第4章5 複利の魔力
「ところでクロードさま、複利というものをご存じですか」
私はもうひとつ言葉を付け加える。
「もちろん存じております」
彼は少し怪訝そうな顔をした。
「はい。ではこちらの計算をご覧ください」
私は手を伸ばし、テーブルの隅に置いてある石板と石筆を引き寄せた。小さな黒板とチョークのようなものだ。
書き込もうとして、一瞬手を止める。
この説明で理解されるだろうか、それとも盤上の戯れだと一蹴されてしまうかもしれない。
頭を振ってその考えを拭い去る。
「こちらが今商業ギルドで行われている利益の計算、いわゆる単利です。100Gに対し、毎年5Gずつ増えるだけ。5年経っても125Gにしかなりません」
そう言って石板に数字を書き込んだ。
「一方こちらは先ほど申し上げた仕組みの、複利による伸びです」
【元手:100G / 年利:5%(複利)】
1年後は、105G
2年後は、110.25G
……そして5年後には、121.55×1.05。
「つまり、127.62……約128Gになります」
クロードは眉間に皺を寄せ、指で顎をなでている。
「ではこれを積み立てたらどうなるか。――そうですね。知り合いにシドという16歳の少年がいます。彼が毎月100Gずつ投資した場合を考えてみます」
更に石板の上でカツカツと音を鳴らしながら筆を進める。
「1年目は、1,200Gに5%がついて、1,260G。
2年目は、その1,260Gに次の年の1,200Gを足して、また5%を乗せる。
……つまり、(1,260+1,200)× 1.05 = 2,583Gです」
私は、クロードの目の前にこの「2年目の式」を突きつけた。彼の目が石板に吸い寄せられて離れない。
「ご理解いただけますか? 2年目の5%は、前年の利息に対してもかかっているのです」
あとは、加速度的に増えていく結果だけを並べればいい。
私は石板の端に右肩上がりの曲線をサッと書き入れた。
3年後: 3,972G
4年後: 5,430G
5年後: 6,961G
……
30年後: 83,712G
「30年後には、83,712G。増えた分だけで47,712G。元のお金の36,000Gをも超えます」
そう言って静かに石筆をテーブルの上に置いた。
クロードは黙っている。沈黙の天使が部屋を通り過ぎていく。
「シドが46歳になったとき、毎年4000G以上の利益を生み出し続けます。これが複利の魔力です」
これがもし、商業ギルドの運用だったとしたら――。
「これが、7%だったなら、数字はさらに化けます」
私は石板を裏返し、新たな数字を叩きつけた。
「30年後、その額は122,670G。自分で貯めた36,000Gに対し、増えた分だけで 86,670G です。これだけあれば、父の年齢になったとき、彼はもう働かなくてもいい。若い頃からの小さな投資が、彼の人生を変えるのです」
この言葉は彼の心に届くのか。急に不安に駆られた。
アイリス商会のマイナスを、この街の主要産業である織物などの製造業や農業などで補えるなら、彼は見向きもしないだろう。
それにもし採用されたとしても、投資は貴族や大商会だけのもので、私のような庶民など鼻にも掛けない可能性の方がはるかに高い。
派遣社員として働いていた時、職場をよりよくする改善案をいくら出しても、――一円だって時給は上がらなかった。
私は真っ直ぐに、絶句するクロードを見つめた。
「クロードさま」
ニッコリと微笑んでたたみ掛ける。
「お預けしたリップは技術者たちの手に渡り、ネジの精度を上げ、新たなデザインを生み、密封のレベルを塗り替えます。産業の根底が底上げされるのです」
そして――。
「それは世界成長の礎となるでしょう」
膝が小刻みに震える。彼の瞳が私を包み込む。昼なお暗い森の深淵に踏み込んだような恐怖が、私を覆っていた。
「書記長を呼べ! アイリス商会の対策を詰める」
クロードはテーブルの上のベルを激しく振り、部下を呼んだ。
「商業ギルドが――いや、世界が変わる!」
そして人の悪い笑みを一瞬だけ浮かべると、私の方を向き直った。
「かおりさま。もう少しだけお付き合いをお願いします」
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