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『その身体は、誰の魂で生きているのか』  作者: 紅玉道


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第一章:目覚め 後編

ザァァァ……

強まる雨音の中、俺たちはただ、揺れるランプの明かりを見つめていた。


俺は会話ができるようになった。シェリエールも少しずつ記憶を取り戻し始めている。

――それなのに、何も進まない。


「……そうだ、荷物」

ふと、拾っておいた革袋が目に入った。なんでこんな簡単なヒントを見逃していたのだろう。


「シェリエール、荷物、見てみよう。何か出てくるかもしれない」

その言葉に、弾かれたように彼女も顔を上げた。その表情には、少しの希望と、“なぜ今まで気づかなかったのか”という戸惑いが見て取れた。


シェリエールが魔法で光を灯し、俺はテーブルに袋の中身を並べていった。革袋は大きく、しっかりとした作りだ。中には保存食や金貨、乾燥させた薬草、蝋燭、包帯など、旅のための品々が詰め込まれていた。そして――一通の手紙と、白い水晶玉のようなもの。


「……これは」

シェリエールが手紙を手に取る。目を通すうちに、みるみる表情が変わっていく。

「グロー……」

その名前が、口から零れた瞬間――彼女の体が揺れる。呼吸も乱れ、その手から手紙が落ちる。


「おい!」

駆け寄る――が間に合わない。そのまま、崩れるように倒れた。


彼女をベッドに寝かせる。俺はベッドの脇に椅子を置き、腰掛けた。呼吸はある。だが、意識が戻らない。額には汗が滲み、表情は苦しげだ。何かと戦っているようだった。


「……グロー……」

その名前は、ただの名前ではない。そこには、強い感情が乗っていた。

「……いや……だめ……」

夢を見ているのだろう。悪い夢だ。さっき言っていた“とても悲しい出来事”だろうか。

あまりに苦しそうな顔を見て、少し迷う。起こすべきか、それとも。

「……」

手を伸ばし、そっと肩に触れる。

「シェリエール、起きろ」

軽く揺する――その瞬間、彼女の目が、開いた。


「っ――!」

息を呑む。その目は、恐怖に染まっていた。


「シェリエール!大丈夫か?」

声をかけた俺の顔を見た瞬間――抱きついてきた。迷いなく。しがみつくような、強い力だ。

「……っ」

言葉が出ない。シェリエールの腕の震えが伝わってくる。


「グロー……」

――違う。分かっているのに、喉を動かせなかった。ただ、受け止める。背中に手を回し、ゆっくりとさする。彼女の震えが、少しずつ収まっていく。呼吸も、落ち着いていく。

(……近い)

遅れて意識する。距離。体温。――触れているという実感。

「っ……!」

顔が、一気に熱くなる。

(いやいや、今それどころじゃないだろ!)

必死に自分に言い聞かせる。

(落ち着け……落ち着け俺……)

理性が必死に感情を押さえ込もうとしていた。


「……グロー……」

小さな声。

「……俺じゃ、ないんだよな」

ぽつりと漏らす。それでも。腕は離さなかった。


しばらくして。力がゆっくりと抜け、呼吸が落ち着く。そのまま、眠ってしまったようだ。

そして――思わず、天井を見上げた。

「……危なかった……」

外では、まだ雨が降っている。だが、小屋の中は、ただ静かだった。



眩しさに目を覚ますと、外はもう明るかった。雨も上がり、木々が雨露で輝いている。

どうやらあのまま寝てしまったらしい。

「シェリエール?」

彼女の姿が見えない。昨日のことが頭をよぎる。不安定になっていた彼女を思い出す。

「思い詰めてなければいいけど……」


嫌な予感を振り切るように、俺はドアを開けた。言い知れぬ不安が胸の中に広がる。

森へ駆け出そうとした、その瞬間――彼女は籠を持って現れた。

「あ……」


立ち止まり、なんだか気まずそうに顔を伏せる。どうすべきか。

何事もなかったように振る舞うのか、手でも振ってみるのか?そんな余裕は俺にはなかった。

「シェリ!どこに行ってたんだ?」

自分の言葉に内心驚く。親しげで、厚かましい。いつから俺は、彼女とこんな距離になったのだろう。シェリエールがいなくなるのが、無性に怖い。理由は分からない。

(昨日会ったばかりなのに……失いたくない、なんて)

俺は自分の感情に戸惑っていた。


「……樹の実を、採りに」

一瞬、俺の顔を見た彼女は、目を伏せながら消え入りそうな声で答える。

俺は恥ずかしくなった。勝手に心配して、勝手に焦って、責めるような言い方までして。

「……ごめん」

大変な目に遭い、記憶をなくし、それでも俺を気遣ってくれているシェリエール。俺は、彼女の顔をまともに見ることができなかった。嫌われたかもしれない。――それが、怖かった。


気まずさを抱えながら、二人はテーブルに着く。シェリエールは黙って樹の実を並べている。悔しかった。もっと、自分は大人だと思っていた。――それなのに。


「ユウ様。昨日は、大変……失礼を致しました」

シェリエールは、席に着くなり言い出した。視線をテーブルに落としたまま。

「気が動転し、あのようなことをしたこと、申し訳ございません」

彼女の事務的な言葉が、心を抉る。明らかに、距離を取られているのを感じた。

向かいに座る俺に視線を向け、シェリエールは顔を上げると静かに語り始めた。思い出した自分の使命。そしてあの時、何が起こったのかを。

「私は、集落で巫女をしていました。そして、十日ほど前、神託を授かりました」


ミスダクに、近く災厄が訪れると。ただ、その神託は曖昧だった。

いつ、どんな、どれほどの規模で――詳細は分からない。

まずは状況の確認と、ミスダクにあるエルフの集落へ調査の協力を仰ぐことが目的だった。

そして、シェリエールはグローとともにダーチを出た。


「グローは、私たちの集落の近くにある、ジュネスの村に住む青年です」

「人間の剣士で、私の護衛として同行をして頂いておりました」

グローのことを話すとき、シェリエールは少し俯いた。だがすぐに巫女の顔に戻る。


「順調にここまで来たところで、瘴気爆発が起こり、私たちはそれに巻き込まれました」

「ショウキ爆発?」

「瘴気爆発とは、局所的に瘴気が大量発生して起こる、風圧を伴う急速な拡散現象です。

瘴気とは……、心を壊す毒のようなものです」

思わず口にした疑問に、彼女は淡々と説明を続ける。

「革袋の白い宝珠。あれは……その瘴気を浄化するフィーア・イーナです」


「すみません……本題に戻ります」


爆発は、二度あった。一度目。爆発の直前、グローはシェリエールを庇う形で直撃を受けた。

シェリエールはすぐに駆け寄り、彼の状態を確認したが――


「……魂が、なかったのです」

その言葉は、あまりに重かった。彼の体はそこにあった。だが、中身がなかった。空っぽだった。シェリエールは、ほんの一瞬だけ視線を落とした。


直後、二度目の爆発が起きた。そのあと――彼女は目を覚ました。

目の前にいたのは、よく知っているはずの顔だった。だが――それはグローではなかった。


「あなたは、グローではない」

その言葉に、迷いはなかった。だが――。

「でも……」

言葉が続かない。感情が、追いついていない。


森は静まり返り、わずかな音だけが耳に残る。


やがて、意を決したようにシェリエールは告げた。

「私はこのまま、あの森の中の集落へ向かいます。ユウ様はこの小屋でお待ちください」

「なっ……」

一瞬、シェリエールが何を言ったのか、理解が追いつかなかった。

「先ほどお話しした通り、大きな危険を伴います。これ以上、巻き込むわけには参りません」

その瞳はまっすぐで、記憶とともに取り戻した、巫女としての覚悟が宿っていた。

「任務が終わりましたら、必ず迎えに戻ります」

言い終わると、立ち上がった彼女はそのまま杖を手に取る。

そして――迷いなく、小屋の外へ歩き出そうとした。


「待ってくれ!俺も……一緒に行く」

「いや……行かせてほしい」

それは願いに近い言葉だった。俺はシェリエールの目をまっすぐに見た。

「俺は、グローじゃない。それでも、今、ここにいる」

――今度こそ、彼女を守りたい。


一瞬の静寂。


彼女は、黙ったまま。まっすぐに見つめてくる。確かめるように。

息を吸う――そして。

「……ありがとうございます」

その言葉は、静かだった。だが、確かだった。


完全な受け入れではない。それでも、一歩踏み出せた気がした。



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