第五章:選択 後編
「おはよー!」
アーリンの元気な声が部屋に響く。寝覚めはいい。意外とよく眠れたようだ。
「準備が出来ましたら、長老たちへの報告に参りましょう」
シェリエールも、気持ちが固まったみたいだ。少なくとも、俺の見る限りは。
「シェリエール、アーリン。よろしく、頼むな」
昨日までの不安は薄れていた。剣を持つ。昨日までとは違うものに感じる。とても重い。
準備を早々に済ませ、俺たちは神木の祠へ向かった。
「おはようございます」
祠の中では、すでにダーチの長老たちとの通信が繋がっていた。映る姿は二人。コワルバスと、シェスヴァフだった。
「おはよう、シェリエール。何か進展はあったか?」
シェスヴァフが挨拶も早々に本題に入る。
「はい。昨日、再度蛇と接触できました。災厄については知らない様子でしたが、ゲオシア山の瘴気がここ数年増え続けていると。また同時期から空間のねじれを感じるそうです」
「また、おとといに続き瘴霊と遭遇。さらに、瘴気に侵された人間とも接触しました」
シェリエールが呼吸を整える。
「すでに手遅れの状態であったため、こちらのユウが……やむを得ず、無力化しました」
二人からの反応はない。ただ、シェリエールの報告にじっと耳を傾けている。
「ゲオシア山はここからおよそ一日。まずは近くまで行って様子を探ってみるつもりです」
一呼吸し、シェリエールが姿勢を正す。一度目を閉じると、しっかりと前を見据える。
そして、わずかに声を強めて続けた。
「ユウの魂ですが、グローの魂の欠片と混在しており、徐々に同化している状態です。そしてもう一つ、グローの剣にフィーア・アナムを確認。その中に魂が残っています」
「……ばかなっ」
シェスヴァフが声を上げる。驚きで目が見開かれている。
「なぜ、グローがフィーア・アナムを持っている!?」
「経緯は不明です。フィーア・アナムに感知妨害の細工がされており、確認が遅れました」
「コワルバス、知っていたな?」
シェリエールからの報告を聞き、シェスヴァフがコワルバスへ詰め寄っている。
「……何のことだ」
コワルバスは目を閉じたまま短く答える。
「今の報告の内容。お前が初耳なら反応しないわけがない。なら、知っていた」
コワルバスが目を開ける。だが、視線はまだ動かない。
「フィーア・アナムを人間が持っているわけないだろう。あれは我々エルフの中でも貴重な品だ。今の技術ではもう作れない」
シェスヴァフが続ける。
「もう一つ、そんな貴重なものを埋め込んだ剣など……あれしかないだろう」
コワルバスの方をじっと見たまま、言葉を重ねる。まるで質問ではなく、確認のようだ。
「ドーハスの剣……。お前がグローに渡していたのか? あれは五本とも破棄したはず。いや、それ以外の武器もすべて」
シェスヴァフは待つ。コワルバスの答えを。
「捨てたところで、過去がなくなるわけではない」
コワルバスはそう言うと、シェスヴァフへ視線を向け、話し始める。
「渡したのは、グローの祖先にあたる人間だ。百五十年前にな」
「なぜ、人間に? フィーア・アナムがあっても使えるわけもない」
シェスヴァフは怒るでもなく、ゆっくりと問いを続ける。
「あれは瘴気を斬れる。魔法を使えない人間には、それだけで貴重な対策になる」
コワルバスも感情を乗せず、静かに答える。
(やっぱり、特別な剣だったんだな、これ)
俺は改めて、剣に目をやる。経緯はよくわからないが、助かったのは事実だった。
「いずれにしても、私たちは――」
息を深く吸うシェリエール。
「これより、その魂を取り出し、グローの肉体へ戻す儀式を試みるつもりです」
沈黙が落ちる。
「な……。シェリエール、何を言っているのか、わかっているのか」
シェスヴァフも言葉が途切れ途切れになっている。
「そんなことをして、取り返しのつかないことになったらどうするつもりだ!」
「グローに戻るのか、そのユウという人間のままなのかもわからん。全く別の人格になるかもしれん。何より、その中の魂が無事である保証はない」
シェスヴァフはそこまで言うと、額に手を当てて下を向いた。
コワルバスが口を開く。
「もし、それがグローの魂でなければ、どうする?」
「その時は、私が天に送ります」
シェリエールに動揺はない。コワルバスの圧を真正面から受け止めている。
シェスヴァフが再びシェリエールに問いかける。
「中の魂は、残念だがすでに手遅れの可能性が高い。仮に取り出せても、今、無害なユウがそうではなくなるかもしれない。……リスクが高すぎる。それでも、やるのか?」
「もう、決めたから。……私たち」
アーリンが口を開いた。その言葉に、シェスヴァフの動きが止まる。そのままアーリンを見つめると、かすかに息を吐いた。
「シェスヴァフの言う通り、その選択の結末は災いかもしれん」
「……わかっているな?」
コワルバスの短い確認。
「……承知の上です」
シェリエールの言葉を聞いたコワルバスの視線が今度は俺を向く。低く強い問いかけ。
「ユウと言ったな。儀式をしなければ、少なくとも今のままだ」
俺の気持ちは決まっていた。
「ええ。でも、俺が何者なのか。それを儀式ではっきりさせたい」
コワルバスはそのまま何も言わなかった。
シェスヴァフは長く目を閉じる。
「……何かあったら、すぐに連絡しろ」
そして、諦めたように小さく息を吐いた。
「……お前たちに、任せる」
シェスヴァフはそう言い、コワルバスとともに姿を消した。
残された静かな祠の中。俺たちは、それでも前を向いていた。不思議と迷いはなかった。シェリエールも、アーリンも、――そして、俺も。
「それじゃあ、始めよう」
俺の言葉に頷く二人。とても、心強かった。
俺たちは早速準備に取り掛かった。と言っても、俺は待ってるだけなのだが。
「この儀式って、よくやるのか?」
アーリンは初めてだと言っていたが、巫女になってまだ日も浅いし、こういう機会自体ほとんどないのだろう。
「よく、はありません。アナムに魂を避難させるほど危険なことはまずありません」
何やら床に紋様を描きながらシェリエールが教えてくれる。
「私も巫女になって二十年ですが、二回だけです」
思ったよりも珍しい儀式だったことに驚いた。いや、魂を避難とか前提がよくわかっていなかったのだが……。
「まあ、ユウは安心して任せてよ。ちゃんとやり方はバッチリだから」
アーリンの言葉は軽いが、その目は真剣だ。何やら本を持ち出しブツブツ言っている。
何にしても、俺は二人に任せると決めた。開き直りではないが、そう思うことで少し気が楽になっていた。
それほど時間もかからず準備が整った。部屋の床一杯に光の線が描かれ、かすかな光を放っている。俺は魔法陣というのか、光の円の中心に立ち、剣を持つ。本来は、ここに魂が抜けたエルフを横たえ、アナムを体の上に置くらしい。
アーリンが俺の正面に立つ。
「始めるわよ、ユウ。準備はいい?」
「ああ。いつでも大丈夫だ」
シェリエールが、心配そうに声をかけてくれる。
「私たちも、どうなるかわかりません。グローが戻るのか、ユウのままなのか……」
シェリエールが目を閉じる。別人格になるのか、消えるのか――そこまでは、口にできなかったのかもしれない。
「わかってる。その上で決めたことだ」
今度はアーリン。
「後悔、しない?」
「……どうだろう。でも、儀式をしなかったら間違いなく後悔する。この気持ちが、俺のものなのか、グローの意志なのかわからないけど」
俺のその言葉に二人が静かに目を伏せる。今更だけど、俺より、二人の方が辛いのかもしれない。俺がネガティブになってる場合じゃなかった。
「シェリエール、アーリン。儀式が終わったら、肉食べたいな」
突然のことだったんだろう。二人は俺の顔を見て固まってしまった。
「……ちょっと! エルフの前で肉なんてバカじゃないの」
アーリンが呆れたように声を上げる。
「あの……、お魚でしたら、私たちも食べます。それでも良いですか?」
シェリエールが優しく提案してくれる。
(ほんの数日なのに、この二人といた時間がとても好きだ)
これは、誰でもない。俺の気持ちだと自信を持って言える。だから、失いたくない。
アーリンが目を閉じ、祈りの言葉を紡ぎ始める。シェリエールもアーリンの横で同じリズムで言葉を紡ぐ。その声に反応し、床の紋様の光が強くなっていく。剣に埋め込まれたフィーア・アナムも、呼応するように光り出した。
「行くよ、ユウ!」
アーリンの言葉とともに、一際部屋が明るくなる。――そして。
目の前には弱い輝きとともに漂う、白い光の塊。
(これが……魂か?)
今にも消えてしまいそうだ。
「アーリン! グローです。……間違いありません」
「入れるよ!」
シェリエールの声に応え、アーリンの手が何やら不思議な動きをする。
「ユウ!」
アーリンが掛け声とともに、俺に向かって光の塊を飛ばす。
「ぐっ」
何かが体に入り込む感覚がある。そして全身に広がる。目の前には見知らぬ景色。そして見知らぬ人たち。……いや、知らないはずなのに、知っている。
ドクンッ!
心臓が大きく鼓動を打ったと感じたその瞬間。目の前は真っ白になった。




