幕間:if ― 二人の巫女(先代)
森の奥深く。エルフですら立ち入ることのない場所。
魂が一つ、そこにあった。ただの魂ではない。巫女のそれだった。
その前に、巨大な蛇が、静かに身を横たえる。
「……あんた、何やってんの?」
不躾な声。だが、その響きには、懐かしさが混じっている。
蛇の目が、ほんの少し細くなる。わずかな戸惑いが滲む。
「……ベレン、か」
「久しぶりだね、いつ以来?相変わらず、“私は知らない”って顔、してるわね」
軽い口調で話しかけてくる魂。
「うるさい」
蛇は、短く切り捨てる。だがその声は、どこか穏やかだった。
魂――ベレンは、笑うように揺れた。
「でさ、あんた、アーリンに会ったんでしょ?」
蛇――ナハールの瞳が、わずかに動く。わがままな、幼い巫女が脳裏に浮かぶ。
「……ああ」
「やっぱりね!どうだった?」
まるで身を乗り出すように、矢継ぎ早に言葉を重ねてくる。……変わらない。
「ちゃんと巫女やってた?素質は……まぁ、私が見たから大丈夫だろうけど」
「でもさ……あの子、……ちゃんと、選べてた?」
ナハールは、すぐには答えない。
「……ああ」
ただ一言。だがその言葉には、嘘がなかった。
ベレンは、嬉しそうに弾む。
「よかった……。もうさー、心配でさ。成仏できやしないのよ」
軽口。だが、その奥にあるものは重い。ナハールは、目を閉じる。
(……変わらんな。昔から……最後まで)
「……お前は、まだ、そこにいるつもりか」
低く、問う。
ベレンは、あっさりと笑う。
「当たり前でしょ?だって――終わってないもの」
「……あの時のまま、止まってるんだからさ」
「……あんただって、やれたでしょ?」
静かに、だが逃がさない一言。ナハールの瞳が、わずかに揺れる。それ以上は動かない。
「……続けたところで、何も戻りはしない」
淡々とした否定。だが、その奥にあるものを消しきれてはいない。
ベレンは少しだけ目を細める。何かを言いかけて――言葉を飲み込む。
「……そっか」
それ以上、踏み込まない。
「……長居はするな。ここは、お前の居場所じゃない」
ナハールが言う。淡々と。だが、少しだけ声が柔らかかった。
ベレンは、少し黙る。そして。
「わかってるよ。でもさ。ちょっとくらい、見ててもいいでしょ」
小さく、笑う。
「最後まで」
ナハールは、答えない。
――何かが起ころうとしている。
二人のエルフと一人の人間、そして魂。静かな森には似つかわしくないほどの来訪者があった。
人間を、エルフを、世界を見限り。それでもなぜ、自分はまだここにいるのか。
目の前の魂はすでにこの世にはいない。それでもなぜ、世界に執着しているのか。
ナハールは、それでも。ただ静かに――その魂を見ていた。
脳裏に浮かぶ、もう一人の“うるさかった”エルフの姿とともに。




