010_工房の人たちと自分の中の時計
投稿速度が下がってしまいすみません。
これからも頑張りますので、よろしくお願い致します。
工房内は懐かしい匂いに満ちていた。
前世の頃の記憶が、私にそう思わせるのだろう。
今世で、本格的な時計修理の工房に入るのは初めてだ。
表の売り場とは違い、作業効率だけを考えた机と引き出しの配置。
広めの作業台の上には、ピンセットやサイズの異なるネジ回し。
見慣れない道具もあるが、それはきっとこの世界独自の道具だ。
お客様には見せない場所だけど、とても綺麗に整頓されている。
この工房内を見れば分かってしまう。
ここで働いている人は、本当に時計が好きなのだ。
だってここには本気の物しかない。
デザイン性よりも、圧倒的な機能性。
時計を直すためだけの、それ以外は一切が排除されている場所。
なんて素敵なのだろう。
持ち主の大切な時計が、職人達の愛のある場所で直されるのだ。
それはきっと、誰にとっても嬉しいことのはず。
「エルナさん、こちらがジョセフさんです。ここの工房長です」
「なぁ、その工房長ってのはよしてくれ。要はここで一番の年寄りってことだろ?」
「いえいえ、ジョセフ工房長の腕があってこそですよ」
作業場から前へと視線を戻す。
そこには厚い胸板と硬そうな腕をした、やや日焼けしたマッチョが立っていた。
店員さんの説明が無ければ、時計店ではなく、鍛冶屋の工房長を真っ先に思い浮かべてしまいそうだ。
「初めまして、私はエルナ・バルシュミットと申します。今日からよろしくお願い致します」
「ほう、えらく若い奴がきたな。まぁ堅苦しい挨拶は抜きだ。伯爵様に認められたらしいが、俺が認めるかは別だ。この工房では時計が好きで腕のある奴しか要らない。言いたいこと分かるな?」
「はい、もちろんです。それと、技術よりも時計が好きかどうかの優先度が高いのですね」
「当たり前だ。時計が好きなやつは自ずと職人としての技術も上がる。その逆はなかなか無いからな。それに俺は時計が嫌いな奴とは働きたくない。要は俺が気に入るかどうかだな」
ニカッとまるで少年のような顔で笑う、ジョセフ工房長。
好きなことに熱中している人は歳を取らないという。
もしかしたら見た目以上に歳をとっているのかも知れない。
「なるほど、では私は何をすれば良いのでしょうか?」
「手を見せてみろ」
言われた通りに手を差し出す。
「爪は短く切り揃えられているな。利き手はどっちだ」
「右です」
「やわっこい手だな……あまり手を酷使してきたようには見えないな」
「こっちの世界では、そうだと思います」
「こっちの世界……?」
「なんでも無いです……」
危ない。思わず前世の事を言いそうになってしまった。
前世では、利き手である右手の人差し指や親指の腹がしっかりと硬くなっていた。
記憶とは違い、職人の手は引き継げていないわけで、知識と身体の経験値に差があるのだ。
でもそれは恥ずかしがることでも、悔しがることでもない。
私はエルナ・バルシュミットなのだ。
前の世界の私ではない。
私の時計職人としての経験は、今日から積み重ねていけばいいのだ。
「時計にあまり触れてこなかったのか?」
「貧乏なので」
「なるほどな……大体分かった。じゃあ、どうして時計が好きなのか話してみろ」
「なぜ時計が好きなのか……ですか?」
「理由が無いというならそれでもいい」
ジョセフ工房長は真っ直ぐ、私を見ている。
「ある人に教わったんです……時計は時間を教えてくれるだけのモノじゃないって。自分がその時、その時に生きていたことを証明してくれるモノなんだって……嬉しいことがあったらその時間を覚えておきたい。悲しいことがあったら早く過ぎて欲しいと思う。でも、その一瞬一瞬が積み重なって自分になるんです」
前世の祖母から教わった言葉。
小さい頃の私はおばあちゃん子で、よく遊んでもらったことを覚えている。
ある日、祖母が大事に持っていた懐中時計を見て何気なく、聞いたのだ。
『どうして時計って、同じ速さで進むの?』
柔らかく笑って答えてくれた。
『実は時間ってとても曖昧で、同じ一秒でもみんな感じ方が違うのよ。みんな自分の中に時計を持っていて、それぞれ違う時間を刻んでいるのよ』
『本当に?』
『本当よ。ほら私の時計を見てみなさい、遅れているでしょう?』
『本当だ、すごく遅れてる!』
『でもこれでいいのよ。私の中の時間はこれなの。私はこの時間で生きているの。この時計で私は、自分が生きていたっていうことを積み重ねていくの』
当時は知らなかったが、祖母が持っていた時計は戦争で亡くなった祖父のものだったのだ。
それが、戦争から帰ってきた唯一のモノだった。
ゼンマイを巻いても、時間を合わせてもなぜか遅れてしまう。
そんな時計だ。
でも、祖母にとっては祖父が刻んだ時間の進み方に感じられたのだろう。
その時計だから、ずれている時計だから。
きっと天国にいる祖父が感じている時間を、その時計を通して自分に教えているのだと。
祖母は祖父が感じている時間とともに歩みたかったのだ。
だからその時計をずっと使い続けた。
誰かとともに生きるということはそういうことなのかもしれない。
相手と自分の生きる時間を合わせること。
時計はそれを共有するための道具。
そういうものだと思うから、私はーー
「時計が大好きなんです」
すごく恥ずかしいことを話してしまったような気がする。
確かに私の偽らざる気持ちだけど、本音を……本気を話すのは勇気のいることだった。
「エルナ、お前なんか随分と大人っぽいことを言うんだな。同い年かと思うくらいの考え方だ」
「ジョセフ工房長は何歳ですか」
「五十八歳だ」
ドンピシャで同い年だった。
「私は十二歳です」
嘘はついていません。
「不思議な嬢ちゃんだ……だが気に入った! 今日からよろしく頼むぞエルナ」
手を差し出してくる。
どうやら認められたようだった。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
ゴツゴツした手だけど、優しい人の手だ。
肩に入っていた力が、吐く息とともに抜けていった。
そして、ここで働けることへの喜びが胸に広がる。
「ということだ。おーい、カレン! エルナにこの工房のルールを教えてやってくれ」
「あ、はーい。少々お待ちを!」
返ってきた返事は作業台の下から聞こえた。
椅子を押し除けて、お尻から這い出てくる。
「初めまして、カレンです! 十九歳のお姉さんだぞ! よろしくね、エルナちゃん」
赤い髪をサイドテールにまとめた、綺麗な人だった。
出会う場所がここでは無かったら、上級貴族の子女だと言われても不思議ではない。
だけど、その軽い挨拶と本人の持つ明るさで親しみやすさも感じた。
マルタ姉様と凄く気が合いそうだ。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
ぺこりと、お辞儀をする。
「かたいな〜、もっと軽くていいのよ。うい〜くらいで」
前言撤回します、父様の方が気が合うかもしれないです。
「善処します……ところで作業台の下で何をしてたんですか?」
「あー、あれね。実はストック用のネジを落としちゃって、絶賛捜索中なのよ。あっ? 手伝う? 手伝うよね!」
顔を近づけてきて、圧をかけてきた。
目が本気だ。
「お前、まだ探してたのか、昨日からだぞ」
「あんな小さいの見つからないですよ。砂漠で砂金を探すようなものですよ」
「見つけました」
「はぁ?」「えっ?」
「ですので、見つけました。たまたま足元にあったみたいで……」
「ジョセフ工房長! この子、逸材ですよ! 今一番、工房に必要な人です! 間違いないです!」
ネジ探しで褒められても嬉しくない。
「これは驚いた。早速大手柄だな」
二人は声をあげて笑っていた。
こうして私の銀の歯車での一日が始まるのであった。
【バルシュミット家の時計好き・エルナの小話】
初めまして、エルナです。
今回は私がマルタ姉様について紹介します。
バルシュミット家の長女で、とても優しいお姉様です。
ただ、その優しさを主に、恋愛方面でのお節介に使うところが玉に瑕です。
しかもご自分の恋愛には独特な感性をお持ちです。
自分が育てている花に好きな人の名前をつけるのです。しかも、枯らしていました。
「愛をたくさんあげたのに、なんでかしら〜」
「水をあげてください……マルタ姉様」
それではまた、次回の話をお楽しみください。




