第5章1 とまり木亭の裏庭
「さぁ今日は畑を広げるよ」
よく晴れたある日の朝、サラは声を弾ませてそう宣言した。
「あの空き地ですか」
私は袖をまくりシュシュで止めながら尋ねた。
とまり木亭の裏には畑がある。ちょっとした野菜やハーブが植えられていて、夕食の添え物などを摘むにはとても便利だ。
その脇には雑草だらけの放置された土地があった。
「今まで手が回らなくてね。でもかおりが手伝ってくれてるから、頑張ってみようと思って」
そう言って、エプロンを農作業用のものに付け直す。
宿は家族4人で切り盛りしている。住み込みで働く私が入ったことで、余裕ができたのだろう。
ざっと見渡すと結構広い。今ある畑と合わせると、教室ひとつ分ぐらいになるだろうか。
「あたし、お花を育てたい!」
リサが無邪気にそう言った。
「うちで使うんだから、野菜や芋だよ。花を作ったって、わざわざ売りに行かなきゃならないだろ。それに花は難しい」
シドがもっともなことを言う。
「え~。結構高く売れるのに」
リサは口を尖らせる。
以前栽培した花を売った経験があるのだろう。
「まぁ花もいいけど、まず野菜だね。芋にニンジン、タマネギにピーマン。できるだけ手間の掛からないものがいい」
それはもっともだ。花粉をつけたり間引きをする作業はバカにならない。
「あの、ナバナなんてどうでしょう」
私は手を挙げて意見を述べる。
「それだ! 蕾は食べられるし花はきれい、種ができたら油も穫れるな」
「炒めものにしても美味しいしね」
どうやら方針は決まったようだ。
でもとりあえず、荒れ放題の土地をなんとかしなければ始まらない。
宿の方は、とまり木亭自慢の料理長でもあるダンに任せ、4人で手分けをして作業を開始した。
「草ぼうぼうだな」
「石ころも多いよ」
鍬を入れる前に、邪魔なものをまずどかす。
「雑草は引き抜いてこっちに、石はあっちにまとめておくれ」
サラがテキパキと指示を出した。
ようやく鍬を入れて硬い地面を掘り起こすと、プンと土のにおいが広がった。
「あいたた……慣れないと難しいわね」
体が思うように動かず、普段使っていない筋肉が痛み出す。
「歌いながら体を動かせば平気だよ。俺が歌ってやる」
そう言ってシドが少し外れた音程で口を動かした。
『凍りついた鉱山には一つ目の巨人
宝をごっそり隠してる
吟遊詩人の歌声に励まされて
剣士は勇敢に剣を振り下ろす』
なるほど。少し前に泊まった吟遊詩人が歌っていた曲だ。確かにリズムがついて、剣ならぬ鍬を振る腕が軽くなる気がする。BGMの効果だろう。
『槍の名手は火トカゲの喉を狙え
喉の赤い石を正確に』
私もつられて歌いながら、土を掘り進めていった。
汗が噴き出し、手も顔も泥だらけになった頃、掘り返した土の中にキラリと光るものが現れた。
「あら?」
私はしゃがんでそれを摘まみ上げる。小さな石の塊だ。脇に積まれていた草で土を落とすと、ガラスのように輝いた。
「――水晶?」
結晶のように真っ直ぐな二面がある。端は砕けているけれど、明らかに普通の石ではない。
透明度はあるけれど、黒く煙るような色だった。
「あっ魔石!」
「えっ?」
リサが手の中のものを目敏く見つけ、叫んだ。
「どれどれ? ――本当だ。スライムのかな。以前泊まった冒険者に見せてもらったことがある」
そんなものがどうして畑に。私はグルリと辺りを見回した。
脇に、大きな栗の木がある。昨年のものか、辺りにはイガがたくさん落ちていた。
他にも木は生えているけれど、栗の木も含めて特に珍しいものでもない。
――もしかして。
「カラス?」
鳥が運んだのかもしれない。キラキラ光る石を好んで集めるものもいる。
大きな栗の木は巣をつくるのにちょうど良さげだ。今は主のいない空の巣が、ふたつほど梢に残っていた。
「まだ落ちてるかも」
リサが目を輝かせる。
「そんなにあるかなぁ」
シドも半信半疑で辺りを掘り返す。
「あんたたち、遊んでないでちゃんと働きなさい」
「はーい」
返事だけはよい子の声だ。二人とも宝探しに夢中になっていた。
その後小さな塊をふたつ見つけた。太陽は既に天高く昇っている。ダンが『おーい!』と呼ぶ昼ご飯の合図に、その日の作業は終了になった。
午後からは、魔石の買い取りのために冒険者ギルドへ、その後農業ギルドへ行って農作物の育て方などを相談する、という流れになった。
「え~冒険者ギルドはちょっと怖い」
リサはそう言って物怖じする。
「まぁあそこは荒くれ者の冒険者がたくさんいるからね。リサは行かない方がいい」
サラもまだ少女である娘が行くべき場所ではないとの判断だ。
そうして三人で冒険者ギルドへ行くことになった。
「お姉さん! 魔石の買い取りお願いします」
目的の建物に着くと、シドが真っ先にカウンターへ駆け込む。
ちゃっかり一番美しい受付嬢だ。
「はい、査定します。こちらの用紙にご記入になってから、少々お待ちください」
私は部屋の中をグルリと見回した。
剣や斧、槍を持った逞しい男性たちであふれている。手には狩ったばかりなのか、まだ血のにおいをさせている獲物をぶら下げていた。
「驚いたかい。ここにいるのはケインみたいな冒険者ばかりさ。魔物を退治したり、危険な野獣を追い払ったり、商隊の護衛をする人がほとんどでね」
周りの顔ぶれを眺めながら、サラが説明してくれる。
「私たちを脅威から守ってくれて、とてもありがたいんだけど、危険と隣り合わせの上にその日暮らしさ。彼らももうちょっと安定するといいんだけど」
そう言って顔を曇らせた。
壁には冒険者向けの仕事の依頼が貼り出されている。
オオカミやイノシシといった動物に加えて、トロールやアンデッドという名前が混じっている。
そんなもの、本当にいるの? と驚いていると、名前が呼ばれた。
「シドさま、査定が終わりました。――今回は、30Gになります」
「やった! 結構お金になった」
彼は喜んで受け取ったお金を頭の上に掲げ、小躍りしている。
受付嬢が表情を翳らせ、そっと言葉を付け加える。
「最近、街の方が魔石を換金に来られることがたまにあります。魔物が街中に入り込んでいるのかもしれませんので、お気をつけください」
受付嬢の言葉が、隙間風のように冷たく心に忍び込んだ。
「さあ農業ギルドへ行こう。換金したお金で種を買おうね」
「即無くなった!」
そんなやりとりをしながら、冒険者ギルドを出たのだった。
農業ギルドでは、土の作り方や水まきのタイミング、肥料の使い方などを教わった。
こちらでは、出来すぎてしまった農作物の買い取りも行っているとのことだった。
素人農業ではたいしたお金にはならないかもしれないけれど、無駄にするよりはずっといい。
野草なども処理の仕方を教えてくれるそうなので、そのうち尋ねてみるのもいいかもしれない。
帰り道に通りがかった川で、こどもたちが魚を釣っているのを見掛けた。
「シドも釣るの?」
「ああ、手応えが楽しいからね。男子に人気の遊びさ」
「この子ったら、30匹も釣って見せに来たことがあるんだよ。そんなにどうするって言うんだい。逃がしてらっしゃいって」
私はちょっと驚いた。
「食べないんですか」
「えっ、かおりは食べるのかい?」
まん丸な目で聞き返される。ここでは魚は口にしないらしい。
まるでその辺のダンゴムシを食べるような口ぶりに、私はちょっと可笑しくなる。
夕陽を背中に浴びながらの帰り道、魚のレシピを考えながら歩いていた。
今日はよく働いてヘトヘトだ。
初めて行った冒険者ギルドや農業ギルドも、すべてが新鮮で勉強になった。
ベッドに横になると、まぶたがゆっくりと落ちていく。
派遣社員だった頃が、少しずつ遠くへと流れていく。
時給と効率ばかりを追いかけて、もっと稼げる仕事を探していた。
ゆとりのある暮らしは、ずっと先の未来にしかないと思い込んでいた。
でも今は、違う。
ここで過ごす穏やかな日々が、静かに私の中へ積もっていく。
その積もった日々は、きっと明日の私を支えてくれるだろう。
こんな日々を、これからも重ねていけますように。
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