのところに戻ると、今日の修理は無理だということを伝えた。
「ふざけないで頂戴! どうして無理なのよ!」
「ですので、職人の空きがないのです。大変申し訳ございません」
ユースティアさんは、顔を真っ赤にした。
「謝ってすむ問題ではないわ! 職人がいないのが問題って言ってましたわね……あなたはどうなんですの? 見た感じ一人前ではなさそうだけど……手が空いているじゃありませんの?」
「暇ではありませんが、期日が決まった仕事はありませんね」
「つまり?」
「手は空いています」
「なら、いいわ。あなたに任せるわ」
「ですが……」
私は今日が初出勤で、まだ修理をしていいのか分からないと伝えようとした。
けれど、その言葉は遮られてしまう。
「『ですが』ではありません。私は公爵家の娘ですわよ。私の命令は絶対です。だから、さっさと修理をしなさい! でも、直せなかった時はそれ相応の罰を受けていただきますわよ」
すみません。
今回は小話はお休みです。




