第3話 贈り物には意図がある
「見送りに来たの」
メイシス領に出立するジュリアーノの前に現れたのは最後の恋人クラウディアではなく、多分五番目の恋人ファビオラだった。
「それは、どうも」
転移門を使っての出立なので、見送りに来る人はそうそういない。女性のドレスと違い男性用のシャツやジャケットはたいしてかさばらないため、ジュリアーノが乗る馬車一台での出立だ。連れていくのも馴染みの侍従だけ。三日前に盛大なパーティーであいさつをしたから、元恋人たちは誰も来ないと思っていたのに、まさかの人物が現れてジュリアーノは驚いた。
「これ、私からの最後の贈り物。受け取ってもらえるかしら?」
渡された小箱には天使のモチーフがあしらわれたペンダントが収められていた。
「あ、りがとう?」
付き合っていた時でさえファビオラから何かをもらった記憶がないジュリアーノはいぶかしむしかない。もちろん侍従のエリオも同じだ。
「ねえ、つけてみて?」
そんなことを言われても、気軽に応じていいものかジュリアーノが戸惑っていると、エリオが助け舟を出してくれた。
「申し訳ございません。ボルゲーゼ嬢、ジュリアーノ様はこれから婚約者メイシス閣下のもとに参りますゆえ、他の方からの贈り物を身に着けるわけにはまいりません」
はっきりとエリオが断ると、ファビオラは一瞬鬼のような形相をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そ、うよね。では、あちらについてから使って頂戴ね」
そう言うと、ファビオラは足早に去っていった。
「何を貰ったんだ?」
オルシーニ侯爵に言われ、ジュリアーノが小箱からペンダントを取り出すと高い鈴の音がした。
「変わったペンダントだな」
「鈴の音なんて、猫みたいですね」
父親と弟にそう言われて、ジュリアーノも同じ感想を持った。恋人同士ならいざ知らず、離れる元恋人に今更マーキングとかおかしな話だ。
「あっちに行って、気が向いたら使いますよ」
そう言ってジュリアーノはペンダントを小箱にしまった。小箱はエリオが荷物の中に押し込んだ。
「これは私からの餞別だ。馬車の中で見るように」
そう言ってオルシーニ侯爵はビロードであしらわれた立派な箱をエリオに渡した。
「ありがとうございます」
ジュリアーノは礼を言い、そうして馬車に乗り込んだ。馬車はまっすぐに転移門に入っていく。いくつかの街の転移門を使い、目的のメイシス領に向かうのだが、どんなに遠くても一日もあれば着いてしまえるのが転移門のいいところである。
「俺馬車で転移門は初めてなんだよな」
「そうですね。長距離用の転移門は私も初めてです」
馬車の中で向かい合わせに座るジュリアーノとカイン。乳母の子であるカインとは生まれたころからずっと一緒であるから、唯一連れていける使用人に選んだのだ。カインにしてみれば、侯爵家の使用人から王族の辺境伯家の使用人になれるなんて、大出世せある。
「なあ、それあけてみてよ」
「もう、ですか?」
「だって、馬車に乗ったら、って言われたし」
「そうですね。時間が短いですから」
カインは納得してビロードの箱を開けた。
「なに、それ」
箱の中身を見たジュリアーノが細い目を見開いた。瞳が大きく見開かれているのがわかる。蓋で中が見えないカインは、手にしていた蓋を脇に置いた。そして、中味を見て絶句した。
「あ、あ、あ、あ、あ、あぁっぁ」
初めて見たけれど、カインにはこれが何なのかすぐに分かった。その目的も。
「カイン、それ、何?」
ジュリアーノが聞いてきたので、カインは静かに答えた。
「ディルドです」
「え?なに?ディ、ル……」
ジュリアーノは聞きなれない言葉に困惑しながらも、箱の中身を確認した。認めたくはないが、確実に一つは見覚えのある形をしていた。左から順に大きくなっているようで、一番右にあるものは何やら凸凹しているし、見覚えのある形をしているものはどう考えても赤子の腕ぐらいの太さがある。だがしかし、色と良い形といい、どう見ても自分にも備わっているアレにしか見えなかった。
「形を見ていただければわかるかと思いますが、一般的に言うところの性具です。蓋の裏側に工房の焼き印が入っていますね。皮工房の職人が作った一品ものですよ。大変高価な品物です」
そんな解説をされたところで、どうしろというのだろう。使い方なんてジュリアーノは知らない。
「一緒にこちらの箱も渡されておりまして」
カインが控えめにビロードの箱の下から小さめの箱を見せてきた。ひとまず箱をジュリアーノの横に置き、新たに出てきた箱のふたを開ける。カインにはすでに箱の中身がわかっていた。
「綺麗な瓶だな」
「ええ、とても高価な香油ですから」
「香油?髪を整えるのに使う?」
「違います。このディルドに塗る潤滑剤です」
「え?これに塗るの?香油を?なんで?」
「なんでって、あなたね、何しにメイシス領に行くんです?」
「なにって、メイシス領主、つまり辺境伯になられた第一王子殿下フェデーレ様の伴侶に……」
そこまで言って、ジュリアーノはようやく理解した。つまり、これはあれだ。これで、あれしてそうして準備をしろ。というやつだ。今更ながらに己の無知さにジュリアーノは頭が痛くなってきた。
「え?いや……ま、まって、え?お飾りじゃないの?」
「そんなのわからないでしょう?メイシス閣下には何人か恋人がいましたし、お気に入りの侍女もいたらしいと聞いています。男盛りの30歳、子はなさなくても性欲まで断ち切れる保証はありませんよ?」
半ば脅しのようなことを言われ、ジュリアーノは目の前が真っ暗になったのだった。




