第9章2 世界を越えて
「こんにちは」
私は久しぶりに商業ギルドを訪れた。
火トカゲ事件以降、なかなか足が向かなかったのは、あんな目に遭ったのだから仕方がない。
火を被ったのは本当に怖かった。今も崩れた小屋の側には近寄れない。
少し遠回りになるけれど、反対側の道を通って石造りの建物の前に辿りついた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
「いつもの預け入れです」
受付の人にそう伝えると、木の板で仕切られたブースが並んでいる部屋に通された。
今日は誰も客がおらず、しんとしている。
真っ直ぐ、皺ひとつない服装の男性が座ってる席へ向かうと、頭をひとつ下げて腰を下ろした。
「よろしくお願いします」
「いつもありがとうございます。どうぞお掛けになって下さい」
勝手知ったるなんとやらで、私は魔法カードを取り出して渡す。
「本日は少ないのですが、これだけを」
そう言って財布の中から200Gを取り出した。
本当に微々たる額だ。これは毎日とまり木亭で働いて得たものだった。
住み込みで食事まで出ている上に、お給金までもらえるのだから、とてもありがたい。
まとまった額になるまで貯めようかと考えたけれど、どうせ投資するなら少しでも早い方がいい。
「かしこまりました。ご確認をお願いします」
男性が操作をすると、情報が光となって現れた。
虹色の光が舞い、金色の文字となって、預けたお金がすぐさま反映される。
私はそれをチェックしようと顔を近づけ、数字を目にして固まった。
「これ、は……?」
私は画面を前にして、ヒュッと息を飲んだ。
積み立てられた金額が全く違う。
今入れたお金は合っている。けれど、元本が大きく跳ね上がっている。
真珠を換金して入れた金額のほぼ倍だ。どうしてこんなことが起きたのか。
なにかの間違い? 他人の情報が表示されている?
そんなはずは……。
「どうかされましたか」
私の様子を不審に思ったのか、声が掛かる。
言葉にならず、文字を指でさすと、彼も状態がおかしいのに気づいたようだ。
数字がグラフに切り替わる。そして元本が大きく増えた日付を確認し、詳細情報を映した。
「わかりました。『証券会社の世界分散型投資信託』というものから、世界分散~ワールド~へ、自動的に移されています」
私は目を見開いた。
そうだ、これは『移管』だ。
元の世界で積み立てていたあの商品が、そのままこちらへ渡ってきた。
一人暮らしをしながら、少ない給料の中、コツコツ銀行に貯蓄していた。
数年前に投資信託を知ってからはそちらに移して、毎月少しずつ積み立てていた。
いつ契約を切られてしまうかわからない派遣社員。
続けられたとしても、退職金も何もない。
それ以前に病気や怪我で働けなくなったら、そこで終わりだ。
だから、少しでも増えて欲しいと身を切りながら節約して、積み立ててきた。
毎日前日の残りのおかずと冷凍ご飯を持ち込んで、事務所の片隅でお昼ご飯を食べていた。
それが、こんな形で再会するなんて!
胸に熱いものがこみ上げてくる。
私は顔を手で覆い、嗚咽を漏らしながらその場に突っ伏してしまった。
「どうされました、お客さま」
担当者は狼狽している。
突然客が泣き出したのだ。それも仕方がないだろう。
席を立ち、布とコップに汲んだ水を持ってくると、そっとテーブルの上に置いた。
「ありがとうございます」
そう言いながらまだ鼻をすすっている私に、ごゆっくり、落ち着かれたらお声掛けくださいと言葉を置いて、奥へ姿を消した。
この世界にやって来て、怖い思いもしたけれど、報われることもあると知った。
あの頃の私が、よく頑張ったねと褒めている。
そう、感じた。
商業ギルドを出ると、爽やかな風が吹いている。
青い空を、うっすらと輪のある白い月が飾っていた。
心強い味方を得て、もう大丈夫だ、私はここでやっていけると、信じることがようやくできる。
足取りとともに、心まで軽くなっていた。
この世界での暮らしが、ゆっくりと形になっていく気が、した。
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