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閑話 二人の選択肢

 翌日。9月29日。午前9時34分。

 波導協会本部の医療棟の最上階のテラス。


 「今日、凪人くん来るんだって?」

 

 自販機で買ったばかりの缶コーヒーを片手に、円城寺晃がテラスの手すりに背中を預けて言った。


 「ええ、そうよ」


 ベンチに腰掛け、こちらもコーヒー片手に下を向いてる宮佳紬由が、顔も上げずに答えた。

 彼女の目元には微かな疲労の色が滲んでいる。


 「昨日の今日で偉いね。お見舞いでしょ」

  

 「多分そうね、昼からくるって言ってたわ」


 「てかなんでまたあんたに私呼び出されてんの?」

 

 佳紬由の眉間にはさっきから不機嫌なシワが寄っていた。

 

 「なんだよ、別にいいじゃないか、つれないな」


 円城寺はヘラヘラと笑いながら、缶コーヒーをぐっとあおった。

 

 「こっちは連日仕事なの、どっかの馬鹿と違ってね」

 

 「僕だって忙しいさ、なに言ってるんだよ」

 

 「なんか、いっつもこんな話ばっかしてるわね」

  

 佳紬由は呆れたように肩をすくめた。

 思えば、学生時代からずっとこうだ。

 

 「はは、いいじゃないか。あの頃と何も変わらずで」 

 

 「どのころよ……」

 

 佳紬由は視線をそらし、手元にあった冷めたお茶のペットボトルを握った。


 「まあ、いいわ。で今回は何よ?」

 

 「多分だけど、協会に内通者がいる。もしかしたら組合か連合にも」

 

 「内通者? なんで?」

 

 波導協会、そして対立・協力関係にある組合や連合。

 

 「んー凪人くん関係かなー。でも軽ーく調べてみたところ、凪人くんの任務関係で別に怪しいとこなかったね」

 

 円城寺は空の缶コーヒーを手すりで転がしながら、淡々と語る。

 

 「でも、多分いる。内通者とまでは行かなくてもその類がいるね」

 

 「怪しいと思わなかったかい? ここ半年の凪人くんの周り」

 

 「まずは、5月。凪人くんとシオンちゃんが出会った。ま、これはちょっと微妙かな。まあでもこれも偶然か必然か」

 

 「そして、先月。凪人くんの初めてのお披露目」

 

 「それから、宮島の任務。まずはこれだね、ちょーっとこれさ。飛澤姉妹、8月からの短期間でそんなのをアテンドできるかい? 同級生の姉。 そして、導魔の進化。これはさすがに新人5人にはっていう難易度だよね?」

 

 「それは、どうかしら。まず、宮島の案件は佐々波もいたからね。結界が張られたから、ああなっただけで」

   

 「その結界ももしかしたら」

 

 「そんなこと言ったらキリがないじゃない」

 

 「そして、久しぶりの登校日にナイフ男の強襲」

 

 「ちょっと待って。でもそれはその商人っていうやつがずっと監視してたんじゃないの? だから、別に」

 

 「うーん、その可能性も大いにある。だけど僕の技も知ってた。そして術式がもしかしたらコピー系なんだ」

 

 「実際に牛若さんと十景を使ってた。まあコピー条件が不明だけど」

 

 「それじゃあ、信憑性に欠けるわよ」

 

 「怪しいだけじゃ、何もできないでしょ」

 

 「まあ、それもそうだね。でも引っかかるんだよね。なんか、凪人くんの任務はさ、僕たちがいない時が多いっていうか、なんだろうね」

 

 「たまたまじゃ、無いかもってことね。まあ、私も探してみるわ」

 

 「凪人くんの情報は機密だ。それに内通者のことは佳紬由、このことは誰にも言うんじゃないぞ。佐々波にもな」

 

 「分かってるわよ。じゃあ、行くわね」


 「ちょっと待って、もう一ついいかい?」 

 

 「何?」

 

 「凪人くんにさ、新しい師匠を作ってあげたい。そうすりゃ、ちょっとは佳紬由も楽になるでしょ?」 


 「はあ? なんで。私は別に凪人くんのせいで忙しいわけじゃないわよ。大体今更何でよ、私じゃダメってこと?」

 

 円城寺が少し微笑んだ。

 5月、佳紬由は凪人を弟子にすることを少し嫌がった。それが今は、円城寺の提案を拒否したことにだろう。


 「違う違う。いやー凪人くんのこと見たんだけどさ、性格的にも戦闘スタイル的にももっとぴったりな人がいるなーって思って」

 

 「佳紬由はさ、得物使いじゃん。凪人くんはステゴロでしょ。やっぱ限界値が近いよ」

 

 「そんな、限界値って、凪人くんは大会でもあんなに活躍したんだから……」

 

 「それだって、あと99回したら真が勝つでしょ。それにすももも杞憂も凪人くんに勝つでしょ。それは、佳紬由も分かってるでしょ?」

 

 「……それは」

 

 佳紬由は言葉に詰まった。

 圧倒的な才能と血筋を持つ名門の子どもたち。

 

 「凪人くん見たけど、もっと強くなれるよ。倍以上の成長速度はあるよ、彼。」

 

 「何? 私が悪いっていうの?」

 

 「そうじゃないよ。だから、適正だって」


 「何よ、それ。大体私はこの半年なんのために頑張って来たと思ってるのよ」

 

 「それは僕も分かってるさ。大体こんなこと、凪人くんにしか言わないよ。真や杞憂には言わないよ」

 

 キィンッ!!

 

 佳紬由が抜き放った白鞘の刀の切っ先が、晃の喉元、その寸前の空間に無慈悲に突き立てられていた。

 

 「ふざけないで。私のこと舐めてる? あんた、凪人くんにしか言わないってどういうことよ? 凪人くんは道具じゃないのよ? いくらシオンちゃんがいるからって、どういう意味よそれ」

 

 佳紬由の声は、かつてないほどに低く、激しい怒りに震えていた。

 それは友に突きつけるものではなかった。

 

 「ごめん、それは勘違いさせた。別に真が僕の弟子だから言わないわけじゃない。凪人くんなら、そこまで行けると思ってるからだよ。凪人くんに強くなってほしくない?」

 

 「まだ、あの子は中学生」

 

 佳紬由の握る刀の柄が、微かに、けれど確かに震えていた。

 

 「でも、それは凪人くんが」

 

 「違う、そう選択するしかなかった。あの3択なんて、最初から分かり切ったこと」

 

 5月、あの医務室で突きつけた無慈悲な3つの選択肢。

 死ぬか、隔離されるか、戦うか。

 そんなものは最初から選択などではない。

 凪人が選ぶ道は誰もが分かっていただろう。

 

 「確かに、凪人くんには強くなってほしいよ。でもそれは波導士としての私。母親としての私としては、もうこれ以上凪人くんは強くならなくていいと思ってる。なんならもう、凪人くんには戦わせなくてもいいと」

 

 「それでも、力は必要だ。奴の狙いは凪人くんとシオンちゃんなんだ」

 

 「でもだからって、そんな……」

 

 「佳紬由安心しろ。凪人くんの親は、お前だ。透花さんもお前ならいいと思ってくれているよ」

 

 その名前を耳にした瞬間、佳紬由の切っ先が、わずかに揺らいだ。


 「まだ、私は透花さんみたいに凪人くんに何もできていない。あの子のことは傷つけてばっかりで、私は。まだ、母親になれていない」

 

 「大丈夫だ、佳紬由。すまない僕が言葉足らず過ぎた。別に佳紬由の元から巣立たせるわけじゃないよ」

 

 「それならいいわよ。ってならないわよ」

 

 「一応僕が考えているのは、シャチさんだ。シャチさんなら安心だろ?」

 

 「佳紬由は嫌か? さっきも言ったけど佳紬由が師として親として力足らずだから、シャチさんを紹介するんじゃないんだよ」


 「それは分かってるわよ。あんたがそんなこというやつじゃないことも知っている」

 

 「まあ、私が否定することでもないわよね。私が凪人くんのことを心配で、凪人くんの可能性をつぶすのも、未来を決めることもおかしな話だものね」

 

 「それじゃあ決定だね。都合のいい日教えてよ。シャチさんにも連絡しておくよ。じゃあね」

 

 そうやって、円城寺は佳紬由を置いて降りて行った。

 

 (ふふ、佳紬由があそこまで凪人くんことを思っていたとはね。意外だったな)

 

 恐らく大人になって初めて二人はぶつかり合った。

 でも、それはあの時のような、ぶつかり合いではなかったかもしれない。

 

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