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『その身体は、誰の魂で生きているのか』  作者: 紅玉道


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第四章:再会 後編

森へ入ると、昨日と変わらず少し不気味なくらい静かだった。木々のざわめきや鳥の声は聞こえる。それでも……何かおかしかった。俺はなんとも言えない違和感を拭えなかった。


「ねえシェリエール。増援って誰が来るんだろう?別の巫女のひと?」

聞いても分からないと思いつつ、つい気になった。

「それに、シェリエールが来た時、十日くらいかかるって言ってなかった?」

「あのおっちゃん、数日なんて言ったけど」


「グローが一緒でしたから。エルフだけなら……半分ほどで来られると思います」

シェリエールは、少し得意げに答えた。

「さすがに、数日ということはないと思いますが……」


「へぇー。エルフって足も速いの?」

「何とぼけたこと言ってんの。森の精霊に助けてもらうに決まってるでしょ」

アーリンが割り込んでくる。

「そんなの、わかるかよ」

話しながら進むうちに、見覚えのある道に出た。


「アーリン、少し先に泉が湧いている場所がありますよね?わかりますか?」

「わかるよ、そこに行くの?」

「はい。昨日、私とユウさんが蛇と出会った場所です」

少しだけ、言葉から緊張が伝わる。


「そういえば……昨日も気になったんだけど、それって森の主のことかな」

アーリンが何気なく答える。

「知ってるのか?」

「この森に昔からいるらしいよ。でも、私も結構森をウロウロしてたけど、見たことないんだ」

「それに、会話出来るって話は、聞いたことない」


「昨日は、はっきりと語りかけてきました。……呑まれるだけだ、と」

シェリエールは言いながら視線を落とす。

「……瘴気に侵されそうになっていました。放っておけません」


「ふーん。じゃあ、泉の水飲みに来てたんだね。あの水、瘴気に効くから」

アーリンは合点がいったようだ。


(あいつ……まだ、いるだろうか)


目的の場所へ着くと、昨日と同じ風景が広がっていた。木漏れ日を受け咲き誇る花々、底が見えそうなほどの泉の水。――そして、とぐろを巻いて動かない蛇。


『……また来たか』

「……お休みのところ申し訳ありません。具合は、いかがですか?」

なんか、すごく普通に話してるな、シェリエール……。

アーリンは横で足を止め、蛇を見上げている。


『なんの用だ?……まだ、昨日のままか』

「私は、ダーチで巫女をしているシェリエールと申します」

蛇の正面に立ち、一歩踏み出す。

「私たちは、この地に災厄が訪れるという神託を受けてやって来ました」

蛇は黙ってシェリエールを見たまま、何も語らない。


「教えてください。何が起きているのか、起ころうとしているのか」

「あなたは、何を知っているのか」

シェリエールの声は、落ち着いていた。


『昨日も言った。お前たちに何ができる。大人しく受け入れろ』

蛇はさしたる関心もなさそうに目を閉じようとした。


「なによ、偉そうに!」

「そんなの、やってみなきゃわからないでしょ!」

突然響いたアーリンの声に、蛇は明らかに反応した。目を大きく開け、アーリンを刺すようにじっと見ている。


(おいおい、アーリン……)

焦る俺を横目に、アーリンは蛇を睨み返している。シェリエールも、さっきまでの落ち着きはどこへやら。視線が蛇とアーリンの間を行ったり来たりしている。


『……お前、名は?』

「ミスダクの巫女、アーリン」


『アーリン、では問う』

『お前は、何を成そうとしている?』

蛇の意識は、今、完全にアーリンに向いていた。


「集落のみんなを助ける」

「災厄も止める」

「瘴気も全部消す」

一息に言ったかと思うと、息を整え。

「あと、あんたの中に入り込んだ瘴気も、消す」


沈黙が場を支配した。


『随分と……“わがまま”だな』

その声音は、呆れとも、否定ともつかない――わずかに、和らいでいた。


(アーリン……。すごいな)

俺は、小さな背中を驚きと、少しの尊敬を抱えて見ていた。自分は、あそこまで強く何かを思ったことがあるだろうか。……いや、それ以前に。


今の俺は本当に、“自分の意思”で動いているのか――。


「私は……」

シェリエールは言葉を飲み込んだ。その呟きは、小さく、言い聞かせるような声だった。


『災厄については知らん』

蛇が三人に向かって、話し始めた。


『ただ、ゲオシア山……あそこから溢れる瘴気が、ここ数年、増え続けている』

『神隠しに関係しているかまでは分からないがな』

「ありがとう。取り敢えず、ゲオシア山調べてみる」

アーリンは、蛇に笑いながら返す。この胆力には、本当に驚かされる。


『魂の中に入り込んだ瘴気、本気で消せると思っているのか?』

蛇の問いに、アーリンはハッキリと答える。

「思ってる。今はまだだけど――いつか、必ず出来る」

その姿を見ているシェリエールは、どこか複雑そうな顔だった。

――それは、羨望にも、戸惑いにも見えた。


蛇の視線が、今度はシェリエールに向く。

『シェリエールと言ったか』

急に名前を呼ばれたシェリエールは、はっとしたように蛇を見た。

「はい」


『お前は、お前だ』

それだけ言うと、再び森の奥へと姿を消した。


「私は、私……?」

シェリエールは、独り言のようにつぶやき、その言葉をかみしめているようだった。


「何だったんだろうな、あの蛇の言葉」

俺もシェリエールと同様、あの言葉が気になっていた。

「ほんと、当たり前のことを偉そうにさ。ね、シェリエール」

「当たり前、のこと……」

シェリエールはさっきと同じように、今度はアーリンの言葉を繰り返す。

「どうしたの?そんな考えこんで?」

アーリンは、そんなシェリエールの様子を不思議そうに見ていたが、俺は何となくわかった。

いや、きっとアーリンみたいにできる人の方が少ないと思う。

俺は、俺。でも……今の俺は誰なんだろう。それを、これから確かめよう。

「さあ、戻ろうか?魂、視てくれるんだろ?」


「……あ、はい。では、森を少し見回りながら戻りましょう」

俺たちは、ぐるりと森を回って集落へ帰ることにした。

「なあ、アーリン。この森って、昔から瘴霊が出るのか?」

シェリエールも初めて見たと言っていた。だとすると、あれは珍しいのではないか。

「ううん。瘴気はあっても瘴霊は見たことない」

シェリエールが続ける。

「瘴霊は、自然発生する瘴気くらいでは生まれません。何か、原因があると思います」


普段はいないはずの瘴霊。瘴気に侵された森の主。嫌な予感しかしない。

(また、何か出るんじゃないだろうな……)

そんな俺の不安に応えるように、二人の巫女が同時に立ち止まる。

「……瘴気です」

シェリエールは言うと同時に、すでに杖に光を生み出し始めている。アーリンも隣で同じ光を放とうとしていた。


「瘴気は消えなさいっ」

アーリンの掛け声とともに、二人の光が黒を消し去っていく。見る間に瘴気は消えていく。

残ったのはシェリエールの安堵のため息と、アーリンの得意顔だった。


「まぁ、こんなもんよ。どう……」

言いかけたアーリンの視線が何かを捉えた。それは、俺ですら感じるほどの嫌悪感。昨日のことが頭に蘇る。三人が見据える先で、何かが“にじみ出る”。――重く、濁った“存在”。

「……だよな」


「……なに……これ……」

呟くアーリンの視線が、ゆっくりと揺れる。

「……来ます」

シェリエールの顔色が変わる。その声は、低く、張りつめていた。

「大したことないでしょ……こんなの」

強がるように、アーリンが言う。その気配は、じわじわと近づいてくる。


シェリエールが一歩前に出る。

「……下がってください」

その瞬間。“それら”が、姿を現した。人の形をしている。だが、人ではない。歪んだ輪郭。崩れた気配。まともに見てはいけない何か。


シェリエールは、震えるアーリンを背に庇うように前へ出ると、優しく声をかける。

「……アーリン。大丈夫、あなたは必ず、守ります」


「ユウさん!」

「ああ!シェリエール、援護頼む!」

俺は前に出た。昨日のように、シェリエールがあの光で抑えてくれればいけるはずだ。

光が瘴霊を包む。動きの鈍った目の前の一体を一閃。

――■■■!

気味の悪い音を残して崩れ落ちる。だが、その奥。木々の間にはまだまだ影が蠢いている。

(――まだ、奥にも何体かいる!)



アーリンは動けなかった。

――怖い。その感情がようやく形になる。小さな声が震える。

「……できるって……思ってたのに……助けられるって……」

目に、涙が滲む。視界の端で、ユウが前に出る。シェリエールも、それに続く。

(私が、やるって……思ったのに)

だが、足が動かない。怖い。知っているはずだった。対処法も、理屈も、歴史も。

それなのに。

(何も……できない……)

その時、ふと思い出す。幼い頃、何度も聞かされた話。――父の声。

「巫女はな、“分からないもの”と向き合う役目なんだ」

「知っていることだけで守れるほど、世界は優しくない」

知らないわけじゃない。分かっていたはずだ。

(私は……)



「ユウさん!後ろ!」

シェリエールの声で反射的に前に跳ぶ。背後に冷たい感覚が走る。

「助かった!」

フィーア・イーナはアーリンの家に置いたままだ。瘴霊の動きを止める光が昨日より弱い。それでも、シェリエールはアーリンを背に庇いながら、瘴霊を寄せ付けないようずっと光を放ち続けてくれている。


(やばいかな……)


「……私も、やる」

アーリンの声に振り返ると、杖を強く握りしめ、震える足に力を込めて踏み出す姿。

「アーリン?」

シェリエールもこちらを振り向く。

「……アーリン……」


アーリンは、前を見据えたまま言う。その声は、さっきよりもずっと低く、静かだった。

「できるかどうかじゃない。やるしかないでしょ」

「知らなくてもいい。それでも――止める!」

その瞬間。強い光が、揺らぎながらも広がった。それは確かに、“抗う力”だった。

瘴霊たちは、跡形もなく消え去っていた。


「アーリン!大丈夫ですか!?」

俺とシェリエールが駆け寄ると、アーリンはいつもの調子でこちらを見上げる。

「どう?見た?」

「ええ。すごい力でしたよ、アーリン」

シェリエールはそう言いながら、アーリンをよいしょと抱え上げた。

「ちょっ、シェリエール!何すんのよ」

焦るアーリンを、シェリエールは笑顔で優しく諭す。

「ですから、自分で歩けるように回復するまで、少し我慢してくださいね」

「……っ」

アーリンは、大人しくシェリエールに抱っこされることにしたようだ。

ちらりと見えたアーリンは、何かを我慢するように唇をかんでいた。


集落への帰り道、シェリエールに抱えられたままのアーリンが辺りを見回す。

「……人の声。争っている?」

俺には何も聞こえないが、シェリエールにも聞こえているようだ。

「はい。ここから、そう遠くはなさそうです。……行ってみましょう」

正直、あまり乗り気ではなかったが、不審なことを調べるために来たのだ。何より、シェリエールはアーリンを抱えたまま、すでに声がしたらしき方へ歩き出している。ほんの少し歩いたところで、俺にもはっきりと男の怒号らしき声が聞こえてきた。


「こいつは俺のもんだ!わかったか!」

木々の間から覗く男の背中。粗野な服装に見覚えのあるスキンヘッド。以前より肌がくすんでいるように見える。そして、男の周りに漂う黒い気配。笑い声とも奇声ともつかない、気持ちの悪い大声をあげている。

「あれ?あいつ。あの時の野盗……か?」

俺の言葉に、隣でシェリエールも頷いている。だが、その表情はさっき瘴霊と遭遇した時よりも強張っている。アーリンも同じような表情だ。

「どうした?」

そこまで警戒する相手でもないと思ったのだが、二人の反応が異常だ。

「――あいつ、やばい……」

そのアーリンの声が聞こえたのか、向こうもこちらに気づいたらしい。


「あ?」

振り向いたその顔には見覚えはある。だが、その目は黄色く濁り焦点が定まっていない。

「……完全に、瘴気に侵されてる」

「ええ。あそこまで汚染されれば、もう浄化することはできません」


「てめえ、あの時のガキかぁ?ちょうどいい。金と、その女よこせや!」

叫びながら向かってくる。俺は剣を抜き、男の剣を受け止める。男の濁った目は、俺を見ているはずなのに、まるで何も映っていないようだった。

「シェリエール、もう、こいつどうにもならないんだよな?」

「……はい!残念……ですが」

俺の問いに、後ろに下がりながら返す。その顔は悲しく苦しげだった。その間にも、男は執拗に斬りかかってくる。俺は隙を見て前蹴りを叩き込み、ひとまず距離を取る。


男を見つけた場所を見る。そこにはあの時の三人だろうか。すでに事切れた体が転がっていた。

どうやら、仲間割れでもしたらしい。

(これが……瘴気。仲間まで殺して。まともじゃない……)

――“異形になり果てる”。そう言っていたシェリエールの声が頭をよぎる。

「シェリエール、アーリンを連れて先に行ってくれ」

俺は覚悟を決めた。

「いえ!私たちなら大丈夫です!」

「なによ、カッコつけて!私だってもう大丈夫だから、一緒に戦うよ」

二人の言葉はありがたかったが、浄化できない以上、この男を解放する方法は一つしか思い浮かばなかった。再び向かってくる男を何とかいなしながら、シェリエールに伝える。


「……あんまり、アーリンに見せたくないしさ……」

そういうと俺は剣を握り、しっかりと構えなおした。せめて、一太刀で終わらせるよう。

それを見て、シェリエールは俺が何をしようとしたか察してくれたようだった。アーリンの顔を自分に引き寄せると動き出した。

「終わったら、呼んでください。ちゃんと聞こえますから」

そういうと、まだ何か言いたそうなアーリンを抱えてその場を離れて行った。


「でめぇぇぇ――!」

「……ごめん……」


ドッ。ドサッ。

二人の体が交差した直後、二つの音。そして男だったものが倒れる。急に静まり返る森の中。俺は、苦しまなかったことを祈るだけだった。

「これは?」

地面に転がる頭と体の間に、青い光を放つペンダントが落ちていた。俺はそれを拾い上げた。どう見ても男には似つかわしくない。シェリエールが探していたペンダントだろうか。

「こいつが拾ってくれていたのか」


この場から少し離れた場所に移動してシェリエールを呼ぶと、すぐ俺のところへ来てくれた。

ペンダントは、やはりシェリエールの探し物だったらしい。


今日は、これで帰ろうという俺の提案に、二人は何も言わず同意してくれた。そのまま無言で集落への道を歩く。アーリンも、何となく分かってくれたのだろうか。口数が少ない。


人を斬ったのに、俺の心は落ち着いていた。そして、それをおかしいと思う気持ちが薄れていることにも、驚かなかった。


自分の魂が、今どうなっているのか。知りたいような、知りたくないような。

俺は今、本当に“ユウ”なのだろうか。

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