013_ツンフトと魔石
「魔石について教えてもらってもいいですか」
一休みしていたカレン先輩に声をかける。
ちょうどティーカップに口をつけたところだった。
「おっ、勉強熱心なのは感心だね。でも魔石か……ちなみに、事前知識はどれくらいある?」
「魔石の性質について、少し知っている程度です。あくまで私独自の解釈なので、完璧ではありませんが……」
「なるほど。じゃあ、魔石加工ツンフトは知ってる?」
「ツンフトですか? 職人たちがお互いに助け合うために入る組合ですよね」
ツンフトとは、ギルドと同じようなものだ。
職人の同業者組合をツンフト、商人の同業者組合をギルドと呼ぶことが多い。
実は、職人と商人は利害は対立することも多い。
職人は製品の品質と技術を守る必要がある。
そのため、安売りはしたくない。
一方、商人は安く仕入れて高く売りたい。
そうなれば、職人の技術まで安く買い叩かれてしまう。
それぞれ異なる同業者組合に属して、自分たちの利益を守っている。
呼び名が分けられているのには、そんな理由もある。
「うん、だいたい合ってるね。実は、魔石加工の技術は魔石加工ツンフトによって守られているの。だから、本格的に魔石を修理する場合は、そっちのツンフトに入る必要があるの」
「つまり?」
「魔石が壊れている場合は、私でも直せないわ。魔石を取り寄せる必要があるわね。この店が入ってるのは、時計の修理や発明を行う時計士ツンフトだから」
またしても、がっくりしてしまった。
技術と利権の保護が大切なのは理解できるが、制約がなかなかに厳しい。
これでは魔石の勉強をしても、この時計を修理できないということだ。
せっかく魔石のことを勉強しようと思ったのに……別の組合にも入る必要があるとなると、一人前の時計職人になるまでの道のりは険しそうだ。
「時計を修理する前に、まずこのツンフト制度を直したくなりました」
「まあ、気持ちは分かるけどね……確かに魔石の修理はできないけど、魔石について理解することは時計職人として重要だよ。一緒に勉強していこうね! それで、この懐中時計は魔石が壊れているの?」
「どうやら魔石が欠けているみたいです」
ホルダーに固定したムーブメントを、カレン先輩の作業机に置く。
「これはかなりの重症だ。部品を交換する必要があるね」
「やはりそうでしたか……」
「でも、魔石以外に壊れているところはなさそうだね……」
「魔石がないと時計は動きませんか?」
「魔石を使わない時計なんて、聞いたことがないね……魔石は時計の心臓って言われるくらいだからね。見て、丸くてかわいいでしょ?」
壊れた魔石をピンセットで挟み、見せてくれた。
この魔石は青い色をしている。
薄い円盤状で、中心には小さな穴が空いている。
大きさは一円玉ほどで、外周には、細い金の環がはめ込まれていた。
そして、表面には小さなマークが刻まれている。
「とても芸術的です」
「じゃあエルナちゃんに問題です! 時計に使われている魔石の特徴はなんでしょう?」
一瞬身構えたが、これなら答えられそうだ。
「はい。魔石には固有の振動数があります。その性質を利用して、時計の調速を行っています」
「残念。半分正解で、半分はずれってところね」
「えっ?」
思わず声が出てしまった。
自信満々で答えてしまったのが、恥ずかしい。
「確かに魔石には固有の振動数があって、微細な振動を繰り返しているわね。そして、その振動数から魔石の種類を判別することもあるわ。だけどね、時計用の魔石だけは少し特殊なんだ」
「どういうことでしょうか?」
「魔石なのに、固有振動をしない。正確には、振動数がゼロの魔石が時計には使われるの。これを私たちは、ゼロ魔石って呼んでいるの」
「ゼロ魔石ですか? 私はてっきり、固有振動を利用して歯車の速度を一定に保っているのかと思っていました」
「そういった仕組みを取り入れた時計もあるんだけど、ゼロ魔石を使ったものより精度が落ちるから、めったに使われていないのが現状ね。だから半分正解ってこと」
「でも、ゼロ魔石でどうやって調速をしているんですか? 振動しないとなると、ただの綺麗な石と変わらないと思うのですが」
「鋭いね、エルナちゃん。実は、魔石にはもう一つ、復元性という特徴があるんだよ。復元性っていうのは、力を加えられると、その方向とは逆向きの力が働き、元に戻ろうとする性質のことね」
「つまり、復元力が安定しているから、魔石は正確な往復運動をすることができるということですね。復元性だけを時計に利用したいから、固有振動を持たないゼロ魔石が使われている。固有振動を持つ魔石では、振動と復元性のバランスを調整するのが難しいから精度が落ち、あまり使われていないのですね! すごいです! やばいです! 魔石って面白いですね!」
そう考えると、円盤状をしていることにも説明がつく。
魔石の直径を大きくしたり、外周にはめ込まれた金属を重くしたりすれば、重さが回転軸から遠い位置に集まる。
そうすると慣性が大きくなり、往復運動は遅くなる。
逆に、魔石を小さくしたり、金属を軽くしたりすれば速くなる。
つまり、魔石の大きさと重さを調節することで、時計の進みを速くも遅くもできるということだ。
言葉にすれば簡単そうだが、実際にはこの調整作業が時計の精度に直結するため、職人の腕の見せどころなのだろう。
「いやあ、よかった、よかった! エルナちゃんも魔石の素晴らしさに気づいてくれたか!」
「はい、気づきました! 本当に素晴らしいです! これなら魔石がなくても時計を直せそうです! いや、本当によかったです!」
「うん、うん。そうだよね! 魔石がなくても全然大丈夫だよね!」
「はい! じゃあ、さっそく作業に取り掛かろうと思います! ありがとうございました!」
思わずスキップしたくなるほど、気分が高揚していた。
自分の作業台に戻ろうとしたところで、カレン先輩に肩を掴まれた。
「ちょっと待ったー! さっき、なんて言った!? 魔石はいらないとか言わなかった?」
「いえ、いらないとは言ってません」
「そっか、よかった。私の聞き間違いか――」
「なくても大丈夫って言ったんです」
「いや、大丈夫じゃないから! 時計の心臓だよ! 人が心臓のない状態で動いたら怖いでしょ?」
「怖いですが、時計は人ではありません」
「そうだけど……どうやって魔石なしで修理するの?」
「魔石の性質を、他のもので再現すればいいんです」
「つまり……?」
魔石の特徴とは復元性と、外周の金環が生む慣性だ。
この二つが組み合わさることで、魔石は一定の周期で往復運動を繰り返すことができる。
前世の時計にも、同じ役割を担う部品があった。
それは同じく時計の精度を左右する、心臓部とも呼べる重要な部品だった。
その名前は――
「テンプを作ればいいんです!」
【バルシュミット家の時計好き・エルナの小話③】
こんにちは。ツンフト制度にすっかり辟易しているエルナです。
今回は、そのツンフトについてお話ししたいと思います。
ツンフトとは、本編でも触れた通り、職人たちによる同業者組合です。
加入すれば、さまざまな特権を得られる一方で、ツンフトが定めた規則にも従わなければなりません。
基本的には、所属する職人たちの技術や既得権益を守るために活動しています。
ちなみに、ツンフトの中には階級もあります。
上から順に、親方、職人、徒弟。
私は、一番下の徒弟からのスタートです。
頑張って親方になり、早くジョセフ工房長のような立派な時計職人になりたいです。
それでは、次回のお話もよろしくお願いします。




