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第34話 心にある拠り所

 

 「俺は八高(やたか)じゃ!」

 

 嫌だ、どうして、仕事場では唯一逃げれたのに。

 息子? 孫? どちらにしよ私を見張るために来たんだ。私が逃げ出そうとしているから。逃げれないのはわかっているくせに。


 「なんじゃ、くれんのか? 俺の飯と交換しようと思っておったのにのう。残念じゃ……」

 

 「交換? 私を見張りに来たのでは無いのですか?」

 

 「見張る? なんで見張るんじゃ」

 

 バッ!

 

 八高様が私の顔を覗き込んだ。

 見られた。私の紅い目を。


 「おお! なんかその目いい目じゃな。昔書物で見たことがある、紅い宝珠のようじゃ」

 

 いい目? 紅く血に濡れた目が? どうせ金のため、名誉のため。

 

 「そんなことより! 飯を交換しよう!」

 

 「どうして、そこまで交換したいのでしょうか?」


 「飯の交換は友情の一歩じゃろ! それに俺は握り飯の方が好きじゃ。昼に飯を食うのも俺ら一族くらいじゃしのう。誰も交換してくれんのじゃ」


 友情? 私はこの家の召使いにも満たない。

 対等の立場など。

 

 「名前はなんと言うのか?」


 「雪です」

 

 「雪というのか。見た目のまんまで縁起がよいのう」

 

 わからない。目的は何? 私の髪の毛? 見た目?身体?

 何をされるのかと身構えていたが、八高様は私の横にどっかりと腰を下ろした。


 「よし、じゃあ遠慮なく!」


 彼は本当に、ただ私の冷たい飯を一口食べ、代わりに自分の握り飯を私に押し付けてきただけだった。

 私は彼が毒見をするまで口をつけなかった。

 大納言の一族が、私に何の対価も求めずに食事を与えるはずがない。絶対に何か裏がある。

 そう思って、毎日彼が来るたびに警戒し続けた。


 ――だが、一日経っても、三日経っても、十日経っても。


 「なあ、今日も俺の飯も食ってくれんのか?」

 

 ついに私はこと切れた。

 この少年は本当にしつこかった。

 もう私が食べたらいい。

 

 パクッ

 

 「美味しい」

 

 初めて食べる味だった。

 こんな柔らかい米は初めてだ。

 

 「お! やっと食ってくれたのか! そうじゃろう、うまいじゃろう!」 

 

 「初めての味です。それでもなんのために私のために。本当に仲良くなるためだけなのですか?」 

 

 「……まあ、そんなもんじゃよ。秘密じゃ秘密」

 

 少し八高様の顔が赤らんだ。

 

 それから、私たちは毎日会うようになった。

 彼が持ってくる握り飯は、どれも温かくて、美味しかった。

 大納言の目を盗んで、神社の裏手や、誰も来ない古い蔵の陰で、私たちはたくさんの話をした。

 海の話。祭りの話。

 私は彼から、私の知らない外の広い世界を教わった。


 「雪、お前は本当に綺麗じゃな」


 私はやっと居場所を見つけれた。

 明日が楽しみだ。

 昼飯の時間が楽しみだ。

 仕事が終わったら少しだけ遊べる。

 嫌なこともいい事もあの人がいれば。


 

 彼は私の紅い目を、銀色の髪を、いつも真っ直ぐに肯定してくれた。

 この地獄のような屋敷の中で、たった一つの光になっていた。

 

 ――だが、まだ冬というには早いが雪が落ちてきそうな寒さと曇り空。

 

 今日は来ないのでしょうか?

 いつもこの時間に来るはずなのに。

 

 次の日も次の日も来なかった。

 夜ご飯の宴会にも来ていない。

 そういえば私は、あの人の部屋の場所を知らない。

 知ってても行けないからと知ろうとすらしなかった。

 そんな八高様なんで来てくれないのですか?

 どうして、なにがあったのですか?

 体は大丈夫なのですか?

 

 次の朝。

 大納言の居室に行くと大納言はいなかった。

 嫌な予感がする。

 屋敷中が騒がしい。

 皆が走っている場所に着いていく。

 多分違う。大丈夫。 

 八高様ではない。

 

 目の前に大きな襖がある。

 使いの女性が足早に出入りしている。

 部屋をのぞく。

 男の子が寝ている。

 

 「八高様……!」

 

 息をしていない。

 何度叫んでも八高様はこちらを振り向いてくれなかった。

 そんな……。

 最後の言葉さえも聞けなかった。

 私はただ八高様が私にやさしくしてくれることに満足していた。

 なのに私は八高様を知ろうとしなかったのに。


 次の日からまた光がともらない地獄が始まった。

 もう慣れた。慣れたはずだった。

 

 私はどう生きていけばいいのでしょうか。

 もう私は限界。疲れた。助けてよ。

 そんなことを考えていたからだろう。

 釜の湯をこぼしてしまった。

 

 「熱い、熱い、いやあああああ!!」

 

 皮膚が焼けただれる音と匂い。

 まだ、地獄は続くの?

 

 その声に屋敷の者たちが集まった。

 

 「早く手当てを」

 

 「こんなことあのお方に気づかれたら」

 

 だが私の顔の左側側は治らなかった。

 唯一の顔も使えなくなってしまった。

 

 「そうか、分かったわ。全部あなたのせいなのね雪。八高が病で倒れたのも、飢饉で作物が取れていないのも。そういえば神社からの収入も減ってきたわ。あなたは疫病神だったのね。こんな見た目では金にもならないわ」

 

 「そうね、こやつを地下牢に連れていって! 早く! さっさとしないと一族ごと潰されるわよ」

 

 寒い。

 地下牢は寒さもしのげず、地面も土。

 暗く昼でも何も見えない。

 

 私には何も飯をくれない。

 そりゃそうだ、私はこの屋敷を陥れる疫病神なのだから。

 

 「お嬢ちゃんよ、ほれ、これ食いな」

 

 隣のおじさんがカビの生えた野菜をくれた。

 

 「すまんのう、こんな腐ったもので」

 

 分かってる。牢にいる者たちはほとんどが罪などを犯したわけではない。

 それなのに、貴族が食えない飯の残飯処理だ。

 殺さないだけましだと、言っている。

 

 少しだけ腹が膨れた。

 だが、運が悪かった。本当に私は疫病神なのかもしれない。

 

 「おい、出ろ!」

 

 見張りが隣の男の牢を開けた。

 

 お願い、やめて、その人は悪くない。

 私が私が悪いの。

 

 グシャ!

 

 目の前で見張りが男の頭を斧でかち割った。

 違うのに、私を殺してよ。

 

 そこから私は何もできなかった。

 もう何日たったのだろうか?

 もうおなかが空いているのかさえも分からない。

 寒くて何も感じれない。

 顔の火傷の後は腐り始めた。

 もう立ち上がるのもおっくうだ。

 今日はやけに寒いな。

 外では雪が降っているのかな?

 そういえば、八高様は冬になると絶景の場所があるって言っていたな。

 どこだったのでしょうか。八高様。

 

 ガラン

 

 何? 牢の扉が開いたの?

 誰? やっと殺されるの?

 

 「……やあ」

 

 「君が氷姫?」

 

 誰? 氷姫? 

 

 「ふふ、そうか君は知らないか。巷で、君は氷姫って呼ばれているんだよ」

 

 「君の神社の信者たちは君のことを姫のように扱っていて町中で噂になっていたんだよ」

 

 「まあ、聞こえてないかな? そんなことはどうでもいいか」

 

 「先に僕の自己紹介をしようか」

 

 「僕は、しがない商人だ」

 

 目の前の商人が私の頬を撫でてきた。

 

 「助けてあげるよ、今のままじゃ死んじゃうよ。まだ君は生きたいよね?」 

 

 生きたい。まだ本当は死にたくない。この地獄から逃げ出したい。


 「ふふ、いい目だよ。この地獄、生きて壊したいよね?」

 

 このまま、何もできず死ぬぐらいなら、私はあの人たちを。

 

 「さあ、これをお飲み。君の願い通りの姿になれる」

 

 男が懐から出した丸薬を最後の力でを飲んだ。

 

 カアアアアアアッ!!!

 

 何これ、体中の傷が再生していく。

 焼け爛れた顔の皮膚も治っていく。

 

 私はあの人たちを見返してやりたい。

 神でもないことを証明してあの人たちを。


 『俺は八高じゃ!』

 

 八高様のためにも。

 

 私の身体は急激に成長し、成人女性ほどの完璧な肉体へと変貌した。

 力が満ちてくる。すべてが手に入った気分だ。

 

 「おめでとう」

 

 「君の新たな誕生だ」

 

 「そうだな、君の名前は……」

 

 「レイナ・ゼノ・ハートレーでどうだい?」

 

 「レイナ……」

 

 「そう、君はこの世で最強の生物となった。氷姫だった君はもう死んだ。さあ、自由に羽ばたきな」

  

 「そして見せてよ、僕に君の力を、可能性を!」

 

 「そうじゃな、腹が減った」

 

 「そうか、喰えばいい。 見な、外は自由だよ」

 

         ***

 

 「待て、なぜ出ている? 戻れ! 早く」

 

 「そうじゃな、じゃったら戻して見せよ、わしを!!」 

 

 「舐めるな! 疫病神よ!」

 

 ああ、なんだろう。

 

 グサッ! グサッ!

 

 腹に見張りたちの薙刀が突き刺さる。 

 痛い、痛いが。

 

 「そんなのでは、わしを殺すことはできんぞ」 


 グチャリッ!

 

 美味いな、美味い。

 もっと喰わせろ。

 そうだ、次はそうじゃな。

 

 襖を開ける。

 そこには女を侍らせている大納言がいた。

 

 「久しぶりですね、大納言さま」

 

 「その声は雪か……なぜそのような姿に。火傷はどうしたのか」

 

 「そうですね。火傷ならあなたの全身に浮かんでいるじゃないですか」

 

 ボアッ!

 

 大納言の身体に炎をつけた。

 

 「何をしたのだ、早く、消せ。やめろ、熱いやめておくれ雪よ」 


 「大丈夫じゃ、今楽にしてやる」 


 ガブッ!

 

 「キャアアアア」

 

 はは、いい味じゃな。美味い、美味い。

 

 「うぬたちも喰ってやるぞ」 

 

 私は屋敷中を血の海にした。

 すべての人間を喰った。

 自身の欲望に嘘をつかずに。

 誰の下にもつかない。他人に自分の人生を左右されないように。

 わしはそう生きよう。決めた。

 自由に何にも縛られないように生きていこう。

 最初からこうすればよかったのじゃ。じゃったら誰も苦しまなかったんじゃ。


 

 

 久しいな。

 この家に来るのは何年ぶり何じゃろうな。

 

 「父様、母様、帰ったぞ」

 

 「だ、誰だ、貴様!!」

 

 「誰じゃと思う?」

 

 「雪か、もしや。もう大人になったのか」

 

 ああ、そうか、実の娘の年齢も覚えていないのか。

 

 「雪よ、見て見ろ、弟だぞ。名前は」


 グシャリッ!

 グチャリッ!

 グシャッ!


 血が舞う。

 興味がない。

 わしはうぬら二人を殺すために、喰うためにここに来たのじゃ。


 じゃが、それじゃあなんでじゃ。

 なぜわしの目から涙が出るのじゃ?

 

 「まあ良いか……」


 「外が騒がしいな。こやつらもわしの食料か」

 

 外へ出ると4人の者がいた。

 

 「お前が、この都を荒らしている導魔か?」 

 

 「導魔? そうかわしのことは導魔と呼ぶのか?」

 

 刀を持っているものが一人か。

 

 「まあよい、その程度の武器でわしを殺せるとも?」 


 なんじゃ? なぜ動けない。

 

 「今だ、やれ。やつの影を止めた」


 ブシャアッ!

 

 「どうした?」

 

 「駄目だ! やつの波導が大きすぎて東堂の影縛りが持たなかった」

 

 「避けろ!」


 ドンッ!

 

 「宮! 東堂!」

 

 この二人を食べたら、またわしの中で一つ底知れぬ力が膨れ上がっていくのを感じた。

 

 「この力は何というのじゃ人間よ」

  

 わしは残りの二人を食べた。

 この湧き上がる力は波導というらしい。

 人間を食べれば食べるほど波導が増えていく。

 わしはよかった。

 何かを食べることがこんなに楽しいものとは思わなかったな。

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