幕間:父ではなく、統治者として
まだ朝靄が残る集落を、シェスヴァフは一人歩いていた。何をするわけでもなく、ただ森の音や空気、気配を感じながら。
シェスヴァフは今、友を一人見送った。ミスダクの異変の対処に向かった友を。
「帰れよ、クーラマフ……」
ふと、ある記憶が脳裏をよぎる。それは、その友の娘を見送った日。
――その日も、同じ道をシェスヴァフは歩いていた。その先に、人影――フィンレイ。
「……珍しいな」
軽く声をかけると、フィンレイが振り返り、少しだけ笑う。
「長老様のほうこそ」
シェスヴァフは肩をすくめる。
「散歩だ。いつものな」
風が少しだけ吹く。フィンレイは、どこか落ち着かない。
「……行くのか」
問いは、あまりにも自然だった。フィンレイは、少しだけ驚く。
「……なんで分かるの?」
「顔に出てる」
シェスヴァフは、そう言うと前を向いたまま隣に並ぶ。フィンレイは歩きながら苦笑する。
「そんなに分かりやすい?」
「昔からな」
それ以上、何も言わない。フィンレイが、不思議そうに見る。
「止めないの?」
シェスヴァフは、少しだけ笑う。
「止めたら、やめるのか」
フィンレイは、すぐには答えない。そして、静かに首を振る。
「もう……決めたから」
「だろうな。……見送りはここまでだ」
集落の境界で二人は立ち止まる。フィンレイは、少しだけ寂しそうに笑う。
「……お父さんをよろしく。まだ、子離れできてないみたいだから」
「……わかっている」
「じゃあね」
フィンレイは振り返らず、そのまま歩き出す。ミスダクの集落へ向かって。
シェスヴァフは、呼び止めない。ただ、見ている。やがて、姿が見えなくなる。
今、改めてシェスヴァフは思う。
「守れるものは、守らねばならない」
クーラマフが長老になった頃、何度も声をかけられた。一緒に長老になれと。断った。自分は長老などになっていいエルフではない。そう思ったからだ。
――決して許されることのない罪。ただ、それを背負っていくことだけを考えていた。
アナムから取り出した瞬間、崩れるように消えたあの魂が頭から離れない。
だが、あの一言で考えを変えた。
――「長老という立場だからこそ、守れるものもあるはずだ」
シェスヴァフは静かに目を閉じる。
確かにそうだ。統治者とは、集落の全てを守るもの。それこそ、自分が集落に返せること。
クーラマフは集落を変えようとしていた。長老一人が慣例だったのに、三人での統治にした。何が悪かったのか、何があの悲劇を引き起こしてしまったのか。考えながら進もうとする彼を支えていくことを決めた。
自分は、もう“父親”ではない。だが――この集落に生きるすべてのエルフを守っていく。
異変に巻き込まれているであろうフィンレイも。その異変に向かっているシェリエールも。
長老として。




