第37話 木場凪人として、波導士として
「や! 凪人くん、元気かい?」
「円城寺さん、お久しぶりです」
満天の青空。
ここは協会に隣接する波導学校の訓練場。
すももちゃんや東堂杞憂や真が通っているところだ。
俺は会長さんとの面談までの時間、円城寺さんに呼ばれてここに来た。
外のベンチで俺たちは二人座っている。
「佳紬由から聞いたよ。君は僕の想像を超えるんだね。正直驚いたよ、ここまでするとは」
円城寺さんは、ニコニコ笑いながらこちらに語りかける。
「シオンのことですか?」
「ああ、そうだよ。主従を逆転させるとはね。導魔と主従を結ぶのですら初めてなのに」
「でも俺、まだ何も。シオンの過去を聞きました。シオンはただの被害者です。導魔になったのではく、導魔にされた。そして俺はそれを否定してはいけなかった。そんな俺が主人だなんて」
「そんなことどうでもいいさ。凪人くん、まだ君は中学生だ。自分の信念なんか曲げてもいいさ。その場に応じて好きに解釈すればいい。ずっと気にしてるのかい? シオンちゃんに言ったこと、真に言ったこと、自分が思っていたこと。それを曲げてしまったこと。」
「どうなんでしょうか、俺はシオンを許せない。そしてそれを否定する俺も許せない。自分勝手なんです。綺麗事並べて、汚いことから目を背けて」
「俺は佳紬由さんを傷つけてみんなを殺そうとしたこいつを生かして良かったのかって」
「結局、俺はそうやって自分の気持ちですら嘘をついている」
ポンッポンッ
円城寺さんが俺の頭を叩く。
「考えすぎだよ凪人くん。君の行動は正しいさ。君自身が君を信じないとダメだ。そうじゃ無いとシオンちゃんも不憫だろ?」
「だから、負い目を感じるな。佳紬由も何も思ってないさ」
「それに佳紬由も楽しんでたぜ。なんせ久しぶりに心現を出したんだしね」
「しんげん……?」
「あ、あの佳紬由さんが出していた化身みたいなやつですか?」
「えー、佳紬由は説明してないんだ」
円城寺さんは呆れたような顔をした。
「はい、そう言えば俺も聞く暇がなかったですし」
「そうだね、ここで授業をしようか! 気晴らしに」
円城寺さんは、パンッ手を叩いてベンチから立った。
「僕は学校で教師もたまに頼まれるからね」
「心現はね、波導の極地。波導でできることはなんだい?」
波導でできることかー。えっと佳紬由さんはなんて言っていたっけ。
「え、身体の強化で防御と攻撃ですか」
「そう、正解! でも心現はね、波導じゃなくて、魂そのものを具現化する。それが化身、つまり魂の形そのものが現れる」
佳紬由さんの心現。美しい白色の女神のような感じだった。
「じゃああれが、佳紬由さんの」
「そう、佳紬由の心象風景がその化身だ。心現はね、とてつもないバフがある。その分、波導をすっげー消費しちゃうけどね。」
「波導そのものは、あくまでエネルギーの奔流に過ぎない。火や雷を操る術式も、言ってみれば道具のようなものだ。だが、心現は違う」
「心現を発動すると、波導の身体強化率が極限まで上がる。波導での身体強化がそれまでのものと比べ物にならないほどになる。それに佳紬由のように術式の質も上がる。心現は自分のやりたいことが全てできるようになるんだ」
「それを操れるようになるのはすっげー難しいんだけどな。だから、今僕と佳紬由の二人しか使えないんだよ」
「じゃあシオンも使えないのですか?」
「シオンちゃんは、導魔だから使えないね。導魔は魂を持たないから使えない。というより、体そのものが魂のようなものだから、心現を作れない」
「でも、今のシオンちゃんはどうなんだろうね?」
「え......?」
「まあいいか! もう時間だよ。行ってきな、凪人くん。期待してるよ」
ポン、と。
円城寺さんの大きな手が、俺の背中を力強く叩いた。
その手は温かく、迷いを吹き飛ばしてくれるような熱があった。
***
波導協会までは徒歩で3分程度だ。
道中は、花が植えられていたり噴水があったりおしゃれな造形をしている。
波導士の元締めとは思えないほど死から遠い見た目。
今日はまだ暑いな。円城寺さんと話している時も、日差しが強かった。
目の前のドアを開けて協会施設内へ入る。
涼しいな。エアコンがよく効いている。
先ほどの青空からは一転。
今度は、暗く重たく冷た廊下。
「ここか......」
見た目は普通の扉だった。
総監部、協会長室。
コン、コン。
「……木場凪人、入ります」
「おお、入れ」
なんだ、思っていたより優しい声だ。もっと重厚で怖い人だと思っていた。
「失礼します」
中へ入るとそこは綺麗で静かな部屋だった。
大体10畳ぐらいか?
結構広い部屋だ。
右側には本棚が連なっていて、そこには難しそうな本やあの有名な漫画も置いていた。
「そこへ座りなさい」
「はい、失礼します」
「まずは自己紹介と行こうか。私は波動玄瑞。今波導協会の協会長をしておる」
「あ、僕は木場凪人です。僕は今、波導士です」
「緊張しておるのか? そう固くならんで良いぞ」
「どうじゃった? 女王と歩んだ人生は」
「嫌なことばっかりでした。でも良いこともばっかりでした」
玄瑞さんはにっこりと笑っていた。まるで孫を見ているかのように。
「そうか、そうか。もっと聞かせてくれ」
「まだ俺は痛いのが怖いです。戦うのも怖いです。そんな4ヶ月でした。なんで俺なんだって思ってました」
今日は、ずっと本音を喋れている気がする。いや、前の静香と話した時からか。
「でも、すももちゃんと佳紬由さんと会えました。ほぼ初めて家族というものに会えました。それに、シオンとも会えた。前よりちょっとだけ強くなれました」
「波導士になったことに後悔はいっぱいあるけど、辞めたいとも思ってないです。今の僕はこれくらいが丁度良いんだって。初めて心が満たされた感じがします」
「そうじゃったか。良かった良かった」
「わしは心配じゃったんじゃ。この前まで中学生の子を波導士になってやっていけるのかと。波導士にしないとしても殺すことしか無かった」
「まだ14の子にそこまで背負わせていいのかと。むしろ殺してあげた方が良いのではないかとな。じゃが晃……円城寺が木場なら大丈夫だと」
「じゃから、今日そう言ってくれて良かった。これなら、大丈夫そうじゃな。無害認定を出そう」
「いいか、円城寺も言っていたと思うが、まだ子どもじゃ。それは悪い意味で言っているわけではない。もちろん波導士として接するが、それでも守られるべき対象だ。そこは勘違いするなよ」
「そして、シオンだったか? お前は木場凪人を助けてあげてくれ。もちろん、木場もシオンを助けるんじゃ。君たち二人はもう主従を超えた運命共同体なのだから」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
そして、その後もしばらく二人で話していた。
協会長はいい人だった。
「では、失礼しました」
「また、いつでも来いよ。今度はすももたちも連れて来い」
いつでもか……。




