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012_整理整頓は大事です

 窓を開けて、空気を入れ替える。

 気持ちのいい風と新鮮な空気が入ってくる。

 カレン先輩は一階に戻ってしまった。


 ここにいるのは時計と私だけ。

 そして改めて部屋を見回す。

 

「まずは整理整頓をしないとですね」


 どこにどんな時計があるのか、これでは分からない。


「埃もどうにかしたいですが、まずは現状の確認です」


 近くにあった時計を一つ手に取ってみる。

 そして、次の時計にも手をつける。

 さらに次の時計にも手をつけて、気がついたことがある。


「もしかして、識別札がついてない?」


 保管されている時計たちには、どんな特徴があるのか、いつから保管されているのかといった情報が書かれている札が付いていなかった。

 前世の頃の時計店では年末に一度、棚卸し作業があった。

 棚卸し作業とは、記録簿上の時計の数や情報が、実際に保管されている時計の数や識別札の内容と合っているのかを確認する作業だ。


 重労働ではあるけれど、この作業をすることで時計店にある時計の現状を正しく把握することができるのだ。

 もしかしたら札が付いていないだけで、記録はされているかもしれない。

 もし記録簿が無いとなると、宝の地図も無いまま宝探しに行くようなものだ。


 手当たり次第に全ての時計を分解して、中身を確認していく必要が出てくる。

 まずはカレン先輩に確認だ。


◇◇◇


「無いわよ」


「……」


「エルナちゃん……今、女の子がしてはダメな顔をしちゃってるわよ」


「これからしなければならない作業を考えると、女の子を捨てる覚悟が必要かもしれません」


「あはは、確かにあの量を全て一人でやるのは無理だよね! まぁ、私も仕事が早く終わったら手伝えるから……ね?」


「作業自体はいいのですが……時計たちが私に意地悪をしてきまして」


「意地悪?」


「はい、届かない時計がありまして」


 ジャンプをしても手が掠りもしなかった。

 あれは屈辱です。


「あはは、確か台があったと思うから今度はそれを使ってね」


「とてつもなく重い時計もありました」


「ジョセフ工房長は力持ちだから! 大丈夫!」


 放置されていた時計たちだからか、反抗期なのだろう。

 これからはたくさん構って、仲良くなっていく必要がある。

 そのためには誰がどんな子なのか知りたかったが……記録簿がないというならしょうがない。


 私の手で少しずつ理解していくしかない。

 手のかかる子ほど可愛いともいうし、根気よくやっていこう。


「どうした、浮かない顔をして。初日からカレンにいじめられているのか?」


「いじめの原因を作ったのは、ジョセフ工房長ですよ。全く、なんで二階の時計たちの保管記録を全然書いてないんですか? 職務怠慢ですよ!」


「言い訳するつもりはないんだが……前の工房長から引き継いだ時からあんな様子で……伯爵に相談したら面白い子を紹介してくれるって言われてな」


 ジョセフ工房長は頭を掻いて、居心地が悪そうにしている。

 どうやら問題があるということは自覚していたらしい。

 倉庫の棚卸し作業は、期日と作業内容を明確に定めておかないと後回しになりがちだ。


 大切な作業ではあるが、日々の修理業務にはあまり影響はない。


「それで私が送られてきたと」


「そんな感じだ。でも俺だって、こんな小さな子が送られてくるなんて想定外だったんだ。伯爵もきっとウチの現状を完全に理解していたわけじゃなくて、倉庫の中の時計を自由に触らせていいと思ったから、エルナを寄越したんだと思うがな……申し訳ない」


「いえ、時計をいじれるだけでも最高の職場です! 気にしないでください!」


「そうか? でも重労働だからな……エルナ一人だときついだろ。ウチにももう一人、男手がいるんだが、あいにく今日は休みだ……」


「ジーク君っていってね、時計のこと以外には興味ゼロって感じの子よ!」


「ジークさんという方は、仲良くなれそうです」


 私の周りにいる男性とは、全く趣味が合わない。

 全員、変わった趣味を持っているから困ったものだ。


「今日は倉庫にあった時計を一つ、修理でもしてみたらどうだ」


「はい、そうします」


 姉様たちを呼んで手伝ってもらうのも良いかもしれない。

 記録簿への記入までは終わらせられなくても、せめて整理だけでも早めに終わらせたい。


◇◇◇


 私が二階から選んだのは、なんの変哲もない懐中時計だった。

 フィーリングだ。

 何も考えずに、この子を選んでいた。


 懐中時計のケースには、主に三つの種類がある。


 蓋が表と裏にあるハンターケース。

 蓋の中心に穴が空いており、閉じていても時刻の分かるハーフハンターケース。ナポレオンケースと呼ばれることもある。

 そして最後が、文字盤を覆う蓋がないオープンフェイス。


 私が選んだのは、ハンターケースの時計だ。

 表蓋に月と猫のレリーフが施されていて可愛らしい。

 ハンターケースは、狩人が激しく扱っても壊れないように、蓋がつけられたことに由来する。


 もしかしたらこの時計の前の持ち主も、狩りが趣味だったのかもしれない。

 私の周りで狩りが好きだと言うと、真っ先に思い浮かぶのはアル兄様だった。

 そういえば猫も好きだったような……いや、考えるのはやめよう。


 別に誰かのためにと思って選んだわけではないのだ。たまたま選んだモノがアル兄様にぴったりだったというだけだ。

 とにかく今はこの時計を直すことに集中しなければ。

 懐中時計を軽く拭き、裏蓋を確認する。


 どうやら、こじ開け式のようだ。

 ゼンマイを巻く、竜頭の少し横に小さな隙間がある。

 傷がつかないようにフィルムをのせて、オープナーと呼ばれる小さなヘラのような道具を差し込む。


 オープナーを倒す。

 そうすると、てこの原理で簡単に裏蓋が外れる。

 中にはムーブメントと呼ばれる、時間を刻むための機構が入っている。


 ネジを緩め、竜頭を抜く。

 ゆっくりとムーブメントをケースから取り除く。

 文字盤を上にして、ムーブメントクッションにそっと置く。

 

 次に、文字盤に傷をつけないようにフィルムを置いて針を抜き、文字盤を外す。

 剥き出しになったムーブメントをホルダーに載せたら、修理をするための下準備はお終い。

 

「やっぱり、時計を触ると落ち着きます」


 時計修理の工程には、一つとして無駄が無い。

 これほど時間を忘れて没頭できる作業を、私はほかに知らない。

 どれくらい保管されていたのか分からないが、ぱっと見た限り、壊れた部品は無さそうだ。


 サビも少なく、ムーブメントも綺麗状態を保っている。

 もしかしたら、この時計の故障は私には直せない部分に原因があるのかもしれない。


 ――つまり。


「魔石ですね」


 私はガックリと肩を落とすのだった。

【バルシュミット家の時計好き・エルナの小話②】


 こんにちは。やっと時計を修理できて、うきうきしているエルナです。

 今回は、懐中時計のケースについてお話ししたいと思います。

 懐中時計のケースの一つに、「ナポレオンケース」と呼ばれるものがあります。

 名前の由来には諸説あるそうですが、蓋を開ける時間すら惜しんだナポレオンが、

 蓋を開けずに時刻を確認できるよう、蓋の中心に穴を開けたことから、その名が付いたのだとか。

 蓋を開けるほんのわずかな時間さえ惜しむなんて、ナポレオンはよほど忙しい人だったのでしょう。

 私なら、蓋を開ける瞬間まで楽しみたいところです。

 もっとも、この世界にナポレオンはいないはずです。

 それなら、このケースはこちらでは何と呼ばれているのでしょう?

 今度、カレン先輩に聞いてみたいと思います。


 私もいつか面白いケースを発明して、「エルナケース」と呼ばれてみたいです。


 それでは、次のお話もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
> この世界にナポレオンはいないはずです これこれ!異世界のはずなのに現れるサンドウィッチと宝石アレクサンドライトやトルコ石……かといってこの世界独自の用語をつけると前提でめちゃくちゃ凝ってる世界観…
 一番最初の時計:完全機械式ストップウォッチ機能付きの腕時計、しかし修理しても修理             しても壊れる、諦めた。  二番目:ごくごく普通の機械式、ふと気が付くと文字盤が回転。どうやら…
なんとものほほんとした回ですね。 小話のナポレオンケースの蘊蓄は勉強になりました。 こういう蘊蓄があると私は嬉しいです。 ある程度長く続いて書籍化されたら、購入意欲が湧くと思います。 くれぐれも無理は…
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