014_棒テンプとエルナトンボ
「テンプって……なに?」
カレン先輩は小首を傾げている。
この世界にはテンプがありませんでした。
ヒゲゼンマイの製作には時間がかかる。
でも、原理を説明するだけなら、もっと簡単なものでいい。
「カレン先輩、ちょっと待っててください」
二階の倉庫へ走る。
◇◇◇
「これがテンプなの?」
「正確には棒テンプと言います」
二階の倉庫には壊れた時計だけではなく、廃材なども置いてある。
その中で、割り箸くらいの長さをした丸い木の棒を二本見つけた。
片方の棒の真ん中くらいに、錐を使って二つの穴を開ける。
そしてもう一つの棒の先端をナイフで割り、二又にする。
先端をナイフで整えて、二つの穴に差し込む。
するとあっという間に、棒テンプが完成する。
正確には差し込んだ棒の上下に、パレットという歯をつける必要があるのだけど、今回は省略。
見た目は完全な竹トンボだけど、これを少し応用すれば時計の部品になるのだ。
「こんなものが魔石の代わりになるの?」
「はい、その竹ト……棒テンプを両手で挟んで、手を洗うときみたいに手を擦り合わせてみてください」
「こうかしら?」
カレン先輩の手に合わせて、棒テンプが左右に半回転する。
「完璧です。同じ力を加え続ければ、この往復運動も一定の間隔で繰り返されると思いませんか?」
「確かに、一定かもしれないわね」
「この動きを再現できれば、歯車の動きを調節できるということです」
「でも、どうやって再現するの? ずっと手で動かす訳にはいかないでしょ?」
「ですので、少し工夫します。その持ち手の棒の上下に、ガンギ車の歯に合うように取っ掛かりをつけるんです」
ガンギ車とは、時計の針が一気に進まないようにする、ノコギリのような形をした歯車のことだ。
「なんとなく分かってきたわ。ガンギ車の歯が、棒テンプの軸についた上の爪を押すと、棒テンプが右へ回る。その歯が外れると、今度は次の歯が下の爪を押して、棒テンプを左へ回すのね。これを交互に繰り返せば、棒テンプが左右に往復するわね。そして、その往復運動が一定ということは……」
「魔石なしで、歯車の調速ができるということです」
「すごいわ! こんな棒を二つ組み合わせただけで、魔石の代わりになるなんて思いもしなかったわ!」
カレン先輩が目を輝かせている。
心なしか、棒テンプを動かす手が速くなっている気がする。
「棒テンプのすごさはそれだけではありません。少し棒テンプを貸していただけますか」
おもちゃを取り上げられる時の犬のような顔をした。
どうやらかなり気に入ったようだ。
終わったら、これはあげることにしよう。
左右のバランスが釣り合うように、両端におもりをつけて棒テンプをカレン先輩に返す。
「往復する速度が遅くなったわ!」
「では、次はつけたおもりを軸に近づけてみてください」
「うそ……! 今度は速くなったわ!」
「これは慣性によるものです。時間がずれた場合は、こうやっておもりの位置を変えるだけで調節することができます」
「ちょっと便利すぎるわ! というか、エルナちゃんの頭はどうなっているの!? 中を見てみたいわ!」
頭の中を見ても、ご飯と時計のことばかりで、他人から見たら退屈な記憶だ。
「脳みそが一つ入っているだけですよ」
「いえ、きっと三つくらい入っているわね!」
私のことをモンスターか何かだと思っているのだろうか。
脳内に三人の自分がいることを想像してみる。
もしかしたら、一人が休憩して、他の二人が働く。
それを交代で繰り返していけば、無限に働くことができるかもしれない……意外と悪くない。
エルナモンスターか。
ちょっとカッコいい気もしてきた。
私には、まだまだやりたいことはたくさんあるのだ。
大好きな時計を修理して、家族みんなと一緒にご飯をお腹いっぱい食べること。
それが今世の私の目標だ。
そのためにはモンスターになることだって構わないつもりだ。
「この往復運動の周期を一定に保つ性質が等時性です。振り子も同様の性質を持っています」
「振り子というのはよく分からないけど、私は固定観念に囚われていたみたいね……魔石を使わない時計なんて想像をしていなかったわよ」
前世の知識がなければ、私だって思いつかなかったはずだ。
少しズルいことをしている気もするけど、時計を直すためにはなりふり構っていられない。
「この棒テンプにも弱点はあります。まずサイズが大きいです。空気抵抗も大きく、おもりも動きやすいので等時性も低いです。そして重いです……懐中時計などには使用できません」
サイズが大きい、等時性が低い、単純に重い。
この三つを克服する必要がある。
懐中時計のテンプには、サイズが小さく、等時性が高く、軽いことが求められる。
「そうね……置き時計には使えるけど、懐中時計にはやっぱり魔石が必要ってことね」
「今のままならそうです……でも、これを使えば等時性を上げることができます」
針金を渦巻き状に巻いたものを渡す。
大きさも形も蚊取り線香によく似ている。
「エルナちゃんが説明しながら作っていたモノが、ここで登場するのね! それで、これは何かしら? 平たいバネみたいだけど」
「不恰好ですが、ヒゲゼンマイの代わりです」
「ヒゲゼンマイ? 確かに普通のゼンマイにしては細いけど……」
「本来はもっと細いんですが、すぐには用意できなかったので」
「なるほどね。それで、このヒゲゼンマイをどうするの?」
ヒゲという名前だからか、ヒゲゼンマイを口元に当てているカレン先輩。
なんともお茶目で可愛らしい。
「ヒゲゼンマイの中心に、棒テンプの軸を通してください。そしたら、内側の端が軸に固定されるように、少し針金を巻きつけていただけますか?」
今回はカレン先輩に作ってもらうことにした。
もうあんな悲しそうな顔を見たくなかったので。
「こうかな? 合ってるかしら?」
時計職人であるカレン先輩はやはり、手先が器用だった。
私は宙ぶらりんになっている針金の外端を、指でつまむ。
「はい、大丈夫です。この状態で、また棒テンプを回してみてください」
「少し回し辛いわね……でも、力を弱めると最初の位置に勝手に戻っていくわ!」
「棒テンプに復元力が生まれたんです。テンプが回るとヒゲゼンマイがねじれて元に戻ろうとする。それが反対方向への回転に繋がります。これが続いて、一定の往復運動が繰り返されるんです」
実際に時計にヒゲゼンマイを組み込むときは、もっと細く、渦巻きの間隔も均一でなくてはいけない。
そうなってくると、熟練の技術が必要になってくる。
前世では、ヒゲゼンマイの材料にシリコンなどが使われていた。
衝撃と磁気に強く、温度変化の影響を受けにくく、軽量という優れた特性を持っているためだ。
こちらの世界にもシリコンに近いモノがあれば、精度の高い時計を作ることができるはずだ。
「確かにヒゲゼンマイがあれば、一定の速さでガンギ車を動かせるわね……でも、大きさと重さはどうするの?」
「考えはあります。まず、ここにある指輪を使います」
「それ、ジョセフ工房長がなくしたって言っていた結婚指輪よ。そのせいで奥さんと一週間喧嘩したらしいわよ。またしてもお宝発見だね、エルナちゃん!」
「そうなると残念ですが、時計の部品には使えませんね」
二階でたまたま見つけたのですが、まさか結婚指輪だとは思わなかった。
私は結婚をしたことがない。
けれど、時計と同じくらい大切なものだということはわかる。
それをなくすとは……ジョセフ工房長もなかなか豪胆です。
「いや、大丈夫よ。見つけるまで許してもらえない雰囲気だったから、同じものを買って誤魔化したみたいなのよね。だから逆に、黙っておいた方がいいわ……思い出させる方が可哀想よ……」
「過去はなくせないと思いますが……」
「記憶はなくせるのよ……あと指輪も」
二つともなくしてはいけないような気もしますが……。
「この指輪は、棒テンプでいうと、おもりにあたります。リング状なので重さが均等にかかり、安定します」
「棒テンプのときは、おもりが動きやすかったり、バランスをとるのが難しかったけど……これなら大丈夫そうね!」
「はい、ジョセフ工房長が指輪をなくしてくれて助かりました」
「人の不幸が誰かの幸福を呼ぶのね」
流石に可哀想なので、この説明が終わったらジョセフ工房長に返します。
「まだ用意はできていませんが、この指輪に軸となる天真と、それを支えるアームを取り付けて、細く小さくしたヒゲゼンマイを合わせれば」
「懐中時計にも使えるテンプが完成するというわけね! これなら魔石なしで大丈夫だよ!」
懸念点は多いが、異世界でもどうにかテンプを作れそうだ。
それに、まだまだ実現したいアイディアは山ほどある。
この世界には振り子時計や腕時計だって存在しないのだ。
考えるだけで胸がドキドキする。
もっともっとこの世界に時計の魅力を広めたい。
けれど、その前に……私にはやるべきことがある。
「早速、テンプ製作に取り掛かりましょう! と思いましたが……お腹が空いたので続きはご飯の後にします」
腹が減っては、時計作りはできません!
【バルシュミット家の時計好き・エルナの小話④】
こんにちは、エルナです。
今回は本編でも登場した、テンプの説明をいたします。
テンプは時計の中でも特に重要で、精度に直結する部品です。
時計のスペックとして振動数がよく挙げられますが、これはテンプの振動数のことです。
その振動数が少ないものをロービート、多いものをハイビートといいます。
厳密な境目はありませんが、大まかに分けるとこんな感じです。
ロービート
1秒間に5回振動 毎時18,000振動
1秒間に6回振動 毎時21,600振動
1秒間に7回振動 毎時25,200振動
ハイビート
1秒間に8回振動 毎時28,800振動
1秒間に9回振動 毎時32,400振動
1秒間に10回振動 毎時36,000振動
高級腕時計は、ハイビートの中でも1秒間に8回振動するものが多いイメージですね。
私個人の好みとしては、ロービートの1秒間に5回振動するものが、落ち着いていて好きです。
ただ、この振動数のものは偽物が一番多いので、注意が必要なんです……。
偽物は絶対にダメです!
それではまた、次回のお話をお楽しみください。




