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第8章1 焼け跡の輝き

 ぼんやりと、黒い天井が目に入る。

 目の片隅には豪華なシャンデリアが映り込んでいた。

 夢の中にいるような美しさなのに、焼け焦げたにおいが、妙に生々しい。


「ここは……」

 確か、アークにお弁当を渡すために、商業ギルドへやって来た。

 そこへ魔物が現れて、私は炎に包まれた。


「アークは?」

 ガバリと勢いをつけて起き上がる。

 そこでようやく立派なソファに寝かされていたのに気がついた。


「気がつかれましたか」

 背後から言葉が掛けられた。

 声がした方を見ると、クロードが穏やかな顔をして、椅子に座っている。

「ここは商業ギルドの応接室です。あなたが倒れていた場所からこちらへ運びました」

「……私、どうしたんでしょう。アークは無事ですか」

 クロードは目を細め、口を開く。

「彼なら大丈夫です。今は職務に戻り、皆と共に後片付けをしています。あなたは――」


 火に包まれていました。


 非常に危ないところでしたが、すんでの所で間に合ったのです。


 そうクロードは静かに告げた。


「よかった……」

 私はホッと胸をなで下ろした。

 あんな若い子が、怪我でもしたら取り返しがつかない。彼の輝かしい未来が閉ざされなくて、本当によかった。


「お体は、大丈夫ですか?」

 そう言われて、初めて自分の姿を見回した。

 プンと焼けた臭いが鼻をかすめる。体の上に布が掛けられていた。そっと持ち上げて中を覗くと、服が真っ黒だ。

 特にスカートなどは焼け焦げて、大きな穴が空いている。

 恥ずかしくないよう、誰かが布を被せてくれたらしい。

 

 手を開いたり閉じたりした後、足も動かしてみた。不思議とどこにも痛みはない。

 指先に熱を感じていたはずなのに、火傷も怪我もしていなかった。

 服がこれほど焼けているのに、髪が少し焦げたぐらいで済んだのが不思議だ。


「はい。怪我もないようです。お気遣いありがとうございます。――あ」

 髪がチリチリに縮れていた。手も汚れている。服も髪もめちゃくちゃだ。きっと顔も真っ黒だろう。

 自分がひどい姿をしていることに、今さらながら気がついた。


 礼儀正しい紳士の前なのに――。

 顔を覆いたくなるほど恥ずかしくなって、思わず視線を落とした。


 私の反応を見て、まるで幼子に声を掛けるように「大丈夫ですよ。怖かったでしょう」と言った。

 落ち着いた声の、なだめるような言葉だ。

 彼は立ち上がり、水差しからコップに水を汲んで、私に差し出す。

 ありがたく受け取ってひとくち飲むと、冷たい水が乾いた喉を潤した。


「火トカゲは、全て退治されました。あの後、メルナドに残っていた騎士たちがやって来て、全て探し出し倒していった。安心してください」


 よかった。もう誰も傷つかない。

 宿に残っているサラたちも、きっと無事だろう。


 ようやく余裕が戻り、忙しいクロードに気遣いの言葉を掛けようと口を開いたとき、ギクリとした。

 彼の端正な顔を眺め、サァと血の気が引く。忘れもしない、彼と初めて会った時に交わした言葉。

 その手に渡した最初のものは――。


「ば、バッグ、は……」


 慌てて体をまさぐった。

 腰の硬い物に指先がコツンと当たる。肩から斜めに身につけていたショルダーバッグだ。革でできた薄い物で、財布などが入っている。

 それが、見るも無惨な姿になっていた。

 黒く焼け焦げ、縮み上がり、カチカチに固まっている。


「あ……」


 凄まじい熱が加わったのだろう。服と同じく焼けてしまった。


「うそ……」


 みるみるうちに涙があふれ、頬を伝った。私は声にならない嗚咽を漏らす。


「どうされました。かおりさま」

 急に泣き出した私に、彼は慌てた。

「真珠が――真珠のネックレスが入っていたんです。バッグの中に」

 真珠はとても熱に弱い。火にあぶられたら脆く崩れてしまう。バッグがこんなひどい状態なのだ。形をとどめていたとしても、もう宝石としての価値はないだろう。


 あれは、この世界で生きていくための、たった一つの拠り所だったのに。

 ネックレスさえあれば、一粒ずつ売れば、なんとかなる。どこへ行ってもやり直せる。

 そう思って、まるで御守りのように心の支えにしていた。

 

 どうしてもっと早く決断できなかったのだろう。

 こんなことになるなら、最初から全部お金に換えて投資してしまえばよかった。慎重になりすぎて、少しずつ換金していたのが仇になった。

 もう、頼れるものは、何もない――。


 私は震える手で、焼けたバッグを抱きしめた。


 クロードは少し考えるように顎に手を当てた。そして項垂れる私を見て静かに口を開く。

 

「ポケットを見てごらんなさい」


 彼は何を言っているのだろう。確かに、この服にはポケットがついている。でも、ハンカチぐらいしか入れていない。


 真摯な眼差しで見つめられ、私は素直に従った。

 ポケットに手を入れると、ハンカチと共に何かが触れる。

「えっ――守り袋?」

 それを取り出して、体の上で逆さにする。

 中から輝きをまとった真珠が姿を現した。


「どうして――バッグに入れていたのに」

 記憶違いではない。今朝もいつもと同じ場所に入っていた。


「守り袋は盗難避けだけではありません。今回のように、価値が失われそうな事態になると、持ち主の側に移動するのです」


 真珠は窓から落ちる日の光を浴びて、誇らしげに輝いている。

 災難を乗り越え、再び私の前に現れたその姿は、とても気高く美しかった。


 真珠を掲げ、陽に透かして喜んでいる私に、思いもよらぬ言葉が掛けられる。

「かおりさま、今です」

 クロードは深く息を吸い、真っ直ぐに私を見た。


「今、投資をしてください」


 何事が起きたのかと、目を見開いて固まっている私に向かって、言葉を重ねる。

「オルグレンの穀物地帯は壊滅の危機に陥り、それと共にほぼ全ての銘柄も暴落しています」


 私はハッと顔を上げた。

 金融危機――恐慌だ!

 本やニュースでしか見たことのない言葉が、現実のものとして胸にのしかかる。


「――今が、最大の好機です」

 クロードの言葉が、胸に鋭く入り込んだ。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

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