幕間:悲劇の記憶
「危険だとは思わなかったのか? また繰り返されると」
人間に武器を渡す――その発想自体が、シェスヴァフには受け入れ難かった。
「我々が渡さずとも、奴らは自分たちで武器を作る。それに、人間との衝突を避けるために、お前があれだけ動いたのではないか」
シェスヴァフが作ったジュネスの村が、今は交流の窓口として機能している。
「ふん。お前のことだ。あれは象徴だ、などと言うかと思ったわ」
「武器はあくまで武器だ。使い手次第で、守る力にも凶器にもなる。それに、悲劇の象徴など、残す意味があるか?」
コワルバスの問いにシェスヴァフは即答する。
「残す必要がないからこそ、我々は武器を捨てた。エルフを狂わせた象徴としてな」
しばし二人は睨み合ったまま黙る。お互いにわかっている。
見ている先に大きな違いはないと。そこへ至る道が違うだけだと。
「二度とごめんだ……友を斬るなど」
コワルバスの小さな呟きに、シェスヴァフの目はかすかに揺らいでいた。
しばし終わりのない議論を交わしたのち、シェスヴァフが話題を変えた。
「空間のねじれ、とは何だ。過去の記録に何か残っていないか調べるか」
「確かに抽象的過ぎるな。それくらいしか出来ることはないだろう……」
コワルバスにも、思い当たることがなかった。
そして二人の話題は、もう一つの懸案へと移る。
「儀式はどうなると思う?」
シェスヴァフの視線は机に落ちている。コワルバスはかすかな笑みを浮かべながら返す。
「下を向くなどお前らしくない。何か問題が起これば対処するだけだ」
呆れたような顔でシェスヴァフが言う。
「シェリエールは、やはりお前の娘だな。さっきの顔は、そう決めている顔だったよ」
その言葉には答えることなく、コワルバスは一呼吸置き、シェスヴァフに質問で返す。
「俺からも一つ聞く。フィーア・アナムなら、時間はまだあるはずだ。なぜ、可能性が低いとわかる? エルフと人間の差か? だが、人間の魂をアナムに取り込んだものはいないはず」
空気が、少し張り詰めた。
今度はシェスヴァフが押し黙る。だがすぐにコワルバスに視線を向けて話し出した。
「……一度、取り込んだことがある」
コワルバスは黙ってシェスヴァフを見ている。
「取り込んで半日ほどだ。アナムから取り出した瞬間に、消えた……」
その目は後悔をたたえながらも、決して逃げていなかった。
「フィーア・アナムなら、アナムの三倍は長く保管できる。瘴気爆発から、今日で四日目」
コワルバスの言葉で、二人は同時に目を閉じ、しばし沈黙する。
「それでもすでに、時間切れか……」
コワルバスは独り言のようにつぶやく。そして。
「コワルバス、私はあの時……」
「それ以上は、今、必要のない情報だ」
何かを言おうとしたシェスヴァフを遮るように、言葉を被せる。
「問題は、魂が出るのか。そして、出た後どうなるかだ」
コワルバスはそう言うと、シェスヴァフに目をやり、すぐに視線を戻す。
「お前の昔話は、すべてが終わった後に聞く。他に、何かあるか?」
コワルバスの質問に、シェスヴァフの答えはシンプルだった。
「奇跡が起きるのか……見守るしかないだろう」
二人はそれ以上、言葉を続けなかった。
「ディリン、今の話だが……」
コワルバスは、部屋の隅に控えるディリンに声をかける。
「……はい。うたた寝をして、議事録が取れていませんでした」
ディリンは返事とともに、紙を一枚破り捨てた。
「すまないな」
それだけ答え、コワルバスは部屋を出ていこうと立ち上がる。
「ディリン、シェリエールから次の報告が来たらすぐに教えてくれ」
シェスヴァフもそれに続いて立ち上がる。
「かしこまりました」
そう言うと、ディリンは出ていく二人を静かに見送った。




