第四章:再会 前編
二人が出てきたのを見て、俺は立ち上がった。
「……随分、長かったな」
いつの間にか日が暮れかけ、辺りは薄暗くなっていた。
「お待たせしました、ユウさん」
シェリエールは、ひとまず報告が終わった安堵か、少し表情が和らいでいた。
「俺たち、これからどうするんだ?」
「明日の朝、また指示するから今日は休めとのことです」
「あー、疲れた。早く家に帰ろうよ」
「アーリンの家、行っていいのか?」
俺の言葉に、アーリンはちらりとこちらを振り返り一言。
「別に嫌ならいいけど」
「……ありがとう」
(野宿しなくて助かった)
アーリンに案内され、中心部からやや離れた高台にある家に通された。
「二人とも、座って」
言われるがまま席につくと、アーリンがシェリエールの頭に手をかざす。
「……あの、アーリン?」
恐る恐る、という感じで声をかけるシェリエールに、アーリンは集中したまま答える。
「自覚してないけど、シェリエール。判断も感知も、弱まってるはずよ」
シェリエールは少し視線を落としたが、すぐに背筋を伸ばし目を閉じる。
「深くはない。まだ、何とかなる」
しばらくして、アーリンは手を離した。
「二、三日はゆっくりした方がいい。頭もスッキリしてくると思うわ」
「申し訳ありません。ありがとうございます」
シェリエールが頭を下げる。
「さて、次はあんただけど。――まず、何者?」
ド直球な問いだ。
「うーん、この身体はグローで、でも、俺は……ユウで」
「……グロー?」
そこで、俺たちはアーリンにまだ詳しい話をしていないことを思い出した。
俺とシェリエールは、ここまでの経緯を話した。
神託と、その調査のために来たこと。
瘴気爆発でグローの魂が消え、俺が中にいたこと。
この森でのことも。
アーリンは、時々難しそうなことをシェリエールに質問しながら、一通りの話を聞き終えた。
「……」
沈黙したあと、アーリンが口を開いた。
「やっぱり、あんたの魂は歪んでる。問題は、一つの器に二つの魂が混在していること」
その言葉にシェリエールが強く反応した。
「そんな……あり得ません……」
グローの魂は無かった。シェリエールはそう言った。でも今、そうじゃないと突きつけられる。
彼女の表情からは、何も読み取れなかった。ただ、握った手が小刻みに震えている。
「混在って言っても、一つは残渣ね。弾き飛ばされた魂の欠片が残ってるだけ」
アーリンは俺をただ見ている。
「今日は、あんたの瘴気を浄化だけする。そうしないと、視えにくいから」
そういうと、シェリエールの時と同じように、俺の頭に手をかざす。
「なあ、アーリン」
「なによ?」
俺はアーリンに聞いてみたいことがあった。
「アーリンはどうやって巫女になったんだ?誰でもなれるわけじゃないだろ?」
見た目は十歳くらいの少女だ。しかも前任者もいないのに、これだけ立派にやっている。
それがちょっと不思議だった。
「私のおばあちゃんが巫女だったの。お父さんから、すごい巫女だったって聞いた」
俺の浄化をしながら、ゆっくりと、少し誇らしそうに話してくれた。
「この娘はいい巫女になる、って言ってくれたみたいでさ。ずっとそのために勉強してたの」
素直にすごいと思った。才能があったのかもしれないけど、ちゃんと努力もしたんだ。
「アーリンってすごいんだな」
「――っ、ふん」
「シェリエール、しっかりしなさい」
アーリンが、まだショックから立ち直れていないシェリエールに静かに声をかける。
「ごめんなさい。私の力が弱まったばかりに……」
「もう!落ち込むのもおしまいっ」
「明日の朝、またあのおじいちゃんたちの話聞くんでしょ。寝たらスッキリするわ」
そういうと奥の部屋へ引っ込んでいった。どうやら、寝床を用意しているらしい。
(なんだ、やっぱりグローがいたのか)
俺は、深く考えていなかった。ただ、一つだけ気になった。
身体が勝手に動いていたことも、言葉がわかることも。……シェリエールが気になることも。
全部、“グローが中にいるから”なのか。
両親のものだろうか。きれいに整えられたベッドが三つ、準備されていた。シェリエールと会ってから三日目。怒涛の勢いで色んなことが起きて疲れていた俺は、すぐに眠れるはずだった。……だが、眠れなかった。
「だからっ、あの時はこう言えばよかったのよ!」
アーリンの声が、部屋に響く。元気だ。いや、元気すぎる。
「ねえ、聞いてる?」
「……聞いてる」
俺は、横になったまま答える。体は重い。それでも、眠気はなかなか来ない。
理由は一つ。……うるさい。
「シェリエールも!ちゃんと聞いてる?」
「ええ、聞いていますよ……でも、アーリンも休みませんか?」
少しだけ、優しい声音。
「大丈夫だって!私、全然平気だから!」
即答。
(……一番休んでないの、お前だろ)
心の中で突っ込む。さっきまで“休みなさい”と言っていたのは誰だったのか。
だが、それを口には出さない。
(しょうがないか)
アーリンが、なぜこんなに喋るのか。本当のところは分からない。ずっと一人でいて、久しぶりだからなのか。沈黙が落ちると――何かを思い出してしまうからなのか。
ふと、視線を横に向ける。シェリエールも、何も言わない。ただ、静かにアーリンの話を聞いている。止めない。いや、止められないのかもしれない。
やがて、アーリンの声も少しずつ途切れていく。
「……でね……それで……」
言葉が減り、間が増え――気がつけば、シェリエールの膝に頭を預けたまま、眠っていた。
(いつの間に、あんなに懐いたんだ?)
「……寝たか」
「ええ」
しばらく沈黙。今度は、自然な静けさだった。
「……明日から、いよいよだな」
誰に言うでもなく呟くと、ようやく眠りについた。
朝。外に出た瞬間、思わず息を呑んだ。この高台から見下ろした先に広がる光景は、どこか現実離れしていた。柔らかな光が、木々の間を抜けていた。静かで、穏やかで――まるで、時間が止まっているみたいだった。
「……綺麗だな」
ぽつりと漏れる。その言葉に、アーリンの表情がほんの一瞬だけ揺れた。だが――
「当たり前でしょ!ここ、私の集落なんだから」
すぐにいつもの調子に戻り、少しだけ、胸を張る。
「さ、行くわよ」
アーリンが、先に歩き出す。相変わらず元気だ。
(……こいつ、はしゃいでるのか?)
今日は、俺も一緒に話を聞かせてもらうことにした。何をするべきか、きちんと聞きたかった。
「繋がりました」
シェリエールの言葉とともに現れた影は一つ。コワルバスだけだった。
(あれ?この人……どこかで会った気がする)
俺は、妙な感覚を払うように頭を振る。
「おはようございます」
「変化は?」
挨拶への返答はなく、問いだけが返ってきた。
「昨夜は、アーリンの家に宿泊。異変は認められませんでした」
シェリエールはすでに、巫女としての顔になっていた。
「ふむ」
一言だけ返すと、すぐさま指示が始まった。必要なことだけを、ただ並べていく。
「今日から、お前たちにしてもらうことを伝える」
「一つ、瘴気の発生源の特定。可能な限り絞り込め」
「二つ、蛇との接触。何を知っているか聞き出せ」
「三つ、ユウとやらの魂の状態確認。不審なことがあればすぐ報告しろ」
「最後、増援が数日で行く。神隠しの調査、後の動きはその者の指示に従え」
「……以上だ」
「承知しました。途中の報告については、また明朝でよろしいでしょうか?」
「それで構わん」
今朝の報告は、それで終わった。
「よし、シェリエール、まずはどうする?」
「そうですね。まずは森を調査。あの蛇を探しながら、瘴気の濃い所を確認していきます」
そして、シェリエールは俺に向き直り、ゆっくりと告げる。
「夕方戻ったら……ユウさん、あなたの魂の状態を、アーリンに確認してもらいます」
「……わかった」
「じゃ、さっそく行こっか」
アーリンが、元気に先陣を切って歩き出す。
「え、アーリンも来てくれるのか?」
俺の問いに、当たり前のように答える。
「当然でしょ。シェリエールはまだ頼りないし、ユウは信用できないし。ちゃんと見てないと」
「でも、アーリン。危険が伴います。その……」
シェリエールが途中で言葉に詰まる。
「シェリエール……?まさか、私が子供だからって置いていこうとしてる?」
「い、いえ。アーリンの力は分かっています」
「でも、本当に危険です。昨日、瘴霊に襲われました。今日だって、その可能性はあります」
今度は、しっかりとした言葉で伝える。
アーリンもシェリエールを見据え、宣言する。
「ここは、私の集落。森のことだってわかる。なにより……私はミスダクの巫女なの」
「瘴霊だって、見たことはないけど……。でも、ちゃんとどんなものかは知ってる」
こちらは全く引く気配はない。
(これは、ダメって言っても、ついてくるだろうな……)
「わかった……。アーリン、案内頼むよ。その代わり、あんまり突っ走るなよ」
「は? あんたが指図しないでくれる?」
そう言うとさっさと歩き始める。俺も慌てて追いかける。
「おい、だから勝手に行くなって。みんなで一緒に行くから」
「じゃあ、早く付いておいでよ。ほら、シェリエールも!」
シェリエールもわずかに頬を緩め、その後を追う。




