第33話 雪
私は生まれてこの方幸せという味を知らない。
今日の今日まで信じられるのは力なき者は捨てられる。
ただその言葉のみ。
数年前に父と母に売られ私は今この地獄のような場所にいる。
日本という国の平安京で私は貴族として産まれた。
雪と名付けられた私はその貴族の長女となるはずだった。
だけど、生まれつき白銀の髪の毛、血のように紅い瞳を持って生まれてしまった。
その珍しい見た目を持ってしまい、父と母は私を化け物の子だと、自分で産んだくせに、悪趣味のように雪などという名前もつけてしまって。
私が四つになったころに都を大飢饉が襲った。
町を歩けばハエに集まられた死体が転がり、腐臭が町中を包む。
明日の飯すら事欠く中、力なき私の一家は餓死の淵を立っていた。
そしてある夜、襖の向こうから両親のひそひそ声が聞こえた。
「……聞いたか。あの大納言様が、美しい童を探しておいでだ」
「……はい。養子にすれば、私たちにも相応の位と米をくれると……」
私は、部屋の隅で膝を抱えながら、それが自分のことだと理解していた。
襖が開き、血走った目の父と、泣き腫らした目の母が入ってくる。
「行ってくれるな、雪」
「お前が行けば、皆、助かる」
親はその日、初めて私が生まれてよかったと思っただろう。
私はまた自分を恨んだ。
自分はなぜ、このような見た目なのに顔は、みてくれはよく生まれてしまったのだ。
そして、私は、親に捨てられた。
新たな「家」となった大納言の屋敷は、目眩がするほど広大だった。
だが、そこは家ではない。
豪華な装飾が施された、ただの「檻」だ。
そして今私は七つとなった。
私の一日はこの、ただ広いだけの何もない部屋で目を覚まして始まる。
次に毎朝、大納言様への挨拶を行い、少ない朝飯を食べる。
両親は今の間も腹いっぱい飯を食べているのだろうか。
そして私は、日中はただずっと神社で立つだけの仕事。
神の子として大納言の神社で教祖として立つだけだ。
そして、夜は大納言や一族の前でも見世物にされる。
珍しい見た目の私は毎晩飽きないのか、嬲るように、自身の愛玩のように扱われる。
痛い。
冷たい。
汚い。
夜は嫌いだ。
すべてが終わったかのように思えば明日が来る。
なんで、太陽は明日を照らすのだろうか。
私の目はなんで、こんな紅いの?
なんでなの?
なんで雪なんて名前を付けたの?
冬は嫌い。
雪を見れば、あの日を思い出す。
母も父も記憶から消えてほしい。
全員恨んでいる。
それでも明日は来る。
明日は今日となってやってきた。
「おはようございます。本日も良いお日柄で」
「はい、おはよう。雪よ、こちらに」
毎日これだ。
嫌な手つきで私の頭を撫でる。
値踏みするように髪の毛をいじる。
「今日はこれにしようかしらね」
プチッ!
髪の毛を一本抜かれる。
そしてその髪の毛を食べる。
本当に気持ち悪い。
私は人間だ。
その髪の毛に神力などない。
「どうした、雪。お前のその『紅い宝石』を見せてみろ」
大納言の太い指が、私の顎をガシッと掴み、無理やり上を向かせる。
うぅ……
ダメだ。
至近距離から吹き付けられる、大納言の息。
高価で甘ったるい香の匂いでも誤魔化しきれない、胃の底から這い上がってくるような濁った酒の臭いと、老人の体臭。
吐き気が喉元まで込み上げるが、私は必死にそれを飲み込む。
「あぁ、素晴らしい。これぞ私の最高傑作。我が一族の権力の象徴だ」
あんたが私を産んだわけじゃないだろ。
「願わくばこの目も食べたいわね」
「でも、そんなことをすれば多くの信者からお金を得られないからのう。仕方ないわ」
なんでそんな女のような話し方をする。
私の何がよい?
やめてくれ。私はもういやじゃ。
ふう……
やっと地獄が終わった。
あれに比べれば私の仕事は楽だ。
ただ立っていれば良いだけ。
たまに飯もくれるから。
飢饉もあれ以来大きなものは起きていない。
それを私の力だとみんなは言う。
そんなわけないのに。
逃げたい。
ああ、逃げて楽になりたいな。
「お嬢様、昼ご飯のお時間です」
「分かりました。いつもありがとうございます」
大納言の言いつけか分からんが、私以外の使いのものも私を避けている。
大きな家で、「家族だ」と大納言は言うが私はずっと一人だ。
逃げ出し方も分からない。
「なあ、その飯ちょいとくれよ」
びっくりした。
いつも神社の裏で一人外を見ながら食べている。
人が来るはずないのに、誰?
「誰ですか?」
「はっはー! 俺は八高じゃ!」
「八高様? どちらの? お腹空いているのですか?」
「知らんか? 俺は大納言の跡取りや!」
私は思わず身構えた。大納言と同じ、私を道具として見る人間。
私はこの唯一の一人の時間も縛られるのか……




