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『その身体は、誰の魂で生きているのか』  作者: 紅玉道


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第六章:邂逅 前編

意識が、ゆっくりと浮かび上がった。

目を開けると、視界に飛び込んできたのは、木の根が絡み合ったような天井。周りには俺を囲むように光の線が幾重にも走っている。

視線を動かすと、俺の顔を覗き込みながら何かを叫んでいる二人の女性エルフがいる。

「……ここは?」

だるい体を無理やり起こすと、祭壇らしきものが見える。二人は怖がっているような、何かを探るような、何とも言えない表情で俺を見ている。

そして、少し離れたところに一振りの剣が置かれていた。なぜだか、俺のものだとわかる。


記憶を辿る。村を出て、女性エルフと一緒にミスダクへ向かう。森の前で爆発――。

そこで途切れる。いや、目覚めて、スープを食べて森の中へ……。思考がまとまらない。


「ユウ! わかりますか?」

「ねえ大丈夫? まず深呼吸!」

(ユウ……。誰の名前だ?)

二人の声をぼんやり聞きながら、言われるがまま深呼吸する。


「アーリン、一旦家のベッドへ運びます。手伝ってください!」

「わかった。じゃあ私が風を呼ぶ!」

 二人のやり取りをぼんやり聞いていると、体が浮き上がった。

そのまま二人に運ばれるように宙を進む。

(なんだか、ふわふわして気持ちいいな……)

 俺の意識は、また沈んでいった。


目の前には何もない。明るいのか暗いのかもよくわからない。だが、そこに何かがいることは感じられた。俺と一緒に、この体を動かしていた存在。今は、崩れそうな気配。


「やっと、会えたな。いや、会っているのかわからないけど」

俺は、そっと声をかけた。だがその瞬間――。

「よろしくな」

それだけ聞こえて、そこにある感覚があっさりと消える。周りに何もなくなった。


「よろしくって、なんだよ」

その言葉は、別れとも出会いとも思えた。


「結局、俺はなんなんだ……」

途切れている記憶。だが、赤髪の男のことを少しだけ知っている気がした。もう一つ、知らない部屋でぱそこんを操作していた記憶も浮かぶ。……ぱそこん?


ひどく曖昧だ。どこから来たのかもわからない。俺はどうしたかったのだろう。

大切な人がいた。仕事がある。守らなくては。家に帰らないと。

無数の感情の欠片だけが、俺の周りに散らばっていた。手に取る。手放す。

そのたびに心が揺れる。戸惑う。苦しい……。


手が温かい。耳元で声がする。……そんな気がする。

「ユウ! 早く起きなさいよ!」

そう聞こえた。また、ユウと呼ばれた。……それが俺の名前なんだな。手が締め付けられる。痛いくらいだ。なんなんだよ……。せっかく静かにしていたのに。

「ユウ……。目を覚まして」

 まただ。さっきより静かな声。だが、今度は頬が痛い。まるで引っ叩かれたように。

「アーリンだな。まったく、すぐに手を出す……。シェリエールには甘えるくせに」

ドクンっ。

その名を思い浮かべたとたん、急に苦しくなった。ここから出ないといけない。でも動かそうにも体が言うことを聞かない。必死にもがく。周りの風景が輪郭を持ち始める。ぼんやりとした銀色の人型と、薄紫の人型。ゆっくりとはっきりしてくる。


思いきり名前を呼んだ。

「シェリエール! アーリン!」


名前を叫んだ瞬間、意識が覚醒した。目の前に、俺の顔を両手で挟んだアーリンの姿。仰向けの俺に馬乗りになっていた。脇には、両手で俺の手を握っているシェリエールがいた。ほんのわずかの間、三人とも、そのまま固まっていた。何か言おうとしたけど、言葉が出てこない。

 アーリンは慌てて俺から降り、シェリエールも手を離す。二人は気まずそうに、ベッドの脇へ座った。二人ともじっと俺の顔を見ている。

「あの、おはよう……ございます」

 絞り出した言葉がそれだった。


「ユウ……でしょうか?」

「ああ。どうしたんだ? 俺」

 儀式の途中で倒れてからの記憶がない。夢を見ていた気がするが、内容がさっぱりだ。

「もう! ずっとうなされてるから心配したじゃない!」

「そんなにか?」


 聞くと、儀式で倒れた俺は、ここに運ばれてからも苦しそうにうなされていたようだ。もう昼過ぎらしいから、半日くらい眠っていたことになる。おかげで今は少し落ち着いている。改めて二人には言っておかなければいけない。


「二人ともありがとう。俺、ユウだ。でも少しだけグローがいる……気がする」

言いながら、自分の胸に手を当てる。なぜそうしたか、自分でもわからない。


「記憶は、いかがですか? グローの記憶、ユウの記憶」

首を振る。シェリエールに聞かれたが、シェリエールと出会った時までしか遡れなかった。

「そうですか……」

シェリエールは少し目を伏せ、何か思い出したように聞いてきた。

「では、にほん? のことも思い出せませんでしたか?」

聞きなれない言葉だった。だが、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。

「にほん? ジュネスの村じゃなくて?」

 自分の言葉に何か引っかかる。シェリエールの顔が少し強張っている。

「にほん、って何?」

アーリンがシェリエールに聞く。その答えに、俺は冷や汗が止まらなかった。

「初めてユウと出会ったときに、『にほん、じゃないよな』と言っていました」


「やっぱり、混ざってるのかな? 意識はユウなんだけど、記憶が曖昧なんだ……」

 急に不安になった。ユウとして目を覚ましたつもりだったのに違うのかもしれない。

「ユウ、頭はすっきりしてる? 気分は? 記憶以外はどう?」

アーリンが巫女らしく聞いてくる。

「頭はすっきりしてるし、気分は悪くない……。記憶以外は大丈夫そうだ」

アーリンは大きく頷くと、俺とシェリエールの顔を交互に見ながら笑みをこぼす。

「もう今日は難しい話はおしまいっ!」

 そう言うと、俺とシェリエールの手を取る。

「気分転換に魚釣りに行こうよ! もう今日は調査とかできないし」

俺とシェリエールは顔を見合わせ、頷いた。


アーリンの父親の釣り竿を借りた。細長い木の枝に糸を巻き付けた簡素なものだ。

(コーヴァ? お父さんの名前かな)

竿に掘られた文字を読むことができた。耳だけじゃない。文字も自然に読める。……この世界が、自分の中に入り込んでいる気がした。


集落の外れの小川でしばらく糸を垂らした。釣果はいまいちだったが、それでも久しぶりに

のんびりした時間を過ごせた気がする。結局、俺は何者か、答えは出ないのかもしれない。   それでも――これは、自分で決めたことだ。


ユウという名の、少し記憶の欠けた人間。それが今の俺だった。――少なくとも、今は。


その日の夕飯は、少し豪勢だった。食卓にはいつもの果実に、釣り上げた小魚とスープが加わった。シェリエールとアーリンに聞くと、俺のお祝いだと言ってくれた。

(……うれしいな)

香草と一緒に蒸し焼きにされた魚は、とても美味しかった。

「どう、ユウ? 魚おいしい?」

調理したアーリンが得意顔で聞いてくる。

「うん。すごく美味しい。香草が魚の旨味を引き立ててる」

そう返した俺は、きっと満面の笑顔だっただろう。


 シェリエールのスープ。深い紫に白いキノコが浮かんでいる。

(色……)

「あの、色は少し変わっていますが……味はきっと大丈夫です!」

 にこやかなシェリエールに見られる中、俺はキノコを口に運んだ。 そして……。

「おいしい!」

 口に出したら怒られるが、正直、水色のスープの記憶がまだ尾を引いていた。

「よかった。アーリンに少しアドバイスを頂いたのです」

そう言ってシェリエールはアーリンと目を合わせ微笑んでいた。


夕飯を済ませ、明日の予定を立てることにした。

「まずは、長老様達へ今日の儀式の結果報告。そして、ゲオシア山の調査へ向かいます」

 シェリエールの言葉に俺とアーリンが頷く。瘴気が増えていると蛇が言っていた場所。間違いなく、また瘴霊は出るだろう。

「アーリン、この集落にフィーア・グラナはありますか?」

「うん。明日は私も持っていく。……もう、怖くない」

アーリンは力強く答えた。


その夜も、家の中は賑やかだった。でも、その賑やかさが今は心地よかった。もうそろそろ寝ようかという時、アーリンが急に黙り外に目をやった。

「どうしたんだ、アーリン?」

 返事はなく、視線も動かない。シェリエールも外に目をやり、同じように止まる。

「何か……、あったのか?」

「音が消えてる。静かすぎる」

 俺の問いにそう答えると、アーリンは家の外へ出ようとする。慌てて俺とシェリエールも追いかける。危険があるなら一人にするわけにはいかない。

「アーリン、俺たちも一緒に行く」

 俺は扉を開け、外へ出た。二人も続いて外へ。そして、そのまま固まった。

 

 俺たちがそこで見たものを、どう形容すればよいのだろう。

 真っ暗、とも違う。ただ、見えるものすべての輪郭がぼやけている。集落の一部には、闇そのものが固まったような塊があった。その周囲には、青白い亀裂が走っている。そして、見ている前で、何の前触れもなく消え去った。

あとに残ったのは、見慣れた集落の景色だけだった。


「今のは……空間が割れて……?」

 シェリエールもそれしか言葉が出ない。

「瘴気じゃ、ないのか?」

俺の問いに二人は首を振る。

「わかりません……」


胸がざわつき、俺はその亀裂から目を離せなかった。

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