第7章2 火トカゲの狂乱【戦場】
冒険者たちより一足先にメルナドを発った騎士団は、オルグレンの国境に足を踏み入れていた。
「……なんだ、これは」
誰かのつぶやきが、風にかき消される。
眼下に広がる穀物地帯、その見渡す限りの平原のあちこちから、天を焦がす黒煙が昇っている。
まだ距離があるというのに、鼻を突く生き物が焼ける死の臭い。
陽の光の下でさえ輝く紅蓮の炎が、静かに、しかし無慈悲に黄金色の畑を飲み込んでいく。
「騎士団長! 前方にオルグレンの騎士団を確認!」
緊張を帯びた声に、赤毛の騎士団長は鋭い眼光を戦場に向けた。
オルグレンの騎士たちが、重い鎧を脱ぎ捨て、泥にまみれて川の堤防を穿っている。
深く杭を打ち込み亀裂を走らせ、魔方陣を整える。
「爆破!」
怒号のような合図と共に、土属性の魔法が炸裂した。
地中深くへ突き抜け、ズンという大地を揺るがす地響きとともに、堤防が内側からはじけ飛ぶ。
決壊!
轟音と共にあふれ出た濁流が、畑もろとも全てを押しつぶし、赤い災厄へと襲いかかる。
直後、爆音と共に辺りは白い闇に包まれた。
熱を帯びた霧が辺り一帯に広がり、肺を焼く。
大量の水が火気と衝突し、瞬時に沸騰、蒸気の塊となって爆発したのだ。
大気がゴウゴウと荒れ狂う。竜巻が起こり、視界は完全に閉ざされる。
「ど、どうなったんだ」
高台のここまで、ボツボツと水の塊が飛んできた。
やがて突風がその霧をなぎ払ったとき、現れたのは悪夢そのものだった。
「――火トカゲの群れだ! オルグレン側へ、一気に突き進んでいるぞ!」
誰かが悲鳴のような声を上げた。
バチバチと火を飛ばしながら、濁流を『蒸発』させて突進する。
一匹ではない。紅蓮の衣を身にまとう、無数の魔物が出現した。
巨大な炎の雪崩と化した大群が、防衛線を食い破らんと牙を剥く。
前へ、前へ!
水を飲み込み、大地を削り、全てのものを焼き尽くす。
「バカな――あの濁流で押し流せんのか!」
オルグレン騎士団は、対岸の堤防をさらに盛り上げ、川に封じ込めようとする。
だがそんな土壁など存在しないかのように、火トカゲは容赦なく粉砕した。
「土属性魔法の土塁ですら、進行を止められんとは」
騎士たちの間に絶望が広がる。
火トカゲは、一匹だけならそれほどの脅威ではない。熟練の騎士ひとりでも倒せるだろう。
しかし幾千なら災害だ。
火属性の魔物には水と土。そんな常識すらもはや通用しない。
「……あんな奴らをどうやって止めれば」
「氷属性魔法はどうだ。あれなら――」
「ダメだ。範囲が広すぎる」
メルナド騎士団の眼下には、理性など何もない阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。




