第36話 居場所
死ぬということ。
死ねるということ。
そんなことを半年ぐらい前は考えていた。
死というものは何も特別なことでもない。
それでも俺はそれを享受できなかった。
かつて死ぬ権利を剥奪されたもの、レイナ・ゼノ・ハートレー。
彼女は死ぬ権利を得た。
しかしそれを俺が捨てた。また剥奪された。
生きることへの意味も死ぬことへの意味も何も無い。
だからこそ俺はシオンを生かした。
俺たちは、終わらない地獄を二人で歩くことにした。
互いの血肉を喰らい。
互いの命を繋ぎ止め。
***
波導の女王を俺は喰った。
冷たい夜だった。
体が切断される痛みも燃える痛みも女王と比べたらなんともない。
女王は悪意などなかった。
それでも、俺は人を喰う行為を悪意としてしまった。
なのに、そのくせに俺は女王を終わらせて生き長らえさせてしまった。
ただの俺のエゴ。傲慢。
女王と呼ぶのはよそよそしい。
彼女にはシオンという名前ができたのだから。
俺は戦いの後、すぐに波導協会に連れて行かれた。
佳紬由さんからは徹底的に叱られた。
俺は佳紬由さんの命令下にあるのに命令無しでの波導の行使。
今回は結果的に禍導士一人だけの犠牲で済んだけど、これも本来はあり得ないことだって。
そして今俺は何をしているかって。
今も協会にいる。一夜明けているが、今俺の体は調査されているらしい。
まあでも、俺は多分もう学校には行けないだろうな。
「やあ、凪人くん、久しぶりだね。」
顔を上げると二人の人がいた。
片方は黒髪の中学生。片方は茶髪の少し年上の大人。
「あ、真じゃないか。宮島では大丈夫だったか?」
それは藤原真だった。それともう一人は佐々波さ
ん。前の宮島事件でバックアップしてくれた人。それに佳紬由さんの右腕らしい。自称らしいけど。
「佐々波さんもお久しぶりです」
「また今回も派手に暴れたなよー、少年」
「佳紬由さん、またカンカンだったぞ」
「そうですよね、すいません」
「僕は大丈夫だったよ。凪人くんこそ大変そうだったよね?」
「良かったよ、真。ずっとみんなのこと気がかりだったんだ」
「凪人くん、そういえば女王と完全に主従を結んだんだって?」
ああ、そうだ。真、ごめんあんとき俺はお前を否定したのに、否定したことを俺は受け入れなかった。
最低な人間だったよ。
「そういえばってよー藤原少年。それ知っててつついてきたんじゃねーかよ」
「はは、言わないでくださいよ」
「で、そのことなんだけどよ、木場少年。佳紬由さんから伝言だぜ。”お前たち“二人に無害認定が降りたぞ。明日から何の縛り無しに学校行けるぞ」
無害認定? なんで? 早すぎないか。俺はまだ何の信頼も積んで無いぞ。そりゃあ嬉しいけど、なんかそれは違うよな……?
***
2時間前。
波導協会総監部
「ということで二人の無害認定をおろしてくれませんか?」
「円城寺よ。一つ疑問があるのだが、なぜ女王の行動をここまで分かっていた?」
「何のことです?」
長身の青年、円城寺晃がとぼけ顔で聞き返す。
「以前の宮島の時じゃ、女王は凪人を殺す気が無いと」
「ただの勘ですよ。状況証拠っていうか、まあ考えられる可能性がそれだけだったていうだけ」
「では、もう二つ。なぜ、無害認定をそこまで急ぐ? 今日中の理由はあるのか?」
「そして根本的な疑問になるが、女王は本当に無害なのか?」
剛力武が円城寺に疑問を投げた。
「どうなんでしょうね?」
「円城寺! 貴様は責任者なのだぞ」
剛力が円城寺を怒鳴りつける。
怒声が響く中、円城寺の顔から、先程までの軽薄な笑みが完全に消え失せた。
数多の修羅場を潜り抜けてきた『最強』の戦士の冷酷な瞳が、老人たちを射抜く。
「大体、そっちが僕たち呼んだんでしょう? こうなることぐらい予測していてくださいよ。な! 佳紬由」
そこには、木場凪人の師であり、保護者である宮佳紬由も参列していた。
「そうですね、あの場にいたのは私と、まだ小さな少女の二人。それでも私は、レイナ……。シオンの死ぬ覚悟をこの目で見ました。だから、私たちは無害認定を急ぐ。あなたたちはここで都合よく凪人くんを封印する予定ですよね?」
佳紬由がにやりと笑う。
「そうはさせませんよ。彼女も彼も今は非力な導魔もどきであり人間もどき。私要件おろか、すもも一人で倒せるぐらいの戦闘力ですよ。無害認定を下す要件は整っているはずです。」
「だが、宮佳紬由。木場凪人に情があるからその理論になっているのではないか? お前たちが犯した過去の過ちはまだ忘れておらんぞ」
「情で動いていたのは、学生時代までですよ。それはあなたたちが分かっているでしょ? 大体、情で動いていたら今あんたらはここにはいないよ」
円城寺が素早く返した。
「だよね? 佳紬由」
その場が静まり返る。この円城寺の発言に嘘は一つもない。
実際、彼一人で日本をつぶせるほどの力を持っているということ、一度波導協会を死ぬほど恨んでいたこと。
全員それを茶化すことも無視することもできない。
「まあ、いいや。過去のことを持ち上げるのは好きじゃないんだよ。これは無しで」
「木場凪人は僕たち波導士ができなかった、波導の女王を終わらせたんだ。これから、協会が倒せなかった、重要な導魔を倒すきっかけになるかもしれない。そんな彼に僕たちが偉そうに言える立場ではないですよ」
「じゃあ! そういうことで」
そうして、残されたのは佳紬由のみだった。
「佳紬由よ、円城寺を好きにさせすぎていないか?」
協会長・波動玄瑞が佳紬由に冗談交じりに問いかけた。
「私に円城寺を縛ることなんてしないですよ。もう学生じゃないんだから。まあでも、あいつは学生の時からずっとあんなんだから、私がいても、桜田がいても、先生がいても変わらないんですよ」
「そうじゃったな。お前たちはいつまでも変わらんな。弟子をもってしてもな」
「私もですか? 私はそこそこ成長したはずなんですけど」
「まだわしや柳沢からすれば、お前たちはまだ子どもにすぎんよ。だからこそ、お前たちが凪人を思う気持ちは痛いほど分かる。今のわしもお前たちが心配なんだ」
「簡単に木場を無害認定させることはできん」
「でも、凪人くんは!」
「今は一旦仮の認定でどうじゃ? そして、一度木場と話をしたい。この前晃とも約束したからのう」
「いいんですか?」
「待ってくれ、玄瑞。そんな安直な。本人と話なんてする必要があるのか?」
「必要とか不必要じゃない。晃の正義、協会の正義。それはわしが一番わかっておる。だからこそ、一人の少年を無害認定を推薦されている子をわしは殺すことはできないな。それに、仮認定じゃ。それなりに制限はつけさせてもらうぞ? よいじゃろう? 佳紬由よ」
「はい、そう伝えておきます」
***
「というわけで、仮なんだけどな、一応協会長と面談の上で見事無害認定ってこと」
そんな、俺はシオンと完全につながってしまった。
今回こそ、否定できない。
それをあの人たちは、こうも俺のことを思ってくれているんだ。
「お、おい。泣くなよ、泣くな」
「すいません、すびません。俺は、ずっとからっぽだって思ってました。家族もいないし、親もいない。他人とつながるのも怖くて避けていた。生きることも死ぬこともいやだった。好きな女のピンチからも逃げた。真にもひどいことを言ったくせに、自分の発言も否定して、シオンを攻撃した。ごめん真。俺は覚悟も何もない人間だったんだ」
「でも、佳紬由さんがいてくれたから、円城寺さんが俺の命を救ってくれたから初めて、俺の心は満たされた。それを今日まで俺は気づけてなかったんだ」
どうしてだろう。いきなりこんなことを思ってしまった。なんで涙が流れるんだろう。学校へ帰れるから? なんでなんだ。
冷え切っていたはずの頬を、ひどく熱いものが伝っていく。ポタポタと、自分の膝に落ちる涙の温度で、俺は初めて自分が満たされていたことに気がついたんだ。
「凪人くん、いいよ、そんな思わなくて。前も言ったでしょ。ほら行ってきなよ、協会長待ってるんじゃない?」
「ありがとう、ありがとう真」
そうして、俺はすぐに立ち上がり、病室を出ようとした。
「お、おい。面談は明日だぞ!」
「え!?」
「やる気は見事だが、今日はゆっくり休め。また佳紬由さんも来てくれるだろう」
「そうですか、ありがとうございました。真もありがとうな」
「じゃあね、凪人くん。また任務一緒にできたらいいね」
そうして、部屋には一人になった。
一人なのか二人なのかはわからないけど、もし二人ならさっきは四人いたことになるな。
「シオン、起きてるか。お前はどう思ってるんだ?」
夕焼けが差し込む西日の部屋。
そこにいるはずの影は静かに揺れるだけだった。




