第7章3 指揮者の魔法【戦場】
黄金色の畑を、紅蓮の炎が埋め尽くしていた。
立ちはだかる火トカゲの大群を前に、騎士団長は矢のように鋭く、ある一点を見つめている。
「アレはなんだ」
指さす先には、火トカゲが群れをなして山のように集まっている。
「抜いた雑草を積み上げた、堆肥です!」
「あっ、発酵した堆肥の山は熱を出します! 火トカゲは熱のある場所に集まります」
別の部下が続けて意見する。
「つまりそれが火種となって、奴らを呼び寄せた、ということか」
オルグレンの畑にはそんなものは無数にある。それを目指してやってきた。
騎士団長の瞳に光が宿る。
「ならば、好機だ。先回りをして誘導しろ! 奴らの弱点は足の遅さだ。一網打尽にするぞ!」
「はっ!」
騎士たちが地を駆け、火の魔石と誘引香を仕込んだ『罠』を前方に仕込んだ。
焚き上げられた熱に誘われ、突進していた火トカゲの群れは方向を変える。
火トカゲたちは群れをなして重なり、巨大な炎の山のように見えた。
魔石を核として膨れ上がり、天を突く火柱の渦と化す。
その頃、ようやく遅れて出発した冒険者たちが、戦場に辿り着いた。
「お、おい。一体どうなってんだ」
「オルグレンの畑が……黒焦げだ」
荒れ狂う火の海を前に息を飲む。
しかしその凄惨な光景を前にして、なお「できることを、するまでだ」と、
若い剣士――ケインはキッパリと言い切った。
大地がうねり、熱風が肌を焼く。
「魔力を連結せよ! 総員配置に着け」
炎の嵐にも負けぬ団長の怒号が空に響く。
剣や杖、それぞれの得物を手に握り、一斉に魔力を絞り出す。
防御魔法使いが印を結ぶ。魔方陣を形成し、指揮者がタクトを振るように、騎士たちの魔力を合わせてひとつに練り上げた。
大地に巨大な光の輪が現れた。
火柱をグルリと囲み、火トカゲを閉じ込める。
範囲は次第に狭まり、障壁が高く伸びて、火柱を包み込んでいく。
「密封しろ!」
空気を切り裂く声と共に、炎を閉じ込める球体と化す。
徐々に縮小し、内部に閉じ込められた熱が逃げ場を失う。
中はまるでドロドロとした炉のように滾っていた。
暴れ狂った火トカゲが、ドンドンと障壁にぶつかる。
限界を超えた熱と圧力で、魔法障壁がミシリと軋んだ。
団長の脳裏には、ある女性が手にしていた水鉄砲が映っていた。
――引けば、凍る。
コロリと転がり出た塊が、はっきりと蘇る。
熱を閉じ込めたまま一気に空間を広げれば、内部の温度は急激に下がる。
「フ……フフ」
団長の口元から笑みがこぼれた。
(全くもって恐ろしい――凄まじいことを教えてくれた。しかも彼女は微塵も気づいていない)
「団長!」
騎士のひとりが崩れ、膝をついた。他の者もブルブルと身を震わせている。
「耐えろ!」
団長の怒号が響いた。
「速やかに、限界まで巨大に、ひと息の空気も漏らすな! 魔力を合わせろ。――拡張!」
太陽のように輝いていた半球体は、スッと音もなく膨れ上がった。
小屋ほどに圧縮されていたそれは、今や大きな城のようにそびえ立っている。
畑全体を飲み込む巨大なドームは、真っ白な真珠のように輝いていた。
「あっ……?」
何も、見えない。半球体の内部は白く曇って見通せない。
「解除!」
号令と共に騎士たちが崩れ落ちる。
魔力と共に命まで奪う寸前だった。
中から現れたのは――。
白く凍てついた、火トカゲの塊だった。
「や、やった……のか?」
「メルナドの騎士団が、火トカゲを倒した……?」
まるで氷の彫像だ。岩のように硬く固まり、死の塔のような不気味さを漂わせている。
冒険者たちが口々に勝利を確信したとき、一匹の火トカゲの目玉がギョロリと動いた。
「!」
「うおおおぉお!」
ひとりが剣を構え、突進する。
今にも動き出しそうな火トカゲに、鋭い一撃を加えた。
ケインの大剣が、凍った火トカゲに振り下ろされ、バキイィン! と結晶の砕ける硬質な音が戦場に響いた。
巨大な火トカゲの塊が、一撃で氷のように粉々に砕け散る。
「総員、粉砕せよ! 一匹残らず叩き潰せ! 火トカゲの魔石は、報奨として倒した者に与える」
皆思わず顔を見合わせる。
そしてワアアァアという雄叫びと共に、冒険者たちが堰を切ったように飛び出した。
剣を、斧を、槌を振るい、なぎ倒す。
白い氷の粉が、霧のように辺りに飛び散った。
あちこちで氷の砕ける乾いた音が上がり、火トカゲの群れは抵抗すら許されず、砕け散る。
氷によって火は鎮圧され、残骸はもうどこにも見当たらなかった。
戦場には、一体の魔物も残されてはいない。
日が傾き、黄金色の光を浴びて、武器を振るっていた者も、魔法を行使した者たちも我に返った。
皆、信じがたい逆転劇に身を震わせている。
「まだ終わった訳ではない。気を抜くな! オルグレンの騎士団と合流し、他の火トカゲを殲滅する!」
戦場にはまだ空を焦がした熱気と、大地を凍てつかせた冷気が漂っていた。
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