38話 曖昧なことの方がいい時もある
「ふーっ。なんだか随分久しぶりな感覚だな……」
面談を終え俺は宮家の邸宅の前に立っていた。
最後に帰ってきたのは2日前、久しぶりの登校日での帰り。
それでも、最後にゆっくりしたのはいつなんだろうな。
「ただいま、帰りました」
広い玄関だな。いつ見ても。
「おかえり!! 凪人くん」
「ただいま、すももちゃん」
宮すもも。佳紬由さんの娘。ではない。佳紬由さんのいとこか、はとこにあたるらしい。
なんなら、現宮家当主の孫。
宮家の相伝術式、波導十景の10の型、全てを利用できるのはすももちゃんと佳紬由さんだけ。
そんなすごい彼女だが、俺と同じ15歳。
波導士として何度も俺を救ってくれた。
俺の師匠であり兄弟子。
「凪人くん、大丈夫だった?」
「あー、うん。大丈夫だよ」
靴を脱ぎながら背を向けて答えた。
「そっか、良かったよ」
案外、薄い反応だ。思ってたのと違う。
「え? それだけ?」
咄嗟に振り向いて尋ねてしまった。
「え! まあ、佳紬由さんから聞いてるし、凪人くん今日、円城寺さんにもいっぱい話したでしょ? もう話したくないかなって」
すももちゃんはいつもの笑顔で、変わらない笑顔で答えてくれた。
「うん、話したけど。一つだけ聞いて欲しいことがある」
「ん? 何?」
話しながら、俺と佳紬由さんとすももちゃんで良く集まった居室に歩いた。
「俺さ、導魔を喰っちまった。それで、人間を辞めかけた。それを静香が止めてくれた。静香に俺のことがバレちゃったよ」
「はははは」
すももちゃんは笑った。
「なんで笑うんだよ?」
「ごめん、ごめん。凪人くんはやっぱり凄いなって」
「あんなに恨んでいた女王さんを、凪人くんは救っちゃうなんて。私にはできないことだよ」
「凪人くんはさ、あんまりわからないかもだけど女王、レイナ・ゼノ・ハートレーって私たち波導士なら誰でも知ってるほどの有名人。そんな人と凪人くんは、仲良くなったんだよ」
部屋について、すももちゃんは座布団に座って二人で机を囲んだ。
机の上にはお菓子が数袋置いてあった。
佳紬由さんのお酒のつまみは開けっ放しで放っている。
「仲良くは……なって無い」
「俺は、ただあいつを傷つけた。それだけ」
「そうなんだ。これから仲良くなればいいんだよ」
「なあ、すももちゃん。人を喰うってどう?」
「何? 哲学?」
「いや、俺は導魔を食った。別に悪い気はしなかった。じゃあ導魔も人を食うのにどうも思ってないはずなんだ。俺はそれを理解しているつもりだった」
「人間が人間を食べるのは良く無いんじゃないかな?」
「私は凪人くんの考え方に賛成だよ。導魔だって食いたいから食ってるわけじゃなく、生きるために食ってる。それは人間も同じことだ。ってことでしょ?」
「うん、そう思っていた。それは傲慢だったんだ。結局目の前で奴が人を食っていたのを見ると耐えれなかった。堪えることのできない怒りが湧き上がったんだ」
自分が信じていた理屈が、感情にあっさりとのまれた。
その事実が、俺自身をひどく陳腐な人間に思わせていた。
だが、すももちゃんは静かにお茶を啜り、優しく微笑んだ。
「それは仕方ないんじゃ無いかな」
「え……?」
「人間は結局、自分以上以下の立場に立つ存在を想像できないものだからさ」
「それに私は人間は傲慢だとも思うよ。だってさ、私たちだって牛を殺して食って、虫たちを殺してるもんね」
「それなのに導魔にそこまで怒る資格はないんじゃ無いかとも思う。まあそれも、真くんみたいに家族が殺されてないから思うだけかもだけどね」
「すももちゃんもそう思ってたの?」
「まあ、そういう考えが一つあるみたいなニュアンスの方が正しいかもね」
すももちゃんが、カルパスを一口ずつ頬張っている。
「波導士としての仕事はもちろん全うするよ。それが人間のためならね。でも波導士は完全正義かどうかなんてわからない」
「凪人くんは、この世を二分化しようとしすぎなんじゃ無いかな? もっと曖昧でもいいんじゃ無い? それに正義か悪かとかももっと曖昧でも」
「凪人くんはさ、世間から見れば悪かもしれないよ。でも私たちは凪人くんを悪だなんて思わないよ。それは凪人くんをよく知ってるからだよね」
「だからそういうのでいいんじゃ無い?」
「この先、凪人くんを悪くいう人が現れるのはそうだよ。でも、そういう人たちも世の中にあるものが良い悪いの二つだけだと思ってる人たちだから。凪人くんは気にしないで、絶対大丈夫」
「仮に凪人くんが人間を食べて、この世の敵になっても私は凪人くんの味方でいるからね。約束するよ」
そうなんだ。別に正解を決める必要はないんだ。
曖昧でもいいんだね。
敵か味方かとか、正義か悪かとか極端だったのかな。
それに気づけなかった。
何かを決めないと誰かを守れないって思っていた。
「凪人くんを一人にしないから」
「ありがとう、俺もすももちゃんを裏切らない。」
「俺はこの家で過ごす日々が好きなんだよ。だから俺は宮島の時にシオンが顕現して、一昨日倉庫でついに完全顕現して、もう宮家にいられないかもしれない」
「そんなことならないでしょ。少なくともそうなりそうだったら私が全力で止めるよ。凪人くんはもう宮家だもん。私の家族だもん」
「そのセリフ、俺もシオンに言ったよ。そういえば」
「そうなんだ! どんな反応だったの?」
「なんかよくわかんない反応だったよ。名前をつけてくれって」
「あー、それでシオンさんになったんだ。いい名前だね。どうしてその名前にしたの?」
「今のあいつはさん付けする見た目じゃ無いぜ。由来か。なんかいきなり降ってきたんだよな、シオンって名前が」
「昔、大切にしていた何かみたいな感覚だった」
「へー、不思議なこともあるんだね」
「そうだよなー。一体誰の声だったんだろうな」
あの声は女の人だった。でも俺の知ってる女の人の声じゃなかった気がする。
昔の先生だったかなー?
「シオンちゃんはそれから出てこないの?」
「出てこないね。俺たち二人はね、お互いがいないと今の自分を保てなくなった」
「へー、じゃあ一緒に戦えるようになれば嬉しいね」
「あーそうだな。シオンともう会えないのかもしれないな」
「会えるよ。信じていたら会えるよ」
「そうだよな。てか久しぶりに今日はゆっくり夜ご飯食べれるよ。なんだろうな、夜ご飯」
そうして俺たちは夜ご飯まで語り尽くした。
俺の中の肩の荷を勝手に解いた。
ありがとう、すももちゃん。




