011_私の仕事
「悪いが、うちの工房は腕のある新人を遊ばせておく余裕はない。なにせ職人が足りてない。初日からどんどん働いてもらうぞ」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「なんで激務を押し付けて感謝されてるんだ、俺……」
「エルナちゃんは、仕事が大好きなんですよ」
「いえ、仕事はそこまで好きではありません。時計が好きなんです」
「ここには時計に関わる仕事しか無いから、問題なしか」
「私の仕事もエルナちゃんにやってもらおうかな?」
「是非、お任せください!」
「これは本当に期待の新人ね! 私専属の時計職人にしてあげましょう! 取り分は四対六でどうかしら? もちろんエルナちゃんが六よ!」
「そんなことをしてると、新人に抜かされるぞ」
「いいんですよ! 私は私なりのペースで成長します。焦ってもいい結果は得られませんから!」
「他人に任せても、ご自身の腕は上がりませんよ?」
「あはは、それもそうだね、エルナちゃん! なら、ごめん。さっきの話は撤回、撤回! 気楽に楽しく進めていこーう!」
隣の作業台の前に座って笑っているカレン先輩を見る。
『気楽に楽しく』という言葉は、私に向けられたもののように感じられた。
前世の私はワーカーホリックのようなものだった。
お盆も年末年始も、ずっと休まず仕事をしていた。
小さいお店だったから、あまり忙しくは無かった。
だけど、私を気遣って止めてくれる人も居なかった。
もしかしたら、止めてくれた人も居たのかもしれない。
人の好意を素直に受け止められなかった。
エルナになって、変われたのだ。
周りの優しさに気付けるようになった気がする。
「気楽に進めていきたいと思います」
「では、気楽に休憩といきたいところだけど……エルナちゃんに任せる激務の説明をしないとね……」
カレン先輩は視線を上げた。
「二階に何かあるのですか?」
「うん、時計がたくさんあるよ……厄介なやつがいっぱいだけどね……まずは見てもらった方が早いか」
カレン先輩がジョセフ工房長に声をかけた。
鍵を受け取ると、私を二階へ案内してくれた。
「これは、宝の山ですか?」
「人によってはガラクタの山とも言えるみたいよ」
そこにあったのは、部屋を覆い尽くすほどの数の時計だった。
室内は照明魔石が灯っていないため、薄暗い。
窓の隙間から光が差し込み、埃が舞っているのが見える。
そして、その空間は時が止まったかのように静かだった。
「すべての時計が止まっているんですね……」
「ご明察の通り。私が来た時には、すでにこうなっていたわ」
「どうして直さないんですか?」
確かに古い時計ばかりだが、部品がすべてダメなわけではないはずだ。
見た感じ、状態がいいものも沢山ある。
「ここにある時計たちのほとんどは、修理を頼まれたものではないの……動かなくなった時計をウチが買い取ったのよ。ウチも商売だから、修理ばかりじゃなくて時計の買い替えも勧めているの。もちろん、中には修理を諦めたモノや、ジョセフ工房長や伯爵が旅をして集めてきたモノもあるわ」
時計を修理するのは、時間もお金もかかる。
下手をしたら、新品の時計を買うよりも高くなる場合だってあるのだ。
それならば、買い替えるという選択が出てくるのは普通のことだ。
「では、この子たちはずっとこのままなんですか?」
私の身長と同じくらいの置き時計が、部屋の隅にひっそりと置かれている。
壁掛け時計が棚の上に横になっている。それでは時間は分からない。
懐中時計が木箱の中にいくつも入っている。
そんな状態の時計たちを見て、何も思わないわけがなかった。
「さて、どうだろうね……エルナちゃんはどうしたい?」
質問を質問で返されてしまった。
でも、そう訊いてきたカレン先輩の笑顔は優しいものだった。
「私は、この子たちを直したいです。埃まみれの部屋から出して、みんなが時計を眺めてくれるような明るい部屋に置いてあげたいです」
「でも、修理してもお金は貰えないんだよ……払う人がいないからね……どうしようか?」
次の質問を口にしたカレン先輩は、少し意地悪そうな笑顔を浮かべていた。
咄嗟に『それでも構わない』と言いそうになった。
だけど、ハンナ姉様の言葉を思い出した。
『自分の仕事に見合った給金を受け取れるようになって、初めて一人前と言えるの。どれだけ腕がよくても、正当な対価を貰えないうちは、まだ趣味の延長よ』
趣味の延長でも構わないと思った。
でもそれでは一人前にはなれない。
なら、どうすればいいか……答えは私の中ですでに出ていた。
「私がここに置いてある時計を直して、下のお店で売るんです。そうすれば、利益にもなりますし、倉庫の整理もできます。私の給金をその利益から出していただければ、誰も損はしません!」
カレン先輩の目を真っ直ぐに見て答える。
すると、カレン先輩はまた優しい笑顔に戻った。
「流石エルナちゃん、合格よ! 『無給でもいいです』なんて言ったら、怒っちゃうところだったよ」
「少し前の私ならそう答えていました……でも、お姉様の言葉を思い出したんです」
「そっか、エルナちゃんには素敵なお姉ちゃんがいるんだね」
「はい、三人もいます!」
お父様以外は、素晴らしい家族だと胸を張って言えます。
「ちなみにだけど、エルナちゃん。直した時計が売れなくても、ちゃんと働いた分の給金は出るから安心してね。さっきジョセフ工房長が言ってたよ」
「ありがとうございます、精一杯頑張ります!」
「あと、もう一つ工房長から伝言があるよ。『二階にある時計とその部品は好きに使っていいぞ。なんなら新しい時計でも発明してくれ』だってさ。期待されてるね、エルナちゃん」
「新しい時計ですか……」
「珍しい時計もあるみたいだから、自由にやってみたら? もちろん困ったら私のことも頼ってね!」
改めて時計たちを見る。
やっぱり、ここにあるのはガラクタの山などでは決してない。
まだまだ磨けば光る原石たちだ。
日が高くなって、部屋が少し明るくなった。
前世は時計職人でしたけど、今世もまた時計職人になることができそうです。
まだ時計を買えない貧乏令嬢だけど。




