第35話 ゼノチェイン
血の海と化した第三倉庫。
鼻を突くのは、ねっとりとした鉄錆の匂いと、焼け焦げた波導の残滓。
冷たいコンクリートの床に、俺と静香、そしてシオンがへたり込んでいる。
目の前にいる、銀に染まった髪の毛の女性は、ゆっくりと口を閉じた。
「これが、わしが導魔になった理由じゃよ」
その声は、かつて俺を蹂躙した女王の絶対的な響きではなかった。
「わしはそこから、世界に旅立った。そして、人間を喰って喰いまくった。いつしかわしは、波導の女王と呼ばれるようになってしもうた」
「それでも、わしは生きる理由を失ってしもうた。あんなに生きたかった明日も今では何もない、ただ消費するだけの日々」
「お前様の前にな、一度だけ眷属を作ったことがあるんじゃ。わしはそやつにも裏切られた。ちょうど、うぬらと出会う数日前じゃった。その眷属はわしと殺し合いを行った」
「結果は痛み分けじゃった」
「正直、わしはもうよいと思った。良い機会じゃった。自身の眷属にあそこまでやられ、1000年生きて、得られたものが一つもない」
「どうせ同じ1000年を過ごすなら、もう死のうと」
「じゃが……」
シオンの声が苦しそうに細くなった。
「わしは……一人で死ぬのが怖くなった」
「そして、無我夢中で走った。眷属を殺し、死にかけて、ついにあのショッピングモールにたどり着いた。傷つき、微小の波導となり、波導士にも気づかれんほどに弱り果ててな」
あの時か。
そうだな、あの日お前はなぜか傷ついていた。
そうだったんだ。
「気づけば、目の前にいたのは一人の娘だった」
静香。
いま彼女は真剣にシオンの話を聞いている。
目の前に起こっている現象を飲み込もうと。
「そして、お前様と会った」
「わしの前で自ら首を差し出したものは初めてじゃった」
「じゃから、わしはお前様に賭けたくなった。お前様となら、わしと生きていける。わしの退屈を埋めてくれるはずじゃと。そして、それがあやつに対する、贖罪だとな。そうすることで、わしの1000年は意味のあるものになると……勘違いしたんじゃ」
「……じゃが、それもすべてわしの勝手じゃな。じゃから今日思った。わしがいてもうぬは幸せにならなかった。だから今日うぬに殺され死のうと思った」
「わしを家族と呼んでくれた礼としてな」
「すまんかったな、お前様。わしはうぬたちに何も残せなかった。最後の最後までやり方を間違えてしもうたな」
「じゃあなんでなんだよ。なんで俺をこんな地獄に落としたんだよ。死ねばよかったじゃないか、死にたかったんだったら」
「だから、お前はもう死なせない。俺が死ぬまで絶対に死なせない。お前の明日を俺も生きる。だから、お前も俺の明日を生きろよ」
「そんな程度で生きとうない」
「じゃあ、ずっと影に縛ってやるよ。出てこなくていい、ずっとそこにいろよ。お前は俺の眷属だ、自殺もできない」
「お前の意思は関係ない。俺がお前を縛り付ける」
「誰も幸せにならない。俺は佳紬由さんの言っていることを実行する。共に生きて共に死のう」
これが俺たちの鎖の始まりだった。
切ることも切られることも許されない。
魂を縛り合う。
そこにあるのは愛情でも友情でもなかった。
ただ、終わらせることのできない、永遠に続く黒と銀の呪いだけが、俺たちを繋いでいた。
―― 第一部完 ――




