表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/38

第7章5 メルナドの危機

 一方こちらはメルナドの街だった。

 私はほぐした魚の身に味を付け、野菜と一緒に包むトルティーヤを作って、バッグに詰める。

「ちょっとアークにお弁当を届けてきます」

 あれから品不足がますますひどくなった。

 きっとアークもお腹を空かせているに違いない。


「気をつけておくれよ。かなり治安が悪くなってる」

「はいっ!」

 サラの注意をありがたく受け止め、私はとまり木亭を後にする。

 確かに食料品店は戸を固く閉ざし、人々は足早に歩いていた。狭い路地の奥では言い争いも起こっている。

 駆け抜けるようにして、商業ギルドへと急いだ。


「押さないでください! スープはまだ十分にあります」

 ギルド前は、大勢の群衆でごった返していた。

 配給の列に並ぶ人々が、我先にと手にした深皿を差し出している。


 その騒ぎの中、大鍋の下で薪の火が不自然にゆらり、と揺れた。


「香織、こっちこっち」

「アーク! 無事だったのね。ご飯は食べてるの」

 先輩のお下がりだろうか、少し色あせたギルドの制服を身につけ、列の整理に当たる彼は、意外なほど元気そうだった。

「うん、寮で最低限の食事は出るからね。かなり少なくなったけど」

 商業ギルドの手伝いという、食べ物を手に入れやすいはずの彼ですら満足に食べられないということは、街の状態は私の想像以上に悪化しているのだろう。

 私たちは人並みを避け、小屋の脇の目立たない場所に移動した。


「これ、差し入れよ」

「食べ物? うわぁありがとう」

 包みを受け取るアークは、少年らしい無邪気な笑顔だ。

 彼の顔を見ていると、私も少し嬉しくなる。

 その時、左手のシュシュに隠された珊瑚の数珠が、危険を知らせるように激しく光を放った。


「キャア!」

 悲鳴のした方を振り返ると、既に火の手が上がっている。

 スープの入った大鍋はひっくり返り、のそりと、巨大な影が炎の中から姿を現す。

「うそっ? 火トカゲ!」

「え……」

 火がくべられていた場所に、巨大なトカゲが出現していた。


 ――大きい。


 以前見たことのあるコモドオオトカゲより、一回りは大きい。

 それが目を瞬かせ、ゆっくりとこちらを見る。

 魔物は頭を持ち上げ体を反らせ、私に狙いを定めて――火を噴いた!


「うわっ」

「キャア!」

 背後の小屋が燃え上がる。

 火トカゲは、笑うように尾を地面に叩きつけていた。


「火が――」

 炎が広がり、小屋の屋根が崩れ落ちる。

 逃げ場を失った私に向かって火トカゲはもう一度、火を放った。


 燃える……燃えてしまう!


 手の先が痛い。髪が焦げる嫌な臭いが鼻を突く。

 チリチリと耳元で髪が燃える音がする。

 スカートに火がつき、私は紅蓮の炎に包まれた。


「かおり!」

 鋭い声が飛んだ。

 クロードがこちらに向かって走って来る。

 ぐらり、と視界が傾いた。熱さでもう、立っていられない。


 熱い、熱い、熱い!


 私は地面に倒れ込んだ。

 意識が遠のく中で、絶望が胸をよぎる。

 もうダメだ――煙が喉に入り込み、声も出せない。

 私はこんなところで死んでしまうのか。

 念願だった、遠い、どこか。――異世界にまで、やって来たのに!


 炎の向こうで、影が揺れた。

 次の瞬間、氷のように冷たい光が走った。

 

「氷結!」


 空気が、凍った。


 クロードの手が踏み込みざまに突き出されている。

 バンと乾いた音がして、周りを包んでいた炎が一気に白く変色した。

 燃え上がっていたスカートの裾は瞬時に霜に覆われ、火は跡形もなく消えている。

 

「っ、は……」

 息ができる。焼けた空気は冷気に姿を変え、喉を癒やす。

 クロードは私を庇う位置に立ち、火トカゲを睨み付けていた。

 

 しかしその瞬間、火トカゲは立ち上がり大きく息を吸いこんだ。

「攻撃が来るぞ」

「逃げて!」

 人々の叫びが交差する。


『槍の名手は火トカゲの喉を狙え

 喉の赤い石を正確に』

 不意にシドたちと一緒になって畑で歌っていた、吟遊詩人の歌が頭に蘇った。


 ――喉の赤い石を正確に――


「喉の赤い石を狙って!」

「アイススピア!」


 声と同時に、クロードの攻撃が放たれる。

 氷の槍は一直線に飛び、赤い魔石を一点の狂いもなく突き刺す。

 火トカゲは叫び声を上げることもできずに崩れ落ちた。


 目が回り、意識が遠くなる。

 空が遠ざかり、闇が訪れる。

 最後に目に映ったのは、心配そうに覗き込むクロードの森色の瞳だった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ