第6章3 笹舟と魔物の足音
『素泊まり一泊50G 朝食8G 夕食20G』
翌朝、とまり木亭の料金表が書き換えられた。
新しい板に書かれた朝食と夕食の文字がとても目立つ。食料の値上がりが激しいならば、いずれ素泊まりだけになってしまうかもしれない。
仕方のないことだけど、胸が痛む。
住む場所を提供してもらっている居候の身には、とても重く感じられた。
「さっき市場へ顔を出したけど、昨日よりさらに小麦が値上がってたよ。うちも値上げしなくちゃやっていけない」
サラが頬に手を当てながらため息をついた。
「本当に助かった。かおりの機転がなければ、食料もまともに蓄えられなかった」
主人のダンが頭を下げる。
「そんな、私は自分の経験からお話ししただけで……それよりも、今後はどうしましょう」
私は慌てて手のひらを横に振りながら彼を止める。
「まず買い込んだ食料を空き部屋に移して、納屋の小麦粉は薪の束の奥にでも隠しておくかね」
「根野菜は土を被せておくよ」
横からシドも口を挟む。
皆、泥棒や強盗を心配している。平和な日本から来た私には、思いつかないことばかりだ。
「うちは食事も出すからね。備蓄があると見られるだろう」
「なら少し、料理を変えましょう。この近くで穫れるものなら、そんなに不審がられません」
そう提案して、私たちは近くの河原へ行くことにした。
「植物がたくさん生えている。食べられるのかしら」
元の世界のものとは随分姿形が違う。野菜はほとんど同じだったけれど、ここは気候も違うから、野草が違うのは当然だろう。
「あたし、知ってるよ!」
リサが籠を手に、さっそく摘み出した。
「この長くて根っこのところが丸くなってるのと、水の中に生えてるの、それとあれもこっちも食べられる。違ってたらお母さんによけてもらえばいいや」
長いの――は、ノビルだろうか。湯がいてから酢味噌和えにして食べたことがある。
水の中に生えているのは、高級料理店でも見掛けたクレソン風だ。
ドクダミやオオバコ風のはどうやって食べたらいいのかわからない。後でサラに相談しよう。
リサが摘んでいる側に、この街へ来る時に見掛けた白い花が咲いていた。
スズランに似ているけれど、どこか違う。
思わず手を出そうとすると、「あっ、それダメ!」と制止の声が掛かる。
「きれいだけど根っこの部分に毒があるんだって。夜になると光るから、道の脇によく植えられてる」
あれは本当に足元を照らすためだったのか。
根に毒というのも、害獣が道を荒らさないようにするためかもしれない。
曼珠沙華に似てる――そう思った。
それから私たちは、乾燥させて保存する分も含め、たくさん摘んだ。
瞬く間に籠の中はいっぱいになっていった。
「おーい、魚、くれるって」
シドが釣りをしている男の子たちと交渉し、川魚を手に入れる。
鮎――いや、岩魚?
「ありがとう! えっとこの葉っぱ、クマザサよね」
手近に生えていた植物をちぎると、素早く切り目を入れて形を整える。
「これはお礼よ」
「なにこれ?」
不思議そうな顔をしているこどもたちの前で、川の水に浮かせた。
舟の形をしたクマザサは、スルスルと流れていく。
「舟だ! すげぇ。競争しようぜ」
「おばさん、もっと作って」
おばさんという言葉にグッときたけど、笑顔のままでいくつも作る。
さらに何枚かを重ねてハート型の小物入れも作って渡す。
「またお願いねー」
キャッキャと遊ぶこどもたちに、よろしくと手を振った。
その時だった。
川の向こうから、大地を揺るがすような地響きが聞こえてくる。
蹄の音を立て、鎧の音をきしませながら騎士団が走り去っていく音が、風に乗って耳に届いた。
「川魚と野草を手に入れました。これで賄いを作りますね」
とまり木亭に戻って、手に入れた食材を使って料理を始める。
「ああ、そっちはお願い。火はそこのコンロと鍋を使って」
まず、ちゃんと食べられるかを確認した。
ダンによると毒はない、とのことだったけれど、この辺りでは魚を食べる風習がない。
元の世界でやっていたのと同じように、鱗を取り、内臓を出して頭を落とす。きれいに洗ってから塩を振る。
裏庭に出て、炭火が入っているコンロの上に、まずは数匹置いてみた。ついでに頭も乗せてみる。
じっくりと焼いていると、やがていい匂いが漂ってきた。
「こっちも」
鍋に水を入れ、網を張ってその上に乗せる。お酒を少量振りかけて、裏庭で摘んだハーブを重ね蓋をした。
「変わった匂いがするね」
外で調理をしていたけれど、パチパチと弾ける音と香ばしい匂いに気づいたサラがやってきた。
「大好きだったんですよね、焼き魚。本当は頭もつけたまま焼くんですけど」
さすがにそれは難色を示すだろう。なにせ彼らは魚を食べること自体初めてだ。
「結構時間が掛かりますので、待っててくださいね」
その間に、泊まり客へ夕食の振る舞いが行われている。今日は野菜が盛りだくさんのシチューだった。
「……さすがにプロの料理は美味しそう」
一瞬そちらに気を取られたが、こちらもなんとか完成させる。
お客さんもまばらになった食堂で、試食をしてみた。
魚からふわりと湯気が上がっている。彩りに乗せた野草の鮮やかな緑が食欲をそそった。
「うん、……食べられる」
「もうちょっと、ボリュームが欲しいねぇ」
「どう食べればいいの」
骨のある魚に皆苦戦している。それに、ハーブと塩だけの蒸し料理はパンチがなさすぎた。
「まぁまぁ。食べられるってわかっただけでも十分さ。とまり木亭特製のスパイスを調合していこう」
「あたし、スープがいいと思う」
「……十分検討の余地はある」
ブイヤベース風にすればよかったかと思ったが、そこは皆で作り上げていけそうだ。
「うぉっ! かおりさん、頭を!」
魚の頭をヒョイと口に入れて、ポリポリと音を立てて食べていたら、シドが叫んだのが印象的だった。
「ただいま戻りました。おかみさん、水をくれないか」
「あいよ」
ガヤガヤと、外で食べてきた素泊まりの客が宿に戻ってきた。
「いけないね。街中大騒ぎだ。商店も食べ物はほとんど売り切れだ。これから油も塩も手に入らなくなる」
「オルグレンへの馬車もストップしていた」
一部だけの被害だと思っていたが、そんなに大きい規模だったのかと皆で顔を見合わせる。
「原因は火の魔物だと。討伐用に騎士団が編成されて、街を発ったとの話でス」
「冒険者も集められて、明日にもオルグレンへ向かうようだ」
空を飛ぶものではなく、地を這う魔物のようだということ、しかもかなり大きめで、火ネズミなどではなさそうだ、との話だった。
「それがなぜか畑に向かってル……」
どうやら事態はかなり深刻らしい。
リサが配ってくれた、手の中にあるお茶の温かさに、私はすがりついた。
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