第8章3 揺れる心、静かな光
真珠は箱の中で跳ねている。
光をまとってコロコロと転がるさまは、美しいドレスで着飾った令嬢たちが踊っているようだ。
心の奥で決心がまだ揺れ動いている。
それでも、そのままじっと箱の中の真珠を見つめていた。
私が真珠と、焦げた財布に貼り付いていた魔法カードを差し出すと、すぐさまそれは、投資の数字に姿を変えた。
めまいがするほどの金額が投じられる。一括投資の額に足がすくむ。
財布を握る手が震えた。
こんな大金を一度に動かすなんて、初めてだ。
その途端、資金のグラフが跳ね上がった。
真っ暗闇の宇宙に放り出されたような感覚に陥った。手を伸ばしても、指に触れる物は何もない。
「これで……」
後戻りはもうできない。
「かおりさま」
現実に引き戻すような落ち着いた声に、私はぱっちりと目を開けた。
「クロードさま、今日は本当にありがとうございました」
そう言いながら頭を下げる。
彼は命の恩人だ。
火トカゲから助けてくれた彼は、まさに私の英雄だった。
「いえ。礼を受けるようなことではありません。……あなたが無事で、それだけで十分です」
そう言って立ち上がる。
「今日は……本当に危険な目に遭われました。そちらの服をお使いください。このまま一人でお帰しするわけには参りません。家までアークに送らせます。念のため、怪我がないかもご確認ください」
「かおり! 大丈夫だったか」
階段を降り、商業ギルドの受付へと行くと、アークがそこで待っていた。
彼の顔を見た瞬間、張り詰めていた体から、すっと力が抜けた。
外に目をやると、鍋は片付けられ、半分焼けた小屋には覆いがされている。もうあの騒ぎはどこにもなく、ただ人々が足早に通り過ぎていた。
「ええ、怪我もなかったわ」
「よかった! 服が燃えてたからすごく心配したんだ」
そう言って、目元を袖で拭っている。
本当にいい子だ。彼に怪我がなかったことに、胸をなで下ろした。
「送ってくれるんですって?」
「ああ! まだ本調子じゃないだろうし、怖いだろう?」
「そうね」
また火トカゲのような魔物が影から現れたら――考えただけでぞっとする。
私たちは二人仲良く並んで商業ギルドを後にした。
石畳の道を歩いていると、ところどころに瓦礫が散らばっている。
片付けの人たちが忙しなく働いていた。
「ねぇアーク。また休みの日には市場に一緒に行ってくれる?」
「もちろん! 先輩たちにいろいろ教えてもらったから、もっとお得な情報を伝えられるぜ」
そう言って胸を張る。彼もあの職場で大きく成長したのだろう。
お給金の中から少しずつワールドに投資している、妹が大人になって独り立ちするときに、自分みたいに困らないよう渡すんだと、楽しそうに話す背中が、少し大人びて見えた。
「かおり! 火トカゲに襲われたんだって? 怪我はないのかい? 大変だったねぇ」
とまり木亭に戻ると、すぐにサラが飛んできた。
「はい、おかげさまでこの通り。こちらも何事もなかったようで、よかったです」
「あんた、髪の毛が縮れてるよ。後で切り揃えてあげよう。……本当に危なかったんだね」
サラの声が震えているのに気づき、申し訳なく思った。
ダンやシド、リサも出てきて、ほっとした様子だ。
ようやく、地に足が着いた気がした。
部屋に戻り、服を脱いで確認をしてみたけれど、煤で汚れている他はなんともない。
あの炎の中にいたとは思えないほど、肌は無傷だった。
「あ……数珠」
シュシュは焼けていたので捨ててきた。けれど、珊瑚の数珠は汚れもなく穏やかに光を返している。
私は服を羽織り、ベッドに腰を下ろした。
暖かなぬくもりを感じる。それは体中に広がって、私の中を満たしている。
「あなたが助けてくれたの?」
私はそう問いかけた。
あの状況では、ひどい火傷を負っていてもおかしくない。
それが――。
ありがとう、と言葉にならない思いが胸の中に広がる。
数珠はただ静かに光っていた。
どういたしましてと微笑んでいるようだった。
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