第4話 それは俺の本心ではありません
「くれぐれも粗相のないようにしてくださいね」
目の前が真っ暗になったのは、絶望ではなくて転移門に酔ったからっだたらしい。ジュリアーノが目覚めると知らない天井で、侍従のエリオが不安そうに自分の顔を覗き込んでいた。気分が悪くて食事がとれないでいたが、初夜にはその方が都合がいい。といわれてジュリアーノは気絶している間にメイシス領に到着しただけでなく、自分が寝室の寝台に寝かされていることを知ったのだった。
「粗相って言われても」
「頭のてっぺんから足のつま先まで磨き上げました。ナイトガウンがまさかこんな色気のないものだとは思いもしませんでしたよ」
エリオはご立腹だが、いくら何でも本気で初夜があるなんて思っていなかったから、普通にシルクのナイトガウンを発注していたジュリアーノだった。一応気を利かせて伴侶となるフェデーレの瞳の色の紫だ。
「いくら何でも男娼みたいなの着られるわけないだろ。やる気満々みたいじゃないか。それで、たんなるパフォーマンスだって言われたらはずか死ぬわ」
ジュリアーノだって、最初はノリノリでスケスケのぴらぴらを考えていたのだが、かつて恋人がいた人だ、形だけの伴侶だった場合、とんでもなく恥をかくのはジュリアーノだ。そもそもジュリアーノだって、本当に男に抱かれるだなんて考えてもいないのだから。
「はぁ」
すきっ腹すぎるのも緊張のせいで胃液が上がってきてしまい、瑞々しい果物を少し口にした。綺麗な装飾の施されたガラスの器は、さすがは王族といえるだけの美しいものだ。メイドの手が震えていたのは緊張しているからだけでなく、その重量も関係していただろう。少し動かしてみようとしたジュリアーノだったが、まったくびくともしなかったのだ。おまけによく見れば、王家の紋がデザインされていた。つまりあれだ、この器は下賜されたものなのだろう。ちょっとも動かさなくてよかった。ジュリアーノは心の底からそう思ったのだった。
「一応もう伴侶なんだよな。婚姻届けは出してるし」
王都にいた時に教会に婚姻届けを提出済みだ。立会人はまさかの次期国王第二王子殿下と父親だった。王族に挟まれ緊張しまくったジュリアーノだったが、書き損じることなく自分の名前を古風な羽ペンで何とか書き上げた。羽ペンは婚姻届けと一緒に保管されるのだそうだ。挙式は第二王子殿下が王位についた後、一番最初の式典となるらしい。考えただけで疲れてしまうとはこのことだろう。
「どこを見ている?」
とつぜん声が降ってきて、ジュリアーノはハッとした。考え事をしすぎてフェデーレが部屋に入ってきたことに気が付かなかったのだ。
「も、申し訳……」
慌てて謝ろうとしたジュリアーノだったが、言い終わらないうちに視界が一瞬で動いた。白いナイトガウンからのぞく逞しい足を見たと思ったら、一瞬美丈夫の顔が見えた。その後に寝台の天蓋が見えたと思ったら、また美丈夫の顔が間近に見えた。
「ふむ、こうしてみると確かに整ってはいるがどこか残念といえなくもないな」
お互い、顔をじっくりと見るのは今が初めてである。婚姻届けを書いていた時は、王族を見ることが不敬すぎてジュリアーノはほぼうつむいていたからだ。
「だがまぁ、飾りを求めたわけではない。実用品としてはどうなんだ?」
不穏な言葉が聞こえ、ジュリアーノは目を見開いた。そこそこ細いが、見開けばちゃんと瞳の色が目に見えてわかったりはする。
「綺麗な緑だな。なかなか濃くてよろしい。さて、いくつか聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
蛇に睨まれたカエルよろしく、ジュリアーノは動けなかった。いや、実質的に身動きは取れなかった。なぜなら自分より大きくて逞しいフェデーレがまたがっているからだ。
「お前の荷物を検めさせてもらった」
「……荷物」
言われてジュリアーノの頭に真っ先に浮かんだのは父親から渡されたディルドの箱だ。あんなに持ち込んではやる気満々だと思われたに違いない。
「お前の心意気はよく理解した。だが、これは何だ?」
ずっと目の前に出されたのは確か五番目の恋人だったファビオラがよこしたペンダントだった。
「それは……」
まさかそんなものに言いがかりをつけられるとは思っていなかったジュリアーノは、返答に詰まってしまった。
「お前の侍従に聞いてはいる。かつての恋人がなぜか出立の際に突然渡してきた。とな。確かに突き返すのは紳士的ではないが、ここに来るまでになぜ処分しなかった?」
「処分?」
そんなことを言われても、最初の転移門で酔って気を失って気がついたらもう寝台の上にいたんです。なんて言い訳が通用すれば苦労はしない。
「荷物の中に隠すようにしまわれていたな」
それは侍従のエリオが適当に押し込んだだけなんです。なんて言い訳が通用しそうにもなさそうだった。ジュリアーノの細い目の奥で、緑色の瞳がさまよった。
「だがしかし、こちらはなかなか面白い物を持ってきたな」
ジュリアーノの眼前に、一番右側にあったぼこぼこした装飾の品が突きつけられた。
「みたところ、使われた形跡はなさそうだが?」
当たり前である。ジュリアーノにだってかつて恋人が十二人ほどいたのだ。その全ては女性である。
「そ、それは」
「知っている。お前の侍従から聞いた。だから」
ぐっとファビオラの体重がジュリアーノにかかった。
「いろいろと聞こうと思ってな」
「はぁ」
「どちらから聞かれたい?こちらとこちら」
ジュリアーノの前に出されたのは、天使のペンダントと赤子の腕ほどの太さのある革製品。
「ええええええええ」
なにその選択肢。
聞いてないし、どっちも嫌だ。
「案ずるな。夜は長い」
そのままさらにフェデーレの体重がジュリアーノにかかってきた。
この状況で、何を選択できるというのだろうか?
「あ、あの、その、俺はぁ」
後に続く言葉は紫色の闇に消えていった。




